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専門コラム「指揮官の決断」

第373回 

図上演習の薦め その4

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図上演習は軍隊だけのものではありません

過去3回にわたって図上演習について説明をしてきました。

軍隊で図上演習がどのように用いられているか、あるいは防災訓練や発電所における緊急事態対策などでの応用などについて言及してきたのですが、図上演習というものがどういうものなのかを理解していると、もっと広い応用範囲が見つかります。

企業でも病院やクリニックでも、あるいは個人でも図上演習は役に立てる方法です。

図上演習では、企業各部が持つ知見が集められますので、経営陣が気が付かない問題点やアイデアが出てくることがあります。それらを時系列で整理できるため、経営計画の立案などには極めて有力な手段となります。

また、実際に人や物を動かさずに行いますので、患者様を抱える病院やクリニックでの緊急事態対応の訓練などにも大きな力を発揮します。

ショッピングモールや空港、駅など不特定多数のお客様があって、緊急事態においてそれらの動きが大きな問題となる施設においても、様々な条件の下で検討し、課題を発見することができます。

図上演習の本家では

筆者は海上自衛隊出身ですが、図上演習はその海上自衛隊で教育を受け、何度も参加してきました。

海上自衛隊で行われている図上演習にはいろいろな種類があります。定期的に行われている図上演習は作戦図演と呼ばれる演習と後方図演と呼ばれる演習です。

これらは主として検証のために行われます。

作戦図演の大きなものは、毎年夏の終わりから秋にかけて実施されます。

10月の終わりから11月にかけて、海上自衛隊では大きな演習が行われます。海上自衛隊演習と呼ばれる年に一度の大演習です。

毎年、ある事態が想定され、その事態への対応計画の有効性が検討されるのですが、まず図上演習が行われ、引き続き実動演習が行われます。

図上演習の参加部隊は自衛艦隊司令部、護衛艦隊司令部、潜水艦隊司令部、航空集団司令部、各地方総監部など大きな部隊の司令部です。

筆者が入隊した頃は、まだ東西冷戦の真っ最中でしたので、北方有事が大きなテーマでした。

東西の緊張関係が極度に高くなり、事態がグレーになって、いつ戦争が始まるか分からないという想定が流されてきます。

この事態を受けて、各司令部がどのように事態を分析し対応していくかが問われます。

緊張度が高まっていますから、うっかりした動きをすると戦争が始まってしまう虞があります。同時に、緊張が高まっている事態に際し、警戒監視を緩めることもできません。

各司令部が指揮下の部隊をどのように運用するかが問題となります。そのような事態に対しての計画は策定されていますので、各司令部はその対処計画に従って行動するのですが、そこに問題点はないか、あるいはその通りに実施して効果があるかないかが検討されるのです。

そのうちに事態がさらに深刻になり、平時と有事の境目の、所謂グレーな事態となっていきます。

ここでは現場指揮官の判断が問われます。

国際法を熟知していなければ正しく判断できないのですが、国際法に従った行動をしていると、国際法を平気で踏みにじる国の軍隊には先手を取られます。

そのような事態に陥らないように現場指揮官は部隊を運用しなければなりません。

国際法の順守と部隊の安全を天秤にかけるという難しい判断が要求されるのです。

部隊の安全を重視しすぎると武力紛争を惹起させてしまう虞があり、相手に絶好の口実を与えかねません。しかし国際法の順守にこだわると我が国の安全が脅かされる事態に陥る虞もあります。

その後、想定上では戦争状態になり、各部隊がそれぞれの責任を果たすように行動します。

それまでは通信図演と呼ばれ、各司令部の指揮官たちも在所で検討作業を行っており、図上演習そのものはオンラインで行わています。しかし、具体的な戦争が始まるころには彼らも東京の目黒にある海上自衛隊幹部学校に集まり、図上演習装置を使いながら演習を進めていきます。

この図上演習により、一応の検証作業が行われ、事態がホットになる状態になっている頃、海上自衛隊演習の実動フェーズが始まります。艦隊司令官とその幕僚たちはそれぞれの部隊に戻り、作戦指導を始めます。

実動演習は、現実に警備行動を行っている部隊や定期整備に入っている艦艇を除く、ほとんどの部隊が参加し、陸上の部隊や学校なども自隊警備の訓練が行われます。陸上自衛隊のレンジャー隊員が建物に侵入して破壊活動などを行うのです。

もちろん、陸上の部隊も自体警備計画は持っており、あらかじめ図上演習を行って備えています。

これらは作戦図演と呼ばれます。

後方図演とは

筆者が海上自衛隊に在隊中、この作戦図演に参加したことはありますが、むしろ筆者は後方図演と呼ばれる図上演習に多く参加し、かつ、その企画運営に当たった経験が豊富です。

これは、正面部隊が作戦を行う際に、補給を主とするロジスティックスをいかにうまく機能させるかを検討するものです。

例えば、四国沖で作戦中の艦艇が被弾して修理が必要となったという想定が出されます。

広島県呉市に所在する造修補給所が対応することになるのですが、被害状況を考えると予備品を持って技術者が船に行けば、そこでの修理が可能と造修補給所長が判断し、それであれば豊後水道を北上して呉に回航して時間をかけるよりも高知港へ技術者と予備品を運ぶべきと艦隊司令部と調整します。

そこで、当該艦艇は高知港を目指して行動を始め、呉造修補給所は高知入港までに技術者と予備品を届けることになります。

小松島の航空隊にヘリコプターでの輸送を依頼しようとしましたが、悪天候で飛べないという想定が出されます。

そこで急遽、トラックに予備品、工具、技術者を乗せて運ぶことになり、所要時間を計算し、到着予定時間を船に伝えます。

ところが本四架橋の一つが工事中で通行止め、一つは天候悪化のため走行不能、もう一つはテロの破壊工作が行われたという想定が出されるという具合です。

作戦図演ではここまで蓋然性が大きくない事態を想定することはあまりありません。図上演習がそこで止まってしまい、その先に展開できなくなるからです。

しかし、後方図演は筆者が企画運営に当たっていたため、徹底的に参加部隊を追い込み、どうにもならない事態における対応を迫りました。

筆者は入隊してしばらくは最前線の艦隊勤務についていましたが、その後は防衛政策やロジスティックスに関わることが多くなりました。その際に学んだことがありました。

それは、部隊指揮官が愚かであれば部隊はどんな下手な戦闘もするが、指揮官がいくら優秀でもロジスティックス以上の戦闘はできない、つまり、部隊の実力の下限は指揮官の能力、上限はロジスティックスの能力だということでした。

当時の筆者が持っていたのは、部隊が日頃汗を流して訓練に務めている成果を存分に発揮させるため、ロジスティックスは万難を排して完結させなければならないという信念でした。

そこで、後方図演においては、通常では起きないであろう事態を生起させ、その対応を各後方部隊に求めたのです。

この後方図演はビジネスにも様々に応用することができるであろうことは在隊中にも気づいていましたが、商社に再就職して商社でのビジネスを学ぶうちに、ビジネスの現場では後方図演の本来の持ち味が十分に発揮できることに気付きました。

つまり、この図上演習をただの防災訓練などに用いるのはもったいないのです。

筆者がコンサルティング会社を起こしたのは、この図上演習を普及させようという思いがあったからです。

今後は、図上演習をビジネスの世界でいかに用いていくかについて解説をしてまいります。

ビジネスの経営者の皆様ご期待ください。

(写真:海上自衛隊幹部学校において図上演習装置を用いて実施中の作戦図演   海上自衛隊撮影)