専門コラム「指揮官の決断」
第366回図上演習の薦め その2
囲碁や将棋を思い出してください
前回のコラムで図上演習について簡単な説明を行いましたが、図上演習をご存じない方は具体的にどう行うのかはまったくお分かりにならなかったと拝察いたします。
「演習を図面上で行う」と言われても、イメージが出来ないのは無理もありません。
極端なことを言うと、図上演習をイメージするのは、囲碁や将棋を思い出して頂ければいいかもしれません。
囲碁は城を取り囲む図上演習であり、将棋は野戦で敵の大将を攻撃しあう図上演習と考えることが出来ます。
こちらがこう動けば相手はどう動くかを、様々な角度から予測し、その次の自分の動き方を考えていく、これは図上演習の流れと全く同じです。
軍隊では
軍隊でこの図上演習がどう行われるかというと、シンプルなものでは碁盤や将棋盤の代わりに地図や海図が用いられます。
かつては「図上演習」ではなく「兵棋演習」と言われていました。兵棋とは駒のことで、地図や海図の上に将棋の駒のようなものを載せて行っていたようです。
海軍で行われたものでは、駒は船の形をしており、陸軍で行われたものでは、駒は「歩兵部隊」「戦車部隊」「砲兵部隊」「工兵部隊」など部隊の専門ごとに異なる駒が使われたようです。
地図の上にそれらの駒を並べてみると、山や川があると戦車部隊はそのまま進むことができず、工兵部隊の出番であることが分かります。
工兵部隊が戦車を渡す橋を架けている最中には砲兵部隊が掩護をしなければならないということも分かります。
海図の上に駒を並べてみると、その海域が浅くて潜水艦を作戦に用いることができないとか、海峡を通るので陸上からの砲撃を避けるためにあらかじめ空襲しておく必要があることなどが分かります。
極力ビジュアルを豊かにしておくとイメージがしやすいかもしれませんので、小学生を対象とする防災訓練などに用いる際には、街の立体模型やジオラマなどを使うと効果的でしょう。
そのようなビジュアルに訴えながら図上演習に慣れていくと、そのうちに単なる平面のホワイトボードの上でも行うことが出来るようになります。
軍隊で行う図上演習や防災などのために行う図上演習では地形など物理的な環境が大きな要素となりますが、この図上演習をビジネスのために行うときには、図面上に物理的な環境を作り出すことが出来ないことが多いので、ビジュアルが整わないとイメージできないということでは困るのですが、慣れの問題であり、回数をこなしていくうちにどのような環境についてもイメージできるようになっていきます。
途方にくれたら図上演習
図上演習を行うことの目的として、前回のコラムでは実際の物理的な行動を伴わずに計画、意思決定、情報の配布などの対策を検討するということを挙げています。
これがどういう事かを説明します。
何らかの意思決定をする場合、計画を立てる場合などに、まずどこから取り掛かっていいか分からない場合があります。
たとえば、新型コロナウィルスの蔓延によって緊急事態宣言が発令され、国民に外出自粛が要請された場合など、ビジネスによっては大変なことになってしまいます。
その対策をどうしようかというとき、済々と対応策を立てられるという企業はまずないですよね。
多くは、バタバタして「どうしよう?」と狼狽えながらいろいろな対策を打っていくことになるかと思います。
そのような時に図上演習を行うといいのです。
これまでの顧客の内訳、自社の持つ資産・ノウハウなどを列挙し、これまでどういうビジネスをしてきたのかを分析したうえで、新たな事態を分析します。
ここまで出来れば、これまで顧客だった人々の今後の動き、それに自社のノウハウなどがどこまで対応できるかなどを検討することが出来るようになります。
筆者の知るある経営者は、拙著『知らないと損をする経営トップのための「図上演習」活用術』を読んでおられ、この緊急事態宣言に際して自分たちで図上演習をやってみたそうです。
その結果、同業他社の多くが休業補償を得て、従業員も減らしていた時に、そのノウハウで実施可能な事業に従業員を振りむけることにより解雇せず、休業補償と合わせて収益を確保し、自粛要請が撤回された後、従業員不足に悩む協業を尻目にして従来の営業を再開し、客足が戻らぬまま休業補償がカットされても新規事業によって不足分をカバーし、見事にコロナ禍を乗り切られたそうです。
図上演習では実際に動くことがなく、想定上で検討を続けますので、いろいろな検討が可能です。想定できることなら何でも検討することが出来ます。つまり想像力の限界が試されるということです。
立てた計画の有効性も確認できる
さらに図上演習の優れたところは、計画を立てるだけでなく、立てた計画が実際に役に立つかどうかを検証することもできることです。
前回のコラムで、真珠湾奇襲作戦の図上演習で、実施部隊からの意見が出て攻撃の順序が入れ替わったことをご紹介しましたが、計画の細部について不具合がないか、検討漏れがないか、果たして実際に役に立つ計画かどうかを検証することが出来ます。
軍隊の作戦計画の図上演習では、その計画通りの作戦を実施したら勝てるか負けるかを判定し、負けるとなったら、その作戦は行わないという意思決定ができます。
新製品の開発に関する図上演習において、開発途上で競合が新製品を発表してしまうだろうし、価格や仕様の点で闘えないとなったら開発を断念することになります。
しかし、それらの問題点が明らかになり、その問題を解決する検討が行われ、結果的に強力な計画に生まれ変わることもあります。
福島原発で図上演習をやっていれば・・・
福島原発でしっかりとした図上演習が行われていなかったのが残念です。
福島原発を襲う津波の想定の高さを超える津波が襲来したことがそもそもの問題の始まりでした。
その想定が甘かったと言ってしまえばそれまでなのですが、想定は過去のデータをもとに作られますから致し方ない点もあります。どこかで見極めないと、際限のない予算を使ってしまうことになりかねません。
ただ、問題はその想定を超える津波に襲われたときの対策を講じていなかったことにあります。
計画では想定の高さの津波への対策を講じるのでしょう。しかし、図上演習をしっかりと行っていれば、想定を超えた津波が襲ってきたらどうするかを検討することが出来ます。
計画では津波は防波堤で防ぐことが出来るという前提で、電源設備を地下に設置しました。
図上演習が行われていれば、想定外の津波に襲われて地下の電源設備が破壊された場合の検討が行われたはずです。
その結果、非常用電源の準備が必要であることが分かり、しかし想定される津波の高さを超えた、ほとんど起こらないであろう災害への対応ですから、それほどの予算を投じることもできません。
とすれば、立派な非常用発電設備を構内に設置するのではなく、どこか近隣の山の高いところにとりあえずの非常用発電機を準備しておき、原発が電源を喪失したら運んでいく手はずを整えておけばいいということです。
その準備がなかったため、慌ててかき集めてきた非常用発電機を持ち込んだところ、レセプタクルの形状が一致せずにつなぐことができないという醜態を曝け出しました。電気屋がソケットの形状が分かっていないという呆気に取られるような無様さです。
図上演習は計画を立てるときにも、立てた計画が現実的かどうかを検証するときにも使える便利なツールであることをご理解頂ければ本稿の目的を達したことになります。