専門コラム「指揮官の決断」
第287回コメントをする資格とは
必要な知見を持たないコメンテーターたち
一昨年、コロナ禍に関する報道が始まった頃から当コラムでは報道レベルの低さについて度々言及してきました。
テレビに出演するコメンテーターには二種類あります。
専門家とその他の有名人です。
前者には専門的な解説が求められ、後者には一般人としての感覚に基づく発言が期待されています。
このところ、ウクライナ情勢に関し後者のコメンテーターたちに問題発言が多いようです。
専門家ではないコメンテーターの中には、民間人の犠牲を食い止めるためにもウクライナは早く降伏した方がいいと述べる者がいます。
テレビ朝日の玉川徹氏は朝のワイドショー番組で、「戦争が続くと民間人の死者が桁違いに増えていく。戦力は圧倒的にロシアが上」として、「勇敢に戦っているけれども、どこかでウクライナが退く以外には市民の死者が増えていくのを止められない。死者が増えないようにすることも指導者の大きな責任」、さらには「この後プーチンが大規模な無差別爆撃を始める可能性があるとしたら、いったん止めることも指導者にとって必要」「命を守る以上に大事なことは果たしてあるんだろうか」と述べています。
この人は一連のコロナ禍に関するコメントでもかなり問題のある発言を続けていましたが、ものを知らなすぎるのもいい加減して欲しいと思います。
ウクライナが降伏したら戦争が終わり平和が訪れるのではありません。次に始まるのは大虐殺です。
ポツダム宣言を日本が受諾した後にソビエトが樺太に侵入し、町長や学校長たちを浜辺に連行して銃殺したことは有名ですし、満州にいた日本人の多くが極寒のシベリアに抑留され、凄まじい強制労働によって多くの方が命を落としたことも事実です。
ヨーロッパでもソビエトに併合されたバルト三国の人々がいかに悲惨な目にあわされたかを示す博物館などが多数作られています。
プーチンが指揮して行ったチェチェン、ジョージア、シリア侵攻でどのような虐殺や弾圧が行われたのか報道に携わる者として知らずに上述のような発言をしているとすれば愚かの極です。
日本のテレビはロシアに忖度しているのか報道していませんが、CNNやBBCのニュースを観ていると、すでにウクライナ国内で虐殺が行われ始めていることが分かりますし、マリウポリから連れ去られた多くの住民についてはロシア国内に連行されたため、どういう扱いがなされているのか全く分からない状況です。
維新の会の橋下徹氏も同様の発言を繰り返していますが、彼のように、民間人の犠牲を考慮して降伏すべきという理屈がまかり通ると、尖閣諸島が占領されるということが無くなります。
尖閣のような無人島を攻めるのではなく、宮古島や石垣島、あるいは沖縄本島を直接攻撃して、一般市民の犠牲を強いれば日本は降伏するということになるからです。
早く降伏することによって民間人の犠牲を防ぐという一見もっともらしい議論はあまりにも無知であり無責任であるだけでなく、命がけで祖国の防衛に当たっている人々に対してもっとも失礼な発言です。
素人が専門家面するのも困りもの
テレビによく登場するテリー伊藤氏は、番組内で電話でインタビューに答えたウクライナ出身の女性が必死にウクライナ支援を求めたのに対して、国民の犠牲を出さないようにするためにサッサと降伏すべきという持論を繰り返し、さらにウクライナを救ってくれという相手に対し「ウクライナは勝てませんよ。」と言い放ちました。
テリー伊藤氏は一昨年にも、コロナ禍に関して「10万人が死にますよ。」とテレビで発言しています。
テレビではこの類のド素人の無責任は発言が多すぎます。
テリー伊藤という人物の能力について詳しく知りませんが、少なくとも感染症に関する教育を受けたとは思えず、また統計学の基礎的知識を持ち合わせるとは到底思えず、どこから10万人という数字を出してきたのか見当が付きません。素人の無責任な直感なんでしょう。
一昨年、コロナ禍においてはじめて緊急事態宣言が出されたころ、42万人が死亡するという予測をした専門家がいました。
その予測をした西浦博北大教授(当時)は、ある前提に基づいた数理モデルで予測していました。筆者はこの論文を見て、医学論文とはこう書くのかと学んだ次第です。
筆者は自然科学系の論文を読む能力を持っていませんが、しかし西浦論文を読んで、医療統計学というのはこういう書き方をするのかと思い、医学論文など恐れるに足らずとしか思えなくなりました。この世には医学博士がうんざりするほどいる理由が分かったように思えました。暇があれば筆者だってこの程度なら書けそうです。
西浦教授がこの時採用した前提は、統計学の論文としてはあまりにもお粗末な前提であり、呆れかえるような前提だったので予測は2ケタ異なるものとなりました。しかし、それはその前提の下で予測すれば、という論文であり、もし統計学を学んでいる大学の1年生が書いたものであれば評価してやっていいと思います。しかし、テリー氏の予測には何の根拠もありません。(ちなみに、西浦教授は第6波では4000人が死亡するという予測を出していましたが、これもまったく見当違いであり、いい加減に大学一般教養レベル以下の統計学のレベルで大学教授がものを言うのはやめてほしいと思っています。)
テリー氏が軍事に関する基礎的な素養を持っているとはまったく思えません。国と国が戦っている時、それぞれの国の戦力、装備や訓練の状況、士気、ドクトリンの適否、地理的要件、気象状況、継戦能力を支える経済力など、いろいろな要素を考えないとどちらが有利なのかを判断することはできません。テリー伊藤氏がこれらのどれか一つの要素についてでも知識を持っているとは到底思えません。
専門家以外がコメントするなとは申しません。このコラムは危機管理の専門コラムであり医学を専門としてはいませんが、この2年間にわたるコロナ禍に関して度々発言してきました。しかし、それはコロナ禍を危機管理の観点から見るとどう見えるか、あるいは数理社会学の手法をもって分析すればどう考えることができるかという枠組みを持っています。何の根拠もなく思い付きを述べているのではありません。
ウクライナ情勢についても、安全保障論を専門とせず、軍事評論家でもない筆者ではあるものの、このコラムを含めて三回に渡って言及しています。専門家ではないとは言え、海上自衛隊に30年在職すれば、一定の軍事的常識を身に付けておりますので、「ウクライナは勝てませんよ。」などという素人談義をしているつもりはありません。
根拠がないのであればコメントは感想に留めるべきであり、それが専門家ではない有名人のコメンテーターに求められているはずです。「10万人が死ぬ。」とか「ウクライナは勝てない。」などとコメントするなら根拠を示すことが必要です。
問題は専門的能力を欠いた専門家
一方で、テリー伊藤氏のような素人が何を言おうと、本人の品性が疑われるだけで実害はないかもしれません。
始末に悪いのは専門家としてテレビに出るコメンテーターで、専門的能力を欠いた専門家です。
筆者のような素人が見ても呆れるような専門家がよくテレビで発言しています。
特にひどいのが感染症の専門家たちです。
筆者は感染症の専門家が統計学を理解していないということなど考えたこともなかったので、当初は報道を観ていて戸惑っていました。
ある時、ある専門家のある発言から、彼らの数学的能力に疑問を持ち、その観点から調べ直すと、恐ろしいことに彼らが簡単な確率論すら理解していないことを発見し愕然としました。(彼らが致死率の計算方法すら知らないことは当コラムでも何度か指摘しています。)
2月に当コラムで第6波はピークアウトしていると述べた際、時々テレビで見かける専門家と会う機会があり、彼の初対面の挨拶にビックリしました。
「林さんはピークアウトしているとおっしゃいますが、東京都もまだ増えていますよね。」だったのです。
当コラムでも解説していますが、推測統計においてピークアウトの判定は実数を見て行っているのではありません。陽性判定者数の1週間の移動平均を取り、その毎日の差分のグラフの増加率を見ているのです。筆者はこの専門家に「移動平均の差分の関数の微分を取っている。」などと説明しても理解してもらえないだろうと考え、「過去1週間の平均値を毎日出して、その差を計算し、その増加率の変化を見ています。」と中学生でも分かるように説明したのですが、なぜそんな面倒な方法を取るんだというような顔をされたので、それ以上話すのをやめてしまいました。
グラフを見慣れていれば、移動平均の差分のグラフなど作らなくとも、実数のグラフを見ているだけでピークアウトは大体見当がつきます。
この類の専門家がたくさんいます。
コロナの女王と異名を取った某大学の女性教授も指数関数の意味を理解していなかったことは当コラムでもすでに指摘しています。
東大先端研の児玉龍彦氏は参議院で参考人としても発言しています。一昨年、彼は参議院で声を詰まらせて、「今日の勢いでいくと、東京は来週は大変なことになる、今日の勢いで行ったら来月は目を覆うようなことになる。」と述べ、メディアは「児玉教授、魂の叫び」と報道しました、その翌週から陽性判定者数は減り始め、翌月には落ち着いてしまいました。彼の予測はこの2年間何も当たっていないどころか、正反対の現象ばかりが生じています。
感染症の専門家たちに比べて、この度のウクライナ情勢を巡るコメントをしている専門家たちはまだまともです。
ただ、ここでも問題がないわけではありません。
テレビ局が良くないのですが、優れた専門家は専門分野についての発言は自信をもってできるのでしょうが、専門分野ではないことについては素人です。まったく一般の人々よりは周辺知識を持ってはいるかもしれませんが、素人には変わりありません。
国際関係論の専門家にウクライナで起っている軍事情勢について訊くのは誤りです。
安全保障論の専門家なら国際関係と軍事の両方の勉強をしているでしょうが、軍事の専門家ではありません。まして国際関係論の専門家に軍事を訊ねても的を得たコメントは得られません。
現場で起きている軍事情勢は軍事の専門家に尋ねるべきであり、国際関係論の専門家はテレビに出てしまっている以上、「それは知りません。」と言えないので、推測でものをいうしかないのです。内科のお医者さんに歯が痛いと相談に行っても仕方ないのです。
コロナ禍においても、医師に社会全体の感染状況やそのための対策についてコメントさせるのは過ちです。
医師は目の前の患者を診るのが専門です。ですから、社会全体では感染者数は激減していても、自分のクリニックに助けを求める患者がいなくならない限り問題が解決したとは考えません。医師の関心はあくまでも目の前の患者の命を救うことにあるはずです。
一方で公衆衛生を専門とする研究者は、個々の患者の事情にとらわれることなく、社会全体の疫病のまん延状態等に関心を持つはずで、政府の施策についての見解を訊くならこちらの方が適任です。
ただ、この2年間、テレビに出演してきた多くの感染症の専門家が大学の統計学の入門的講義レベルすら理解しておらず、さらにメディアが不安を煽るコメンテーターしか登場させないため、まともな報道が行われなかったという問題があります。
メディアのレベルの低さは言語道断のレベル
メディアはよく「ファクトチェック」などと言いますが、報道として当然の姿勢であるそのファクトチェックですらしていないことはすでに指摘しました。
共同通信が東大の研究チームがGoToトラベル利用者の発症者が非利用者の2倍になることを統計学的に証明したと配信し、各新聞やテレビが一斉にこれを取り上げたことがありました。
この論文はエール大学が運営している健康科学に関する査読前の論文を公開するサーバーにアップされていたものですが、GoToトラベルを利用した人のほうが新型コロナ症状の人に多かったということです。
しかし、相関関係と因果関係は別物ですし統計学的に2倍であることを証明しようとすればこの論文の程度の検定では不十分であることは筆者達も気が付いていますから、統計学的な証明などと一言も言っていません。しかし共同通信の記者は、英語で書かれたこの論文を読めず、数式が書かれていたので統計的な証明だと思い込んだようです。
それをそのまま報道した各新聞やテレビのお粗末さは共同通信以下です。本当にそんな論文なのかどうか、ちょっと調べればすぐに分かるのにそのチェックをしていないのです。
最近、ウクライナ戦域においてロシアが極超音速ミサイルを使用したと報道がありました。何だろうとよく聞くと「キンジャール」のことでした。これは極超音速ミサイルではなく「空中発射の弾道ミサイル」であり、そんなことはちょっと調べればすぐに分かります。軍事の専門家でなくとも、あるいは軍事オタクでなくても簡単に調べることができます。
しかし、CNNの現地レポーターが現地からの生放送で不注意に使った「極超音速」という言葉をそのまま何の確認もせずに報道しているのです。
その程度の確認もしないのが現在のメディアです。