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専門コラム「指揮官の決断」

第324回 

防衛予算GDP比2%へ  その2

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問題点は?

さて、巷間喧しい防衛関連予算の対GDP比2%への増額議論の続編です。

この度の防衛予算GDP比倍増議論の問題は、ウクライナ情勢、北朝鮮の度重なる弾道弾発射、中国の露骨な海洋進出などを受けて、いきなり事態が動いていることです。

よく、国民に何の説明もなく、2%への増額の議論を勝手に進めているという批判がありますが、これは必ずしも当を得た批判ではなく、当コラムが問題視している点ではありません。

議院内閣制をとるこの国では、政権は国会に対して説明し、最終判断は国会で行うことになっています。政府は現在、原案を作っている段階であり、財源論も含め、まだ説明できる段階にないのでしょう。しっかりとした原案が出来て、国会での活発な議論がなされればいいだけです。

問題はその原案の作り方です。

2%への増額が目的か?

岸田首相は先月28日に鈴木俊一財務相と浜田靖一防衛相に対して2027年度に防衛関連予算がGDP2%に達するように指示を出しました。

まず、この指示の出し方が問題とされるべきです。

何故なら、激変するわが国の安全保障環境に鑑み、どのような防衛力が必要なのかを積み上げて、何とか2%に収まるように工夫せよというのではなく、最初から2%へ増額せよという議論だからです。

筆者はかつて海上幕僚監部防衛課において予算要求業務を担当したことがあります。橋本行革の初年度で、防衛省がその予算を初めて対前年度以下に抑えるよう要求された年でした。

筆者は教育訓練及び部隊運用に関わる予算を担当していましたが、その概算要求枠を指示された時には途方にくれました。

すでに予算要求の基礎となる部隊から提出された業務計画要望の審議は終わっており、それらの優先順位を考えている時でしたし、前年度以前に要求して成立して国庫債務負担行為により行うことになっている事業や、その1・その2などとして分割して要求した事業は当然に予算要求せざるを得ないので、その年の新たな事業要求は望めなくなるからです。

まぁこの時は、筆者も幹部学校指揮幕僚課程を修了して補職された佐世保を母港とする最精鋭護衛隊群司令部の幕僚を2年間勤めて東京に戻ってきたばかりで、最前線の部隊出身者として鼻息が荒かったのと、2等海佐も3年目に入っていたところで、いろいろと悪知恵もついており、かなり荒っぽい手法を用いて、筆者が必要だと信じて担ぐと決めた事業は新規であってもすべて予算化してしまいました。

どのような手法を用いたかは秘密ですが、その経験以降、筆者は予算要求に失敗したことがなく、退官直前に将来を見込んだごく少数の後輩にのみその手法を伝授しておきました。

しかし当時は、1%枠というものが本当に恨めしく、このために海上防衛が破綻したら誰が責任を取るのかと煩悶したものでした。

長い間触れてはならなかった1%というレッドテープをいとも簡単に切ってしまうのに、防衛力の中身の議論より先に対GDP比が語られるというのは本末転倒も甚だしいと言わざるを得ません。

誰に検討指示を出したのか?

しかも、その指示を出す際に呼んだのが財務大臣と防衛大臣です。この国の安全保障環境をしっかり見ている首相なら海上保安庁を所管する国交省大臣も呼ぶべきところ、彼にはそのような着意が無かったと見えます。

尖閣有事への対応はまず海上保安庁から始まります。首相は中国海警の船舶に海上自衛隊が対応したらどういうことになるか分かっていないのかもしれません。海警の船舶が事実上の軍艦だとしても、海上自衛隊が対応したら国際法上の非難は免れないということを知らないのでしょう。

真に強化すべきは・・・

具体的にどのような指示が出され、要求してもいい事項といけない事項が何なのかを承知していませんので増額になる1%分の内容に関する議論には言及しません。しかし、筆者の知るかぎり、自衛隊が真の戦える軍隊になるためには人と予備品と弾の不足を何とかしなければならないはずです。

今の自衛隊のまま1%分の拡大が行われると張り子の虎が大きくなるだけです。

どうも反撃能力を担保するための長距離ミサイルの調達などばかりが表に出てくるのが気になります。

国際法を遵守?

増強に関していろいろな自主規制が敷かれていることは報道でも明らかです。

「国際法を遵守し、専守防衛の範囲で、必要最小限の防衛力に留める。」というものです。

しかし、ここにも大きな問題が内包されています。

まず国際法遵守など当たり前の話で、わざわざ方針として取り上げるべきものではありません。つまり、国際法で禁止されている生物学兵器や化学兵器あるいは核兵器は保有しないと言っているに過ぎません。

専守防衛?

専守防衛の範囲というのも問題です。「専守防衛」の意味が変わってきているからです。

ついちょっと前までは、この言葉は攻めてきた外国軍隊を追い払うだけという意味に使われており、その策源地攻撃はしてはならないこととされてきました。

しかし、専守防衛の範囲が変化しています。反撃能力を保持し、敵ミサイルの発射基地や指揮管制機能を破壊するという議論が進められています。

この「専守防衛」という言葉の意味するところをしっかりと規定する必要があります。それがないと現場指揮官はどう対応していいか分からず、結果的に自分が責任を取る形となってしまいます。指揮官が自分の指揮に関して責任を取るのは当然なのですが、専守防衛の範囲は政治が決めなければなりません。その責任を現場に転嫁してはならないのがシビリアンコントロールです。

必要最小限?

さらに、問題は「必要最小限」という歯止めが課せられていることです。

皆様はその何が問題なのだと思われていることと推察いたします。

しかし、今回の議論で最も大きな問題かもしれません。

専守防衛に徹するのであれば、その実力は必要最小限であってはなりません。

我が国独立と平和を脅かす軍隊が侵攻してくるとき、それを撃退するだけではダメなのです。

敵がジャブを繰り出して来たら、思い切りカウンターパンチを浴びせてノックアウトする程度の反撃が必要です。

つまり、指でつついてきたら、その指を弾き返すのではなく、切り落としてしまうくらいの反撃をしなければなりません。

分かりやすく説明しましょう。

皆さんがコンロにかけた鍋を持ち上げようとします。

把手をさわってみて、「熱い!」と感じたら、キッチンミトンなどを持ってきて持ち上げようとするはずです。

つまり、日本に対してちょっかいをかけて抵抗されたら、出直して、準備を整えて再度やってくるだけなのです。

このことは歴史的にも実際にあったことです。文永11年に蒙古は対馬に攻撃をかけてきました。不意を衝かれた鎌倉幕府は、地元の御家人の必死の防戦と偶然の暴風雨に助けられて、何とかこれを撃退することができました。

しかし、日本軍がそれほど強くないことを見て取った蒙古は、7年後の弘安4年に再度、軍勢を送ってきました。その時の兵力は文永の役とは桁違いでした。

しかし迎え撃った北条時宗は異国警固番役をおいて守備を固めていたため、随所で苦戦をしたものの、これを撃退し、打撃を被った蒙古は二度と侵攻を考えることはありませんでした。

永世中立国のスイスの常備軍はそれほど大きなものではありませんが、国民皆兵制度を取り、一般の家庭にも機関銃などが常備されている国であり、事態が生起すると一挙に兵力50万名を擁する巨大陸軍国に変わります。その恐ろしさを知っていたヒトラーはスイスには手を出しませんでした。

これが専守防衛です。

これまで、「必要最小限の防衛力だから認めてね。」という曖昧な言葉で野党の追及をかわしてきた政府です。

この言葉はとても便利で、もしこれを否定すると、「必要最小限も認めずに、この国の独立と平和をどう守るんだ?」という議論に引き込むことができます。

しかし、欧米並みに対GDP比2%の軍事力を持つとするなら、その曖昧さを払しょくして、いかなる軍事力を保持して、いかに戦うのかをしっかりと説明する必要があります。

現時点でその説明がないことを野党のみならず自民党の内部からも批判がありますが、それは致し方ないことでしょう。

ウクライナ情勢や北朝鮮の弾道弾発射、中国の態度などを見た国民が対2%への増強をどう受け取るかを見て、それができそうな時勢であることを見極めたうえで議論をしようとしているはずです。

国民世論が1%のレッドテープを切ることを容認するかどうかが確認されてから本格的検討をするというのは現実的な対応です。

しかし、その検討指示がこの国を守るための積み上げの検討ではなく、防衛費を2%するための検討指示であるというのですから、本末転倒であるということなのです。

常識的には、まず積み上げがあり、その全体額をいかに枠の中に収めていくかの検討を行うのでしょうが、それと反対の付け焼刃の検討結果がどれほどのものであるのか、想像するのも恐ろしくなります。

首相がやるべきことは、防衛省や国交省に対して、現在の安全保障環境において必要とされる防衛力を見積もらせると同時、その財源の検討を財務省に命ずることであるはずなのですが、まず2%にまで増額することを求めるというのはどう考えても合理性が無さ過ぎです。

付け焼刃の議論で防衛が強化できると思ったら大間違い

防衛力の整備には時間がかかります。海軍艦艇の建造には5年の月日が必要です。2022年度に契約された船が就役するのは2027年度の年末です。設計には5年かかります。設計にかかる前のコンセプト作りには10年かかります。

つまり、今年建造の契約をされた最新鋭護衛艦は5年後に就役するのですが、15年前にコンセプト作りが始った船です。ということは、就役する頃にはその船の積むシステムは最新でも何でもなく、20年近く前の技術水準で議論されていたものなのです。

防衛装備品というのはそういう宿命を負っています。付け焼刃で予算だけが示されて、それを埋めるための防衛力整備を行えと言われたら、とりあえず買い物リストを作るだけで終わってしまう恐れがあります。

筆者が問題視している人の問題、予備品の問題、弾の問題などはしっかりとした議論をして、それを受け入れる様々な準備をしていかないと解決できません。やはり検討と準備には時間がかかります。

今回の2%ありきの防衛力増強方針では、壮大な無駄と役立たずの張子の虎を作るだけの結果しか生まないのではないかと危惧しています。

(カバー写真:海上自衛隊撮影)