専門コラム「指揮官の決断」
第364回情報取り扱いの特殊性
危機管理における情報
危機管理における情報については、当コラムで何度も取り上げてきました。
情報の重要性について、それを否定するものではないが、情報がないと判断できない指揮官は情報があっても判断ができないということは、これまで繰り返しお伝えしてきたかと考えます。
危機管理上の事態においては、現場から上がってくる情報は、断片的で、前後の脈絡がなく、しかもバイアスがかかっているのが普通であって、その危機管理に挑む指揮官は、そのような情報をもとに情勢を判断しなければならず、しかも最初の一手を間違ってはならないのです。最初の一手を打ち間違うと、その対応をしながら次々に変化していく情勢に対応していかなければならず、意思決定が徐々に遅くなり、また、その質も低下していきます。逆に、最初の一手を正しく打つと、変化に対応するのに余裕が生まれ、質が向上していくとともに先手を打つこともできるようになっていきます。
危機管理上の事態において、情報が断片的で、前後の脈絡がなく上がってくるのは仕方がないことなのです。現場は目の前で起きていることへの対応に必死だからです。済々と報告ができるというのは、それほど切羽詰まった場合ではないということです。
最悪の場合、現場から情報が全く上がってこないということもあります。現場が全滅している場合です。
つまり、現場から情報が全く上がってこないということも、情勢判断を行う一つの情報となるかもしれないのです。
つまり、危機管理上の事態における情報というのは、重要ではあるけれど、それがないと判断できないというものであってはならないということです。
このことは、当コラムでも何度となく取り上げています。
今回は、この情報の問題について、別の角度から考えます。
情報を収集するには能力が必要
軍隊では情報が必要な場合には、「情報要求」というものを出します。EEIと呼ばれます。Essential Elements of Information というものですが、何についてのどういう情報を必要としているかを明確に示すものです。
この情報要求の出し方が下手な指揮官は、ろくな意思決定が出来ません。つまり、情報はただ待っていれば集まってくるものではなく、何が重要なのかを明確にして意図的に集めないと必要な情報は得られないのです。
コロナ禍において、当コラムではメディアのこの問題の扱い方の出鱈目さを何度となく指摘してきました。
この問題を扱う番組の担当者たちが情報の集め方が悪かったり、その解釈が出来ていなかったりで、出鱈目な報道に終始していたのです。
当初、37.5度の熱が4日間続かなければPCR検査を受けられないと報道して皆がそう信じたのは、厚労省の通達を読まなかったからです。厚労省の通達には、4日続いたら発熱外来や帰国者外来などで検査を受けるように、そうでなくても高齢者や基礎疾患のある人は早く検査を受けるようにと書いてあったのです。
また、何度も指摘してきましたが、東京大学の研究者チームがGoToトラベル参加者とPCR検査陽性者数の関係について統計学的に証明したという記事も、通信社の記者が英語を読めず、統計学の初歩も全く分からないのに出鱈目な記事を書いたのを、各新聞やテレビがそのままコピー&ペーストした結果でした。
つまり、コロナ禍を扱った記者たちの能力が低すぎたのです。
観察した限りにおいては、この問題を扱っていたのは社会部の記者が多かったように思います。
当コラムや弊社配信のメールマガジンで何度もお伝えしているように、社会部の記者などは芸能人のゴシップを追いかける程度が身の丈であり、コロナ禍のように科学的な知識が少しは必要な報道は彼らには無理なのです。
その証拠に、ジャニーズ事務所の事件が明るみに出ると、やたらと元気で、連日、この問題に多大の時間を割いています。
この項の見出しが「情報を収集するには能力が必要」となっている意味を皆様もうお分かりかと存じます。バカには情報は集められないと言っているだけです。
情報は特殊な世界
ウクライナ問題を扱っている国際部や政治部の記者たちは、社会部記者に比べるとレベルが違うようですが、それでも時々猿も木から落ちるという光景を見せることがあります。
今月初旬、テレビ朝日が、ウクライナ軍が南部戦線でロシアの第1防衛線を突破したことを報じ、併せて米国のシンクタンク「戦争研究所」の記事を引用して、米国の国防情報局のモール分析ディレクターが「ウクライナ軍が最初の防衛線を突破したことで、2023年末までに、残りのロシアの防御線を突破する現実的な可能性を得た。」と述べたことを紹介しました。
この報道があった前日、筆者はたまたまこの戦争研究所のウェブサイトで、その記事を読んでいたので、テレビ朝日の誤報にすぐに気付きました。
原文は次のように書かれています。
U.S. Defense Intelligence Agency Director of Analysis Trent Maul states that there is a “realistic possibility” that Ukrainian forces will break through the entire Russian defense in southern Ukraine by the end of 2023.
このテレビ朝日の記者はrealistic possibility を「現実的な可能性」と訳しているのですが、これが間違いなのです。
「合ってるじゃん、何が間違いなんだよ。」と思っておられる方が多いかと思いますが、これは誤訳です。
この記者は、なぜこの文章のrealistic possibilityが” “で囲まれているのかを理解していません。
これは国防情報局が一般の米国人でも誤解するかもしれないので、特殊な用語なのだということを示すためにわざわざ” “で囲んでいるのです。日本語で言うなら、あえて「 」で囲ったということです。
つまり特殊な専門用語であり、一般に使われている意味とは違うよということを示しています。
情報の世界でrealistic possibilityという時、それは、「がんばったら、そうなるかもしれないね。」という段階を示しています。決して不可能ではないというレベルです。
筆者は海上自衛隊で情報教育を受けているので、その程度のことは知っているのですが、そのような教育を受けずに、一般の英語の勉強だけでは、この文章を読み解くことはできないかもしれません。しかし、何故わざわざ「 」で囲まれているのかを注意すれば、何か意味があるかもしれないと気付くはずです。
そして、その意味が調べても分からなければ、防衛研究所にでも問い合わせれば、すぐに教えてくれます。
つまり、国際部記者はなまじ英語を読めるため、そのまま訳してしまい、「 」で囲まれている意味について意識が及んでいないのです。
ちょっとした注意を怠ったために誤報になっている事例です。
そういうポイントに注意を払うことのできないメディアはやはりプロとしては如何なものかと思います。