専門コラム「指揮官の決断」
第399回今、そこにある危機
映画のタイトルですね
今回の表題はハリソン・フォードが主演したアメリカ映画のタイトルの邦題です。
弊社配信のメールマガジンで、この原題”Clear and present danger ”というのは、もともとは法律用語であり、表現の自由に関する内容を規制する際に用いられる違憲審査基準の一つだと指摘していますが、この映画では表現の自由ではなく、コロンビアを拠点とする麻薬カルテルとの戦いにおいて行われている超法規的措置について、エンターテイメント性豊かに描写しています。
違憲審査基準としては
この違憲審査基準の考え方は1919年に米国で確立されたと言われています。
現在では日本でも違憲審査基準の一つとして用いられており、大学の憲法学の講義では必ず教えられる原則です。法律用語としては「明白かつ現在の危険」と訳さるべきかもしれません。
「明白かつ現在の危険」の基準は、表現内容を直接規制する場合に限定して用いられるべき、最も厳格な違憲審査基準です。この基準は、次の3要件に分析されると教えられた記憶があります。
1 近い将来、実質的害悪を引き起こす蓋然性が明白であること
2 実質的害悪が重大であり時間的に切迫していること
3 当該規制手段が害悪を避けるのに必要不可欠であること
この3要件を満たしたと認められる場合には、当該表現行為を規制することができ、1と2の要件は「重大な害悪の発生に明白な蓋然性があり時間的に切迫していること」とまとめることができるということです。
やはり、「今、そこにある危機」です
しかし、この原則に見事に該当する事案が生じていますが、憲法問題ではありませんので、今回は「明白かつ現在の危機」ではなく、「今、そこにある危機」として扱わせていただきます。
何が危機だと言うのでしょうか。
「外務省」です。
日本国政府の対中弱腰外交の事例をあげればきりがありません。
民主党政権の頃には、海上保安庁の巡視船に体当たりしてきた中国漁船の船長を逮捕したにも関わらず、現場検察官の判断だとして釈放して中国に送還してしまいました。
そんなことを現場検察官が判断するかどうか、ちょっと考えれば自明ですし、もし判断したとしたら越権行為です。検察官が高度に政治的な外交判断をするなどということはあってはなりません。
そのような判断をするなら、政権が政治的責任をかけて判断すべきです。
それ以後も中国の東シナ海における違法行為は延々と続きます。
この一年だけを見てみましょうか。
尖閣諸島周辺の調査:
2023年9月、中国は尖閣諸島近くの日本のEEZ内に海洋調査ブイを設置しました。このブイは、波高や潮流などのデータを収集し、中国海警船の運用に活用される可能性があります。日本政府はこの行動に対し、中国側に抗議しましたが、中国はこれまでにも同様の行動を繰り返してきました。
沖ノ鳥島周辺の調査:
2024年7月、中国は沖ノ鳥島北方の日本の大陸棚にブイを設置しました。この地域は、日本のEEZに囲まれており、国連の大陸棚限界委員会によって日本の大陸棚として認められています。しかし、中国は沖ノ鳥島を「島ではなく岩」と主張し、日本のEEZや大陸棚の基点とすることに反対しています。
東シナ海での活動:
中国は東シナ海の日中中間線付近でも海洋調査を行っており、ガス田開発とみられる新たな構造物の設置が確認されています。
東シナ海のガス田開発をめぐっては、2008年に日中両政府が共同開発することで合意しましたが、関係する条約の締結交渉は中断したままで、中国側が一方的な開発を進めています。
これに対しても、日本政府は強く抗議しています。
日本政府は「強く抗議しています。」となっていますが、東シナ海での中国のガス田開発に対して日本政府が行った抗議とは次のようなものです。
「外務省の鯰アジア大洋州局長は、中国大使館の楊宇 次席公使に対し、一方的な開発の継続は極めて遺憾だとして、開発をやめるよう電話で抗議しました。」(NHKニュース)
電話をして「ちょっと止めてくれよ。」と言うのが外務省の抗議です。
尖閣周辺の海洋調査ブイに関し、取り除くべきではないのかという国会での質問に対して上川外務大臣は、国際法上、このブイを排除するための規定がないので、直ちに取り除くつもりはない旨答弁しています。
上川大臣は官僚の書いたペーパーを棒読みすることで有名ですから、この答弁も外務省の役人が書いたものでしょうが、外務省の国際法に関する知識の低さが露呈しています。
EEZ内における航行の安全は旗国に第一義的な責任があり、その水域における航行の安全を確保するための手段を講じる権限が与えられています。
一方で、海洋調査ブイは海図に記載されていませんので、そのようなブイを設置する場合には国際海事機関(IMO)に通報する義務があります。したがって、通報のないブイは排除しなければ航行の安全が確保できません。
外務省はそのような規定を知らないのです。
外務省が国際法上の知識を欠いているというと、「そんなバカな。」と思われる方も多いかと思いますが、外務省は外交を一元的に取りまとめる担当省庁ではありますが、個別の事象に関する専門的知識はほとんど持ち合わせていません。
戦時国際法の専門的知識を持つ役人は防衛省にはいますが、外務省にはいません。
国連海洋法条約がスイスのジュネーブの国際会議で案文の審議が行われているとき、外務省には専門家がいないとして海上自衛隊の幹部学校で長く戦時国際法の教鞭をとってきた教官が外務省に出向して、その審議に参加していました。その教官は筆者たちに戦時国際法と国連海洋法条約の講義をした筆者たちの恩師です。
また、他国のEEZ内での海洋調査は旗国の承認が必要です。
これは届け出ればいいというものではありません。旗国の承認が必要なのです。
1980年代、中国はわが国のEEZ内での海洋調査を何回も申請してきました。当時の防衛庁の抗議を尻目に外務省はこれを承認し続けました。
その結果、驚くべきことが起こりました。
弱腰外交の結果は
2004年11月、中国人民解放軍海軍の原子力潜水艦が石垣島周辺海域で領海侵犯をしました。
これに対し、海上自衛隊は創設以来二度目となる海上警備行動を行いました。
この時、筆者はその海上警備行動の具体的な行動を命じられた自衛艦隊の監理主任幕僚として、横須賀の自衛艦隊司令部で勤務していました。
漢クラスの原子力潜水艦は石垣島に近づく前から台湾から情報を得て海上自衛隊が追跡をしていました。
海上自衛隊の度重なる警告にも関わらず石垣島と多良間島の間を潜没航行し、領海侵犯となりました。
浮上して、国旗を掲げ、最短距離を適切な速度で通り抜けるだけでは必ずしも国際法違反ではないのですが、潜水艦が潜没のまま航行するのは国際法違反です。
領海侵犯の警告に際し、海上自衛隊の護衛艦はアクティブモードのソーナーを使ったので、潜水艦は自分が補足されていることを知っていたにもかかわらず、国際法に従った行動をとりませんでした。それどころか、何とか追跡を振り切ろうとある行動に出たのです。
それは、ある海域で、海底にある谷間に入り込むということです。
これはその海域の海底を熟知していなければできません。原子力潜水艦が海底の裂け目のようなところに潜り込んで逃げ回るという作業なのです。もちろん海底では目で見て操艦するわけではありませんので、水深を測りながら、自分の位置を推定していく推測航行です。逃げ回っているわけですから、潜水艦自体がアクティブソーナーを使うこともできないので、谷間の周りの壁からの反響も期待できません。
しかし、中国の潜水艦は見事にその裂け目に身を潜めてしまいました。これは、それまでの海洋調査で海底の状況を熟知していたからこそできた行動です。
海上自衛隊は、裂け目に入った潜水艦を再探知するために、その出口に先回りしました。
ただ、ここで問題がありました。出口が二か所にあったのです。
水上部隊指揮官は、まともな艦長ならこちらに来るだろうという予測のもとに一方の出口で待ち受けました。
ところが、鹿児島県鹿屋にいた海上自衛隊の第一航空群司令は、水上部隊が一方の出口に向かったのを確認し、零下航空機を他方に飛ばして万一に備えました。
これが功を奏して、見事に潜水艦を再探知しました。
そして、防空識別圏を完全に出るまでアクティブソーナーで追尾を継続しました。
この事件の際、石垣島付近で領海侵犯をした際、浅いところを通過したため、海上保安庁の航空機から写真を撮られており、それらを証拠として政府は中華人民共和国特命全権公使の程永華を外務省に呼び出し抗議したのですが、程永華は「調査中につき抗議は受け入れがたい。」と答えています。
つまり、外務省が中国に忖度して海洋調査を認め続けたため、彼らはわが国周辺海域について、貴重な軍事情報まで得ているのです。
この連中は誰の利益のために働いているのでしょうか
このようなことは防衛省面だけで起きているものでもありません。
漁業についても同様です。中国漁船団の違法操業は、わが国水産資源そのものも脅かしています。
そして、福島原発の処理水を巡って「汚染水」と称して輸入を規制し、日本の水産業衰退を画策し、自らがとって代わろうとしています。
しかし、「外交の一元化」という大義名分のもと、水産庁は中国に抗議することすらできないのが現状です。
たしかに、いたずらに中国を刺激して戦争になるという状況は好ましくはないでしょう。しかし、中国に忖度を続け、中国の顔色を伺いながら、中国の国力を肥大化させていく外務省のやり方では、目の前の戦争は避けることができても、将来的に中国の圧倒的な国力の前にねじ伏せられるだけの日本になってしまいます。
これが、現在、わが国において起きている危機であり、それが今回の表題となっている理由です。
つまり、外務省の存在自体がこの国の危機なのです。
(写真:パラマウント映画)