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専門コラム「指揮官の決断」

第309回 

ミュラー・リヤー錯視

カテゴリ:意思決定

ただの錯覚と言うなかれ

今回のコラムの画像は皆さまお馴染かと存じます。

よく目の錯覚現象を説明する際に用いられる図です。

これは「同一の長さを持つ線分であっても、一方に両端に外向きの矢羽根を付け、他方に内向きの矢羽根が付けられると、長さが異なって見える。」という現象で、ミュラーという学者が1889年に発表したもので、ミュラー・リヤー錯視図形と呼ばれています。

このことが何故、当専門コラムにとって重要なのかということは、お読み頂ければご理解頂けるかと存じます。

この錯視をただの錯覚であると理解してしまうと話が前に進みません。なぜ、そのような現象が生ずるのかを考えることにより人が自分の周囲の環境をいかに把握するのかを理解することの一助とすることが重要です。

特に、当コラムは危機管理の専門コラムであり、危機管理上の事態における的確な意思決定のために、環境の正しい理解が重要であることに鑑みると、このような人の心理的特性の理解は重要です。

何故錯視が生ずるのか

このミュラー・リヤー錯視の効果が生まれる理由は、私たちが三次元の世界に住むからだと言われています。

三次元の世界で私たちは周囲の様々なものの形や距離を理解するのに遠近法を用いています。つまり、同じ長さや高さのものであっても遠くにあると短く、あるいは低く見えます。しかし、私たちはその長さや高さの見え方に距離の概念を加味して解釈するので、富士山よりも自分の背の方が高いと考える者はいません。

つまり、ミュラー・リヤー錯視は、目の錯覚により生ずる現象であるにも関わらず、世の中を正しく理解する役に立っているということになります。

つまり、網膜に映る物のサイズと物と自分の距離をいちいち計算せずに直感的に物の大きさを理解するのに役立っているのです。

しかし、いつも正しく世界を理解するのに役立つかと言えばそうでもなく、世界を誤って理解させることにも利用されています。

鎌倉の駅前から若宮大路に出て、鶴ケ丘八幡宮の方を眺めると、広い道路の中央に段葛が伸びています。この段葛も遠近法をうまく使っており、一の鳥居から八幡宮に近づくにつれて狭く造営されており、実際の距離よりも長く見えます。

鎌倉幕府は、鎌倉を守るために様々な仕掛けを作っています。例えば、銭洗弁天周辺の街中の道路は狭く、曲がりくねっており、普通サイズの消防車が活動できず、かつては出前も断られていたような地区です。これは政所を守るに際し、騎馬の軍勢が一挙に駆け抜けることができないように街の作りを設計したためです。

段葛を実際よりも長く見えるように設計したのも、矢を放つ距離を見誤らせようとするものです。

錯視を錯視のままにしない

このように一見間違いであるような感覚も、そのメカニズムを理解することにより、単なる錯覚ではなく、有利に利用できるようになることがあります。

このことは競争の戦略を立案するうえで重要なファクターであるのですが、逆に自分たちもそのような錯覚を起こしていないかを絶えず確認していかなければならないということも意味しています。

戦場においては間違いの少なかった方が勝利を得るとすら言われるほど錯誤の連続となりますが、このような着意を持って情勢を判断していくという態度が重要なのかもしれません。

当コラムは心理学などを専門としているものではありませんが、このような知覚の問題により意思決定を誤ることは危機管理上望ましいことではありませんので、行動経済学の観点から研究を重ねてきております。これからも折に触れて皆様にそれらの論点を簡単なTipsとしてご紹介してまいります。

ご期待ください。