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専門コラム「指揮官の決断」

第387回 

目的は何か その2

カテゴリ:意思決定

意思決定の目的は意外に意識されない

前回、意思決定の目的を理解していないことがよく見受けられる、という一見信じがたい事実に言及しました。

一見信じがたいのですが、実はよく起きることであり、前回例に挙げた少子化対策などはその一例です。子育て支援が少子化対策にまったくならないとは申しませんが、現実の社会には結婚したくてもできない非正規雇用の若い人たちが大勢おり、一方で安定的な企業に雇用されていて、それなりの福利厚生を得て結婚している若い夫婦もいます。

子育て支援は前者には関係がなく、後者に利益をもたらすのであり、格差が拡大するだけで、問題の根本的解決になりません。

結婚しても夫婦で住む家を確保できない人たちに住宅の支援でもするなら話は別であり、過疎に悩む地方自治体ではそのような支援を積極的に行っているところもあります。

国よりも遥かに進んだ施策を地方が乏しい財源で行っているということです。

しかも、この施策は少子化対策を目的としたものではなく、過疎化対策の為に行っています。過疎化対策のために何が必要かをしっかりと議論した結果、少子化対策を行うことにより、過疎化に歯止めがかかるかもしれないと気付いたのでしょうが、自分たちの目的をしっかりと認識して議論していることが分かります。

このように目的を理解しない意思決定を避け、しっかりと問題を解決できる意思決定を行うためにはどうすればいいのかという議論が今回のテーマです。

着意さえあれば

これは意外に簡単であり、それさえやっていれば勘違いをしなくて済むのに、と筆者など海上自衛隊で教育を受けた者はよく思います。

秘密は海上自衛隊のものの考え方にあります。

海上自衛隊においていろいろな意思決定が行われる際に用いられる論理的な決定方法があり、筆者たちは無意識にその手順をたどってものを考えています。

それは「作戦要務」という思考方法です。

文字通り、作戦計画の立案時に用いられる考え方であり、作戦計画の記述もその作戦要務に従って記述されていきます。

自衛艦隊司令部の作戦室で各幕僚が司令官を囲んで作戦を練る時も、最前線に派遣された護衛艦の士官室で艦長が乗組み幹部と今後の行動を考える時も同じ手順に従って考えていきます。

その考え方を弊社のコンサルティングではビジネスの世界に応用しやすい形にアレンジしてお伝えしているのですが、あるIT系企業の社長様からクレームをいただいたことがあります。

曰く「弊社では社員の創造性を大切にしているので、そのような型にはまった考え方をさせるつもりはない。」ということでした。

確かに、論理的なものの考え方を定式化するという発想は、右脳を使う発想とは一見無縁に見えます。

ただし、この社長は筆者の話を最後まで聞かない段階でのご発言であり、セミナーを終わった時点で、「勘違いでした。これは凄い。」とおっしゃるようになりました。

何が彼の問題だったかというと、「創造性を発揮しなければならない分野における思考方法の定式化」という論点でした。

筆者がそのセミナーで話をしていたのは、海上自衛隊の作戦要務をビジネスにいかに応用するかというテーマであり、まず作戦要務というものがどういうもので、作戦計画立案の際にいかに用いられているのかという段階でした。

筆者はものを考える順番について話をしていただけであり、その順番に従っていけば漏れがないよ、という話をしていたのであって、その内容についてどう考えるかについて話をしていたわけではありません。

ちょうど、SWOT分析において、内部環境における強みと弱み、外部環境における機会と脅威を列挙し、それらの掛け算をどうやって武器に変えていくかというのが分析者の能力によって異なるように、考え方を整理するために便利なツールだというだけであり、自動的にアイデアが生まれていくような手法ではありません。

ただ、記述していく順番を定式化しておくと、他の人が見てもどこに何が記述されているかが分かりやすく、また、どこから考えていいか見当もつかないという問題に対応していく場合にも、考える順番が定式されていくと、とりあえず手を付けることができ、段々に発想が豊かになっていきます。

つまり、そうやって複雑な問題を考えるときに、考え方を整理して余計なことを考えなくて済むようにしてやることによって、本人の創造性を如何なく発揮させることができるのであり、創造性を必要とする業務にこそ最適な論理的思考方法なのです。

使命の分析

この作戦要務について語っていると本が一冊できてしまうのですが、本稿のテーマである目的を間違えないという観点から、意思決定にいかに生かすかという点に絞ると、問題を考えるときに最初に行う作業をしっかりとやればいいだけなのです。

それは、作戦要務においては「使命の分析」というタイトルで記述されています。

まず、自分に与えられた使命は何かという本質を考えるということです。

これは海軍独特の考え方かもしれません。

ちなみに、海上自衛隊は作戦計画の立案にこの作戦要務という考え方を用いますが、陸上自衛隊は違います。陸上自衛隊がどのような考え方を用いるのか筆者は承知しておりません。海上自衛隊の考え方は『作戦要務準則』という教科書にまとめられており、それを勉強すればいいのですが、陸上自衛隊にはそのような文書がないように見えます。陸上自衛隊の幹部がいつでも持ち歩いて勉強している『野外令』にも、そのような思考法の記述はありません。

なぜかというと、海上自衛隊との軍種の違いがあるからです。

海軍独特の発想

帆船時代の海軍を思い起こしてください。

艦長が命令を受けて出航すると、季節風が変わるまで帰ってくることはありません。

一航海が2年や3年などということも珍しくはなかったはずです。

その間、艦長は与えられた命令に従って目的を達成しなければなりません。現在のように電報が届くわけでもなく、一度命令を出して出航させると、あとは艦長の判断で行動させなければならないのです。

このため、あまり細かい命令は出すことができません。現場に行った艦長がその場で適切な方法を考えて目的を達成してこなければならないのです。したがって、海軍において発出される命令は、抽象度が高く、また、方法が具体的に記述されることもあまりありません。

一方で陸軍の戦いを見ると、海軍とはかなり異なることが分かります。

敵陣に攻寄るに際して、横一線に並んで攻め寄せる必要があります。突出した部分や引っ込んだ部分があるとそこが弱点になりますので、指揮官が中央でそれを見ていて、ラッパや太鼓で全体を統制していきます。

海軍でもトラファルガー海戦のような艦隊同士の戦いでは、マストに掲げる旗の信号で統制をしますが、基本的には艦長の裁量によって戦っていきます。それほど細かく指示ができないのです。一人の指揮官の意思による統一的な指揮によって艦隊決戦が行われた最初の例が、日露戦争における対馬沖の戦い、いわゆる日本海海戦です。この際は艦隊運動が旗艦に従うこととされ、初弾の発砲時期も司令長官の指示により決定されました。ここから近代的な海軍の海上戦術が始まったのです。

つまり、海軍では伝統的に艦長の判断でことをなさなければならず、命令は具体的なものは出されてきません。つまり、自分が何をしなければならないかを考えなければならないのです。それが「使命の分析」です。

自分に与えられた使命は何か、何が目的なのかをまず考えるということから始まります。

陸軍にはそのような発想はまずありません。まちがっても現場が勝手なことをやらないように、あるいは自分のなすべきことを間違って解釈しないように、細部にわたって指示が出されます。

これが具体的にどういうことかというと、例えば護衛艦の艦長に「対馬海峡において警戒監視に当たれ。」という命令が出たとします。

これが単に「監視に当たれ。」という命令であれば、対馬海峡を見張り、通る船を記録していけばいいだけですが、警戒の一文字が入っていると話が変わります。

国際海峡ですから、外国の軍艦が通っても国際法上の問題はありませんが、制限が加えられています。通過通峡に妥当な速力で速やかに通過していかねばならず、そこで軍事的な訓練をしたり、海洋観測をしたりすることは許されていません。そのような行為が観察された場合に、「警戒」の一文字が命令に入っていると、その船に対して警告を出したりしなければなりません。また、通峡後、領海に近寄るような行動を見せた場合には針路を変更するよう要求していくことも必要です。それをどこまでやるか、もし相手船が当方の警告を無視して領海内に侵入しようとしたりした場合、どうやって阻止するのかを艦長は決断しなければなりません。

最近であれば、ROE(Rules Of Engagement 交戦規定)が整備されているはずで、警告に留めよとか、体当たりしてでも阻止せよなどと指示が出ているかもしれませんが、そのような指示が出ていない場合には、艦長は自分で判断しなければなりません。

判断しなければならない要素はほぼ無限大にあります。

そのため、そもそも対馬海峡を監視する目的は何のためかということから考えるのです。それが使命の分析です。

2024年2月下旬の国際情勢を鑑みると、周辺国と直ちに戦争が始まりそうな情勢にはありません。したがって、対馬海峡の警戒監視の目的は、わが国のプレゼンスの維持であり、同時に、周辺国海軍艦艇の動静の把握、それらのスクリュー音の音紋採取、写真撮影による形状や装備品の変化の調査、放射している電波特性の把握などが必要であり、ことさら挑発的な態度をとる必要もなく、警告を無視して領海に侵入したり、射撃管制用レーダー波の照射が行われても、それは外交ルートにより処理されるべきであり、現場で措置すべきことではありません。

ただし、それが尖閣諸島近海となると、同じ警戒監視でも艦長の判断は変わってくるということです。海上保安庁が一義的には対応していますので、その手に負えないような事態になった場合に備えるのが海上自衛隊の役割となりますから、対馬海峡の監視とは異なるのです。

海上自衛隊では、常にそのように自分の役割は何か、何を期待されているのかを与えられた命令や自らが置かれた状況から判断していかなければなりません。筆者たちが常に「使命の分析」をまず行うのはそのためです。

詳しく知りたい方には解説書もありますよ

この使命の分析をまず行うという着意さえあれば、自分たちが行おうとしていることが目的を達するかどうかはすぐに分かります。

少子化対策に子育て支援以外の手がないというのであれば仕方ないのですが、問題の本質を考えればいくらでも打つ手があるのに、子育て支援策ばかり打ち出してくるというのは、発想があまりにも短絡的であり、ものを考える力がないのか、あるいは別の政治的な力学が働いているとしか思えません。

ひょっとすると、非正規就業の若者たちが結婚しやすいように予算を使うよりも、世帯を持った夫婦に予算を使ったほうが、選挙の時の支持率への影響が大きいかもしれないという考慮が働いているのかもしれません。

ちなみに、この『作戦要務準則』というのは、筆者が候補生のころは「秘」文書でしたが、最近は普通文書になっているようで、それならば開示請求をすれば観ることができます。

また、この文書は米海軍が作戦立案の際に用いる文書を翻訳してまとめたものであり、米海軍の文書はインターネットで読むことができますので、英文が苦でない方はそちらを読まれることをお勧めします。NWP-5.01とネットで検索していただければダウンロードできます。アマゾンで買うこともできます。

弊社では、この「作戦要務」やNWP-5.01をビジネスに適用するためのコンサルティングを行っております。

上述の文書を注意深くお読みになれば、論理的な意思決定の方法はご理解頂けますが、あくまでも海軍における作戦計画立案用に書かれていますので、ビジネスに直接適用するのは、ちょっと難しいかもしれません。

この論理的思考方法にご興味をお持ちであれば、弊社のコンサルティングをご利用ください。

ただ、この専門コラムでも、意思決定問題については今後言及してまいりますので、お急ぎでない方は、その議論が展開されていくのをお待ちいただくのがよろしいかと考えます。