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専門コラム「指揮官の決断」

第376回 

図上演習の薦め   段階的なストレスをかける

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難易度を上げるとは

これまで数回にわたって、図上演習の概念やビジネスへの応用などについて語ってきました。

ここで、図上演習の特徴の一つである、難易度を段階的に上げていくことができるということについてお話ししたいと思います。

図上演習は英語ではいろいろな呼び方がされます。

米海軍では” War Game “と呼んでいます。

ゲームというと私たちは遊びのように思ってしまいますが、「試合」のことです。

二つの陣営に分かれて、机上で戦うのです。

またTable-Top Exercise と呼ぶこともあります。机上演習ですね。

私たちに最もしっくりくる呼び方は” Simulation Ex ,かもしれません。

ちょうど、飛行機の操縦士がシミュレータで訓練を受けるように、練度に合わせて段階的に訓練を行うのです。

筆者も、飛行機の操縦を習っている時、天候が悪くて飛べない時などにシミュレータでの訓練を受けたことがあります。

大がかりなシミュレータではなかったので、失速時の回復など飛行姿勢が大きく変わるような訓練はできませんでしたが、かなりきつい横風での着陸や、視界が悪い際のナビゲーションの訓練などが行われました。

練度が上がってくると、飛行中のトラブルで、緊急着陸をしなければならない時の、最寄り飛行場を確認して、どうやってアプローチしていくかなどの訓練が行われ、結構汗をかいた記憶があります。

大型旅客機のシミュレータでは、エンジンを全部止めてしまうとか、45度以上機体を傾けるとか、実際には危険で行えない訓練なども行うことができるようです。

図上演習も想定さえ出せれば、参加者の練度に合わせて難易度を高めていくことができます。

たとえば、首相官邸で緊急事態に対応する図上演習を行ってみるとします。

首相官邸で図上演習をやってみましょう

初回は、首都直下型地震が生起したという想定を出します。

関係閣僚が危機管理センターに集合し、各省庁ごとの対応策を検討し始めます。

大きな犠牲が出ている模様なのに、現場が混乱していて情報が上がってこないというような状況を想定し、少ない情報の中で閣僚に対応を求めるのです。

慣れてきたら、少し難易度を挙げて見ます。

2回目は、首都直下型地震に対応している三日目に、東海・東南海・南海トラフに起因する地震津波災害が生起したという想定を出します。

首都直下型地震は、極めて高密度に集中的に被害が生じますが、それでも首都の機能が停止するほどの大被害を出しています。

そこへ、おそろしく広範囲にわたる被害を生ずる東海から南海トラフにかけての地震津波災害を想定するのです。

災害派遣中の自衛隊は二正面作戦に切り替えなければならなくなります。

この二つの自然災害がこのような感覚で生じることの蓋然性はないわけではなく、むしろお互いに触発しあう可能性を指摘する研究者もいます。

実際にこの二つの自然災害がこの間隔で生じたら大変なことになることが分かります。

それでも何とかして対応しなければなりません。

そこで3回目の図上演習を行います。

3回目は、某国海軍の艦隊が陸軍を乗せた輸送艦を随伴して東シナ海を我が国領海に向かって航海中という想定を出します。

二正面の大規模災害に対応しつつ、首相は外交・安全保障問題にも対応しなければならなくなります。

自衛隊も災害派遣だけではなく、防衛出動の準備を始めなければなりません。

しかし、ここは判断が難しいところです。

大規模自然災害では具体的な被害が出ており、死者・行方不明者が何万人も出ています。

一方の某国艦隊は、まだ具体的な被害を与えていません。

どちらに優先的に対応するべきか、しっかりと考えなければなりません。

自衛隊が災害派遣に集合させていた兵力を引き抜いて防衛出動の準備をするとなると、目の前にいる被災者たちを見捨てることになります。

某国海軍は何もせずに引き返すかもしれないのです。

そのような事態における自衛隊の即応能力を見ているだけかもしれません。

ひょっとすると、領海に入る寸前に災害援助の申し出をしてくるかもしれないのです。

そのような時に、敵意むき出しの対応をするほど愚かな対応もありません。

そのような騒ぎをしているうちに4回目の図上演習を行います。

今度は、首都圏直下型地震や東海トラフの地震に触発されて富士山に噴火の兆候が見られるという想定を出します。

噴火の規模によりますが、宝永の噴火ほどの規模であれば、何もなくても首都圏は甚大な被害に見舞われます。

首都に集中している様々な重要な機能が失われ、政権は指揮が執れなくなります。

「そういえば、大阪都構想なんていうのがあったよな。」と想い出す人も多いかと思います。

しかし、これらの危機が重なって起こるという蓋然性は無視できません。

それぞれの危機に対する計画は進みつつあるのかもしれませんが、これらが同時多発的に生じた場合の対策は多分ないでしょう。

そのような時に図上演習が役に立ちます。

同時多発的にそれらの災害が生じた場合に、どうすればいいのか、その問題点は何かを検討することができます。

このように、図上演習は段階的に行うことで参加者の指揮能力を高めたり、あるいは問題点を浮かび上がらせたりすることができます。

首都直下型地震や東南海トラフに起因する地震津波災害は、単独で起きても凄まじいことになるのですが、それが同時複合的に生ずるとまったく別の問題を惹起します。

自衛隊に関しては、首都直下型の地震では兵力をいかに効率的に集中するかが課題なのですが、東海・東南海・南海トラフに起因する地震津波災害では、いかに効率的に分散するかが問われるのです。

相矛盾する事態を前に、それぞれの事態対応計画を立案していた時にはまったく考えていなかった問題に対応しなければならないことに気付くはずです。

これほどのシナリオを準備すると、図上演習と言えども臨場感が溢れ、緊張感をもった演習となります。

想定さえできれば何・・・

図上演習は想定さえできれば何でもありです。

したがって、首都圏直下型地震の3日後に東海・東南海・南海トラフに起因する地震津波災害が起き、そこへ某国海軍が意図不明の行動を取ってきたり、富士山の噴火の兆候が現れてくるという、どう考えても起きて欲しくない事態を重ねることができます。

そうやって、複合脅威が発生した場合の問題点を検討するという検証作業的意味合いを持つ図上演習というのが、図上演習の最も価値を発揮できる場面ですが、しかし、一方で、この図上演習を訓練として用いて、頭の体操をすることも可能です。

例えば、5回目の図上演習を行い、それまでに出してきた4つの想定で大騒ぎになっているところに新たな想定を出します。

「地底で眠っていたゴジラが目を覚まし、相模湾に現れました!」でもいいと思います。

「シン・ゴジラ」では鎌倉にゴジラが上陸してきましたからね。

想定さえできれば、宇宙人の襲来でも構わないのです。

官僚にそれらの想定を与えると面白い図上演習になると思います。

彼らはまず対処するための根拠法を探します。

ゴジラは敵国の侵略ではないので防衛出動ではなく、災害派遣ということになるでしょうし、武器使用の根拠は害獣駆除ということになるでしょう。

宇宙人の襲来も、対領空侵犯措置ということにもならないでしょうから自衛隊法82条の3に基づく破壊措置命令で対応するということになります。

宇宙人と戦うに際して、相手に交戦国の義務の順守を求めることは無理ですので、逆に交戦国の権利も認める必要がありません。外交交渉もできないでしょうから、交戦規程も何もなく、何でもありの戦いが生ずることになります。

官僚に議論させるとそのような話になるかもしれません。

中国が我が国の排他的経済水域内に設置したブイの撤去を巡って、上川外務大臣は「国際法に撤去に関する根拠がない。」として消極的でしたが、そのような各省の姿勢が露骨に出てくるかと思います。

それを見ているだけでも、このような想定の図上演習は行う価値があるかと思います。