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専門コラム「指揮官の決断」

第385回 

危機管理の本質

カテゴリ:危機管理

本質論への回帰

以前から当コラムでは危機管理の基本が理解できる体系化を何度も目指してきました。基礎講座のようなコラムも何度か書いてきましたが、コロナ禍が起きたりして、現実の危機管理の問題が大きくなり、原理原則を説いている場合ではないという状況に陥ってその企てが頓挫してきています。

今年はしっかりとそのような編集方針で書いていこうと考えていた元旦に能登半島が激震に襲われ、翌日には羽田で大型旅客機がマスコミのカメラの目の前で燃え堕ちるという事件が起こり、またまた原理原則の話をしている場合ではないという仕儀に至ってしまいました。

しかしながら、当コラムの本来の使命として、皆様に危機管理を正しく理解して頂くために、なんど挫折してもくじけず、危機管理とは何かを語っていく必要があるという認識は揺らいでいませんので、今回はその本質論に立ち戻ろうと思っています。

年内には400本に迫ろうという当コラムを丹念にお読みいただいている読者の皆様には「耳にタコができる」話かもしれませんが、メールマガジンをお読みいただいている諸先輩の中には「何だ、お前、コラムも書いてんのか?」とのたまう御仁もいらっしゃいますし、「そんな昔の話は覚えていねえよ。」と感じていらっしゃる方も多いかと存じますので、大切なところは繰り返し繰り返し言及させていただきます。

民度の高さの足をひっぱる政治

危機管理に関してもっとも大切なことは、「そもそも危機管理とは何か」という本質論です。

この国では、これが理解されていないので、危機管理がまともに行われず、いつもその場凌ぎの場当たり的な対応に終始しています。

しかし、これまで私たちの記憶にある数々の国家的あるいは全社会的な危機に際して、私たちの社会は、場当たり的ではあっても何とか対応し、そこから不死鳥のように蘇ってきました。

それは、この国の民度の高さのお蔭であり、これは世界に誇っていいものだと思っています。

例えば、大規模災害が起こっても暴動にはならず、救難物資が現場に届くと、秩序良く受け取り、皆で分け合っていきます。被災者同士が助け合うという場面がいたるところで見受けられます。

その様子が各国のメディアによって世界中に報道され、世界から称賛の的になります。

これが隣の半島国家やその南にある大国ではそうはいきません。

私たちのこの国がなぜそういう国になったのかは、社会学や歴史学の専門家にお任せしますが、いずれにせよ世界に誇ることのできる民族性を私たちは持っていると思っています。

しかし一方で、「危機管理」というものが何であるのかを施政者が理解していないので、不必要な、あるいはやってはいけない政策を取ることがあり、国民は頑張っているのに政府が足を引っ張っているということが起こります。

典型的なのはコロナ禍です。

もともと衛生観念の強い日本人が、自粛要請にも淡々と従い、世界にまれに見る罹患率に抑えたにも関わらず、メディアの出鱈目な報道と政府の無策のお蔭でG7において経済的ダメージを最も大きく受け、他国が結局はコロナ禍以前よりも成長を遂げたにも関わらず、日本は最下位という始末です。

サメとイルカの違いが分からぬ政治

さて、これらのことどもについて批判をし始めると収拾がつかなくなりますので、危機管理の本質とは何かという議論に戻ります。

当コラムでは、危機管理とリスクマネジメントは別物であると主張してきています。一見似ているようですが、実はサメとイルカの違いがあります。

リスクというのは、「危険性」のことです。

危険性はある程度甘受しなければなりません。ノーリスクはノーリターンだからです。

企業がいろいろな投資をしたり、新事業を起こしたりする際には、その決定に伴うリスクを慎重に評価します。

リスクが大きすぎると判断される場合には、その事業への進出や投資は行われないという決定になります。

リスクを含んでも行うべきという判断が行われると、その投資や事業が実行に移されますが、リスクが現実化した場合の対策も立てなければなりません。それがリスクマネジメントです。

新たな決定ではなくとも、リスクマネジメントは必要です。

例えば、東海・東南海・南海トラフに起因する地震津波災害の被害が予測されている地域にある企業などは、そこで操業を続けるかどうかを考えなければなりません。

移転するにも大きな資金が必要ですから、なかなかそう簡単に安全な地区への移転など決断できるわけではありません。

それであれば、実際に地震津波に襲われた場合にはどうするのかの対策を立てる必要があります。

起きて欲しくない事態からは目を背ける社会

しかし、この国の零細・中小企業のほぼ100%が、それらの対策を立てようとはしません。

起こって欲しくない事実から目を背けているのです。

何故か?

そのような事態に陥った際にどうすべきかという対策を取るのが恐ろしく大変で、結局は移転を余儀なくされると考えているからです。

また、実際にそのような事態になった場合に取れる対策などはなく、あきらめなければならないと思い込んでいるので、そのような事態になることなど考えたくもないのです。

危機管理というものを理解していないからです。

福島原発を見れば分かります。

福島原発はある一定の高さの津波の予測があって、防波堤が建設されました。しかし、その想定を超える津波が発生したらどうするかという検討がなされなかったようです。

危機管理の本質を理解していない人々が考えると、想定を超える高さの津波への対策は、防波堤の高さを高くして、津波に対抗することだけなのですが、専門家の考えることは異なっています。

想定を超えた高さの津波に襲われたらどうするかを考えるのです。津波と高さくらべをしていたらお金がいくらあっても足りません。そのうちに、日本全国の海岸線を高さ30mの防波堤で囲むという馬鹿げた対策になりかねません。

つまり高さ比べなどせずに、津波に襲われたらどうするかという観点にシフトさせればいいのです。地下の電源が機能しなくなることが予測されます。そうなれば冷却ができず、メルトダウンに繋がる危険が増大することも予想できます。

つまり、冷却を続けることが重要だと分かれば、その電源をどう確保するかという対策を取ることが必要ということが分かります。

どこか近くの高台に非常用電源を準備し、その運搬手段を考えておけばいいのです。恐ろしく高い防波堤を作るよりも遥かに低い予算で実現できます。

福島原発は想定よりも高い津波に襲われたらどうするかという観点なしに操業していたので、ついには水素爆発まで起こして大惨事となりました。

危機管理というマネジメントの本質を理解していないとこうなります。

想定外に対応できない政治

危惧されるのはこの国の政府です。

官僚たちは優秀ですから、これまでにも様々な危機を乗り越えてきました。

それに立ち塞がり、ブレーキをかけるのが、政治主導を掲げる政治家たちです。

民主党政権の時が最も酷く、事業仕分けという政治ショーを展開して政治主導を標榜し、東日本大震災においてはその機能不全を露呈してしまいましたが、官僚たちは「政治主導ですよね。」と言って首相執務室に入らなくなってしまいました。

現政権はそこまで酷くはないようですが、首相自身が危機管理を理解していないことは事実です。

彼は総裁選において「危機管理の要諦は、最悪の事態を想定してそれに備えること。」と述べましたが、まったく危機管理を理解していないことはこの一言で分かります。

最悪の事態を想定して、それに備える対策をしてあるのであれば、それは危機の管理ではなく、危険性の管理の話であり、リスクマネジメントの話です。

リスクが現実になった場合には、その対策を実行に移せばいいだけのことであり、それであれば手続きの問題に過ぎません。

問題は想定できなかった事態に陥ったらどうするのかという事であり、それが危機管理です。

岸田首相の「危機管理」は、「最悪の事態を想定して備えること」なので、想定しなかった事態が生じた場合にどうするかという論点が欠けています。

東日本大震災において、時の民主党政権は二言目には「想定外」という言葉を用い、「想定外」だから仕方がないと言わんばかりでしたが、政権にエクスキューズは許されません。想定外であろうと何であろうと、対応しなければならないのですが、首相の危機管理の考え方にはその想定外の対応が全く考慮されていません。

国のトップが、想定外の事態に陥った場合にはどうするかという危機管理の視点を持っていないというのは恐ろしいことです。

そのようなトップがいること自体がすでに危機管理上の事態なのです。

政治家の存在そのものが危機

現在、国会の会期中です。

ウクライナにおける戦争は泥沼状態になり、中東では罪のない子供たちがテロへの報復攻撃の犠牲になっています。国内においても元旦に能登半島において大規模自然災害が発生し、多くの方が亡くなり、いまだにろくに水も出ない状態で多くの方々が避難所生活を強いられています。

積み上げなしの安全保障予算の対GDP比1%から2%への増額という無茶な予算も組まなければならなくなる時に、国会では政治資金パーティーの裏金の話ばかりで、肝心の予算審議が進みません。

腐敗しきった与党にもうんざりですが、この時期に及んで与党の揚げ足取りしかできない野党にもうんざりです。

あの馬鹿げた安全保障費に関しての真剣な議論を今しておかなければ、自衛隊は張り子のブタとなって、戦えない軍隊になってしまいます。これこそこの国の危機です。