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専門コラム「指揮官の決断」

第381回 

能登半島の地震・津波災害からいかに教訓を導き出すか

カテゴリ:危機管理

能登半島の地震をどう見るか

2024年の幕開けに能登半島を襲った地震・津波被害は、日を追うごとにその被害の現実が明らかになっていき、大変な被害であったことが分かってきました。

1月16日現在では222人の方が亡くなったことが確認されています。

ある一定の年齢以上の方々には、阪神淡路大震災の被害をご記憶の方がいらっしゃいます。

5500人近い方が亡くなった大きな災害でした。

私たち人間には、比較効果という心理作用があり、物事を評価する際に、他の事例と比較して判断する傾向があります。阪神淡路大震災の5500人や東日本大震災の2万人という数字が、今回の200人の被害と比較されることで、今回の出来事が相対的に小さく感じられる可能性があります。これは、以前の災害がより大きな影響を残し、それに比べて現在の被害が小さく感じられるという心理的な傾向です。

比較効果は主観的な評価や感情に影響を与える可能性があり、その影響は人々の経験や過去の出来事との関連性によって異なります。

社会学の立場から見ると

適応水準理論という考え方もあります。

この理論は、人がある出来事や状況に対して、自分の過去の経験や環境を基準として判断する傾向があると主張します。

適応水準理論によれば、人はある状況に慣れると、その状況が新しい刺激や出来事として感じられなくなり、それが当たり前とされるようになります。したがって、新しい出来事が起きた際には、過去の経験や状況を基準にして相対的に判断され、その出来事が前述のような比較効果を生む可能性があります。

私たちは、自分たちにそのような心理効果が働いていることを認識しながら、今回の災害を評価していかないと大きな過ちを犯しかねません。

能登半島の地震を教訓に

今回の災害は、東日本大震災以降最大の地震津波災害となりました。熊本で起きた地震も大きなものではありましたが、津波被害を伴ったという点で、東日本大震災の教訓がどう活かされたかを検証すべき事案です。

孤立した集落が非常に多かったのが目につきます。

これは、予想される東海・東南海・南海トラフに起因する地震・津波災害においても教訓とすべき事態です。三つのトラフが連動して災害が起きると、その海岸線の長さは、1200㎞を超えます。ここに所在する地区では、海からのアクセスも山からのアクセスもできない地区が生じるおそれがあります。

海上自衛隊の輸送艦が搭載するホーバークラフトも隻数が限られているので、なかなか対応が厳しいでしょう。

今後の分析と教訓の抽出が待たれます。

官邸の対応

東京の官邸で防災服を着ている首相などは如何なものかと思います。

彼は能登半島関連の会見をする時や災害関連の会議においてのみ防災服を着用しています。

これはアピールであり、バリッとした背広などを着ていると、現地に寄り添っていないと見做されることを恐れているのだろうと思われます。つまり、自分の評判を気にしているだけなのです。

筆者の感覚から申し上げれば、首相は常時防災服を着用し、来賓などを迎えるときだけ背広を着用すればいいはずです。それこそ「常在戦場」の覚悟です。

その逆の着替えをしているこの国のトップは、筆者から見れば単なる偽善者にすぎません。

そもそも「危機管理の要諦は、最悪の事態を想定して、それに備えること。」という勘違いをしており、勘違いしているだけならまだしも、その想定すらしていない最高指揮官なのですから、評価に値しません。値しませんが、この国の現在の首相は岸田首相であり、頑張って頂かなければなりません。批判して貶めるのではなく、提言をすべきと思料いたします。

メディアの批判も如何なものかと思わされるものがあります。

岸田首相が5日に新年会を3つかけもちしたことを批判する向きもあります。

しかし、首相は経団連、連合、時事通信社などが主催した新年会に防災服で現れ、能登半島の災害についての協力要請を行ったのであり、これを批判するのは筋違いです。彼は東京でできることをやったにすぎません。政治資金パーティーに参加していたのではないのです。この時には防災服を着ている必要があったでしょう。

彼は東京にいて、能登半島への対応だけでなく、様々な問題と戦っています。主要な団体の会合で人が集まるなら、そこへ赴いて協力を要請することなどは職務のうちでしょう。現地を慮って自粛すればいいというものではありません。首相には首相しかできないことがあります。主要団体のパーティーに出席して、協力を要請するなどということは、それなりの地位の人物でなければできないことです。

NHKは頑張りましたね

この度の地震で筆者の印象に残ったのは、NHKの女性アナウンサーの避難の呼びかけです。避難をお願いするのではなく、ほぼ命令に近い口調で何度も繰り返し呼びかけていました。彼女は、かなり長い時間にわたって、テレビなど観ていないでサッサと避難しろと言わんばかりのアナウンスを続けました。これは見事です。

兵力の逐次投入とは

自衛隊の災害派遣の規模について、東京新聞が熊本の震災と比較した記事を載せています。

熊本地震では2日目で2000人に対し、能登地震では1000人。5日目に熊本は2万4000人に達したにも関わらず、能登半島では5000人に留まるということです。これを受けて、「戦力の逐次投入である。」と批判する評論がたくさんいます。彼らは「戦力の逐次投入」がなぜいけないのかを知りません。

戦力の逐次投入が戒められるのは数学的理由からです。

10対10の戦力を持っている部隊同士が戦うとします。

正面切って10対10の決戦を挑むと両軍に相当の被害が生じます。

それが相手の10分の1の兵力を10回に分けて投入すると、結果的に残る戦力はほぼ0対10となり、相手に手傷を負わせることすらできません。OR(オペレーションズ・リサーチ)という数学的手法で計算することができます。

逐次投入が戒められるのは、小出しにすると各個撃破されるからです。それは戦場の話であって、災害の現場の話ではありません。何が何でも最初から大兵力を投入すればいいというものではありません。

当コラムが、繰り返し繰り返し専門性に拘り、素人の議論をしないように気を付けているのはそこに理由があります。戦場の現実を考えたこともない評論家が、本当に意味することを知らずに評論することがいかに滑稽でバカバカしく見えるかという典型的な例です。

確かに、筆者たちも戦術の教務において、戦力の逐次投入は戒められ、初度全力・戦力の逐次引上げが原則と教えられました。

しかし、災害派遣は問題が異なります。

狭い場所に多くの部隊が集まると混乱が生ずるので調整が必要となります。また、現地の様子がまったく分からない状況では、どこに司令部を設置し、どこに物資を集積し、どのような輸送ルートを使うべきかが分かりません。どこを重点的に自衛隊が担当し、そのための輸送ルートをどうするかが分からないと部隊を動かせないのです。

数千人の部隊を動かすには、食料や燃料をどこからどう運び、どこに集積するかを考えねばなりません。

したがって、まず先遣隊が入ります。彼らが攻撃正面がどこなのかを把握し、必要な兵力を算出し、そのための兵站線をどこに築くかを計画します。

そこで案出された計画に従って部隊が移動を開始します。

熊本は、陸上自衛隊の西部方面総監部という九州・沖縄の部隊を束ねる司令部や第8師団司令部などがあり、地元の情報は隅から隅まで知り尽くしています。

食料や燃料は駐屯地に取りに帰ればいいだけです。

一方で、能登半島には自衛隊の部隊は、航空自衛隊の輪島分屯地しかなく、陸上自衛隊や海上自衛隊は所在していませんので不案内なのと、津波で海岸線の道路が通れないことが航空偵察で分かっており、また、内陸の道路も地盤の隆起等で走ることができないものが多いことが分かっていたはずです。そこへいきなり多数の部隊が投入され、部隊車両の通行が始まると渋滞が生じ、救急車などの通行を阻害する恐れもあり、慎重にならざるを得ません。

これが戦場なら、障害物は戦車などで撃破し、がれきを踏み越えて行くこともできますが、行方不明被災者が多数いる中でそのようなこともできません。

戦力の逐次投入がよろしくないといって、いきなり何も考えずに大兵力を投入すればいいというものではありません。素人は「戦力の逐次投入」がなぜいけないのかという意味を知りませんから勝手なことを言います。

台湾の支援を断ったのは・・・

さらには、台湾の蔡 英文総統が、発災後1時間以内に緊急援助部隊の派遣準備を指示し、3時間以内に準備が整い、その旨日本国政府に通知したのを日本が断り、翌朝になって米国から、在日米軍による支援の申し出があったことを受けたことを批判するメディアもあります。曰く、バイデン大統領への忖度が酷すぎるということです。

台湾の援助を断り、米国の援助を受けたのも理由は明快です。

台湾は医療チームや災害救助犬なども準備していましたが、日本に来てからの足を持っていません。彼らの輸送を陸上自衛隊が行わなければなりませんでした。一方の米軍はヘリコプターを持っています。実際に今週米軍に依頼して援助してもらっているのは、避難所に送る物資の輸送です。

この事情は台湾も理解しており、日本政府から謝辞とともに辞退の意向が伝えられたことに理解を示しています。

教訓を活かすことが大切

多くの自治体から職員が現地に援助に入っていますが、これはいいことだと思います。

東北各県の自治体や神戸、熊本などの職員にはノウハウがあるでしょうし、その他の自治体職員は、被災地がどうなるのかを学んで帰り、今後の対策に生かせるはずです。

能登半島の災害については、一刻も早く被災された方々の生活を立て直し、関連死が増えることを防ぐとともに、この事態から教訓を導き出し、予想される東海・東南海・南海トラフに起因する地震・津波災害への備えを固める必要があります。

素人のつまらない批判は考慮する必要はありません。

(写真:首相官邸)