専門コラム「指揮官の決断」
第266回シチュエーション・パズル
最初に問題を解いてください
皆様にちょっとした問題を解いていただきます。
ある男がバーに入ってきて、バーテンダーに水を一杯注文しました。バーテンダーは銃を取り出し、男に狙いをつけ、撃鉄を起こしました。男は「ありがとう」と言って帰って行きました。なぜ男は礼を言ったのでしょうか?
なぜこの問題を解くのでしょうか?
危機管理においてトップは連続的に決断を下していかなければなりません。
危機管理上の意思決定の特徴は、十分な情報がないにもかかわらず、即断即決を要求されることです。
危機管理上の事態において、トップに整然とした情報が十分にもたらされるなどと言うことはまず期待できません。断片的で前後の脈絡がないばかりか、かなりのバイアスがかかった情報がもたらされるのが常です。
トップはそのような情報から現場で何が起きているのかを正確に把握し、それがどうなっていくのかを的確に予測し、適切に意思決定をしなければなりません。
つまり、少ない情報で、裏にある事情までを推測する能力が必要なのです。
危機管理を机上で考える学者たちは、危機管理上の事態において最も大切なのは情報であると主張しますが、現実に危機管理の指揮を執る経営者は、十分な情報がもたらされるなどということはあきらめなければなりません。危機管理に関して学者の言うことなど学ぶ必要はありません。
ただ、危機管理を考えるうえで極めて重要な示唆を与えてくれる周辺の学問領域については傾聴に値するものが多く、専門の研究者をバカにしてもいけません。当コラムがその面で注目しているのが、社会心理学や心理学の分野です。
さて正解です
今回の問題は若干生理学的な素養をお持ちの方ならすぐに解ける問題です。
正解は、「男はシャックリがとまらないので、水を注文した。バーテンダーは男のシャックリ見て状況を悟り、手っ取り早い方法として、銃で男を驚かしてシャックリを止めた。男は驚いたのでシャックリが止まり、水を飲む必要も無くなったので、礼を言って出て行った。」です。
冒頭のわずかな状況描写でその事態を把握するためには、その状況をビジュアルに脳裏に描くことが必要です。まず、男の肩越しに銃で狙いを付けているバーテンダーがリアルに思い浮かばれなければなりません。
しゃっくりとは横隔膜の痙攣ですが、びっくりすることにより一瞬息をのみ、血液中の二酸化炭素が上昇することで過呼吸状態が収まって横隔膜の動きが抑制されるという説と、一瞬息を止めることにより胸の内部圧力が上昇し、しゃっくりを引き起こしている胸部の神経回路が刺激されることにより止まるという説があり、何故止まるのかはまだ分かっていないそうですが、一般的には驚かすと止まると信じられています。
そのような雑多な知識と脳裏に浮かんだ情景とが合わされて、何が起きているのかが推測されてくるのですが、そのような一見無関係と思われるような様々な知識・経験からある法則なり、解決の糸口などを無意識的に組み上げていくことが出来るということは危機管理において極めて重要な能力です。
さらに申し上げれば、そこである一つの仮説を見出したとしても、他の可能性はないかと直ちに反問するという習慣も重要です。
つまり、思い込みは危険ということです。
この問題を解くことの重要性
今回ご紹介した問題はシチュエーションパズルと呼ばれます。判断力と論理的思考力及び水平思考の能力を鍛えるためにはとてもいい手法です。
水平思考という言葉は、マルタ出身の医師であるエドワード・デボノによって生まれた言葉ですが、創造的な思考を養い、状況を意外な観点から理解するのに役に立ちます。
冒頭に掲げたような問題を米国人は大好きなようで、ネットで検索するといくらでも出てきます。頭の体操にはとてもいいかもしれません。
危機管理の最前線においては、得られる情報は限られています。またバイアスがかかっているかもしれません。つまり、それらの情報はいろいろな角度から評価して見なければ正しい決断に結び付けることが出来ません。
シチュエーションパズルで水平思考力を鍛えておくと、情勢判断に幅が出てきます。通り一遍の解釈ではなく、様々な、それぞれに合理性のある解釈ができるので、情報が少なくても様々な状況に対応する準備ができます。
一方で、論理的思考も極めて大切なので、シチュエーションパズルばかりやっているのではなく、ロジックパズルも同時にやっていくのがいいでしょう。
これは数学的な思考力を養うのに適しており、提示される状況から論理的に矛盾のない一つのパターンを見つけ出すものです。『不思議の国のアリス』のルイス・キャロルはこの手の問題を作るのが好きだったようで、” Lewis Carroll’s Games and Puzzles ”という著作があります。
大切なのは考え方です
危機管理上の事態においては、様々な出来事が秩序なく生起してきます。理不尽とも思われる事態になっていくことも珍しくありません。整然と秩序のある詳細な情報が入ってこないのでその事態全体を把握できないのが普通です。
したがって水平思考能力が必要不可欠です。しかし、その情勢判断を受けて行われる意思決定は論理的でなければなりません。
したがって、危機に臨む経営者は水平思考も論理思考も優れていなければなりません。
これは高学歴であることを求めているものではありません。この一年半のテレビに出てくる感染症の専門家たちを見ていれば学歴など何の役にも立っていないことは明らかです。感染症の専門家たちが新型コロナによる致死率さえまともに計算できないのですから。
必要なのはそのような考え方ができるかどうかだけなのです。
前文科省大臣のように、スーパーコンピュータ富岳のシミュレーションを「科学的証明」だと思いこむような幼稚な頭では無理だということです。