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専門コラム「指揮官の決断」

第410回 

あるべき姿を追求せよ

カテゴリ:

幹部候補生

このコラムを長くお読みいただいている方々はよくご存じですが、筆者は元海上自衛官です。

大学院で組織論・意思決定論を学んでいたのですが、机上の学問にうんざりし、学生時代にヨットの外洋レース艇のクルーとして奴隷生活を送っていた影響もあり、船に乗りたくて海上自衛隊に入隊しました。

多くの方は海上自衛隊の幹部は防衛大学校出身だとお考えですが、そうでもありません。

筆者のように一般大学を出て、幹部候補生採用試験に合格して入隊する者もいます。というよりも、自衛隊の幹部全体数では防衛大学校出身者よりも一般大学出身者の方が多いかと思います。

筆者たちは、一般隊員を経験せずにいきなり幹部自衛官になるコースで鍛えられたのですが、これは一般幹部候補生課程と呼ばれます。

幹部候補生学校には、一般隊員として入隊して部隊経験を積んで、その中から選抜されて幹部自衛官になる候補生たちのクラスもあります。こちらは部内課程と呼ばれます。

筆者が入隊した時の海上自衛隊幹部候補生学校の一般候補生課程は、防衛大学校出身者約100名に対し、一般大学出身者が約40名という比率でしたが、現在は一般大学出身者の方が多いようです。

海上自衛隊の幹部候補生学校は防衛大学校出身者と一般大学出身者を同じように扱います。大学で受けてきた教育が異なるため、座学の教務を受けるクラスは別に編成されるのですが、鍛錬行事や日常生活は「分隊」と呼ばれる25人程度で編成される単位で行われ、寝食を共にします。

したがって、半年もすると防大や一般大という意識はほとんどなくなっていきます。

陸上自衛隊の幹部候補生学校は、最初から最後まで別々に教育を受けるので、同期会もそれぞれに行っているようです。

海上自衛隊がそのような制度を取っているのは、やはり戦時中の帝国海軍の短期現役制度の名残だと考えます。

旧制大学を卒業した者を2年間の現役将校として採用し、その期間が終わると予備役に編入する制度で、陸軍は採用せず、海軍が採用した制度です。

海軍はこの制度により、海軍兵学校出身者にはない専門的な知識をもった将校を育てようとしたようです。

作家の阿川弘之氏や政治家では中曽根康弘氏などがこの制度で海軍士官だった経歴を持っていました。

帝国海軍の伝統を尊重する海上自衛隊が一般大出身者と防大出身者を同じユニットで教育するのは、発想の多様性を重視しているからです。

発想の多様性

筆者が幹部候補生となってすぐに、学校の幹部職員による講話が始まりました。

学校長からは入校式の式辞でその考え方が示されていたのですが、副校長や教育部長などが、それぞれ1時間程度の講話を行い、候補生がどのように学ぶべきかとか、海上自衛隊はどのような組織なのかについて話をしてくれます。

その他にも、外部からいろいろな方をお招きして講話をして頂くことがありました。

入校間もない頃、ある幹部職員の講話の際、筆者は教務班当直に当たっていました。当直候補生は、あらかじめ教官のところに行って、何を準備すべきかなどの指示を受け、教務終了後は教務班の日誌を書いて点検を受けなければなりません。

その日の講話では、副校長から「海上自衛隊には旧海軍の良き伝統を継承し、米海軍に学ぶという基本方針がある。」という話が出ました。

入隊間もない筆者は、まだ学生気分が抜けていなかったのかもしれませんが、当日の日誌の所見欄に、「米海軍に学べというのは理解できる。しかし、旧海軍の良き伝統を継承せよと言われても、負けた軍隊に学ぶとすれば何故負けたかであるはずなので、もし継承すべき伝統があるとすれば、何が良き伝統なのかをまず検証する必要がある。ノスタルジーで語られてはたまらない。」と正直な感想を書き連ねました。

早速、「林候補生、学生隊」と呼ばれ、筆者たちが属する第一学生隊の隊長の前に引きずり出されて、「何だ、これは!」と言われました。

その後も、何故か筆者が当直の日は、いろいろな方の講話が多く、所見を書くたびに呼び出しを受けていました。

これらのことから、筆者は候補生時代に「極左勢力」と見做されてしまいました。

しかし、卒業が迫ったある日、最後の当直に就いた日の日誌について再度呼び出されて第一学生隊長の前に直立していると、「君にはいろいろ言ってきたけど、我々が君ら一般大学出身者に期待しているのは、君のような発想なんだ。君のような所見は、防大出身者からは上がってこない。それだけでは海上自衛隊はダメになる。海上自衛隊の幹部は100人いれば、100通りの幹部であって欲しい。これからも、君は部下たちに影響を与えていくことになるが、自分なりの考え方を大切に持っていって欲しい。」と言われました。

極左勢力としての態度を貫いたことが評価されたのかもしれません。

この時の第一学生隊長の言葉は、その後の筆者の海上自衛官としての生き方に大きな影響を与えました。

それは、主流派に対抗する態度を貫くという考え方ではありません。

本来のあり方は何なのかを追求するという態度を大切にしてきたのです。

作戦要務

海上自衛官がものを考えるときに準拠する考え方があります。

作戦要務という考え方にまとめられているのですが、これは米海軍が作戦を立案するときに用いられる考え方であり、興味のある方は米海軍のウェブサイトで、NWP-5.01と検索するとその解説のドキュメントを読むことができます。アマゾンで書物になったものも買えるはずです。

その作戦要務で最初に行うのが「使命の分析」です。

自分は何なのか、何をなさねばならないのか、自分が受けた命令は何を求めているのかをまず分析するということです。

これをビジネスの世界で説明しましょう。

例えば営業部長から「今期売り上げの目標は昨年の同一期の1.2倍」という目標が指示されたとします。

その時営業課長は、「ハイ了解。頑張ります。」ではなく、「なぜ、1.2倍なのか。」を考えよということです。

世情を考えると、頑張れば1.3倍には伸ばせそうな時に何故1.2倍と言われたのか、どう考えてもマイナスになるしかない情勢でどうして1.2倍と言われたのかでは、自分に与えられた使命が異なるのです。

前者であれば、会社は経営資源を他に振り回したいと考えているかもしれないので、頑張って1.5倍などを達成することは無駄になります。あるいは逆に、コストをかけてでもシェアを取って競合を潰そうということなのかもしれません。

後者であれば、利益率のいい商品を扱うなどの工夫をすることにより、1.2倍を達成せずとも会社の目的に貢献できるかもしれないのです。

自分に与えられた使命をしっかりと分析してことに当たらないと、無駄な努力をすることになりかねず、逆に全体的な目的を達成することを妨げるかもしれないのです。

使命の分析を忘れるな

この作戦要務の考え方は、幹部候補生学校で教育を受け、その後もずっとついて回ります。

筆者が「何が継承すべき良き伝統なのか?」という疑問をもったのは、作戦要務の考え方からすると当然だったのです。ただ、筆者は作戦要務の教育を受けてそのように考えるに至ったのではなく、大学院で専攻したのが「意思決定論」だったからです。

「意思決定論」では、意思決定の目的をまず明らかにせよ、などという初歩的な議論はされませんが、筆者は失敗の事例を数多く学ぶうちに、そもそも目的の設定が間違っている事例が多いことに気づいていたからです。

候補生学校の第一学生隊長も実は筆者の所見を評価しつつ、しかし、「もっと大人の文章を書けよ」と言っていたのかもしれません。

しかし、この使命の分析から始めるという考え方は、筆者の基本的な発想になり、何をするにも、これの本来のあり方は何かを問うことになっていきました。

退官後ですが、海上自衛隊で筆者の部下だった人たちが筆者を評して何と言っていたかを聞いたことがあります。

複数の人が筆者を「原理主義者」と評したことを知りました。

彼らに言わせると、指揮官としての筆者は、原理原則さえ踏み外していなければ、何でもやらせてくれるし、大失敗してもカバーしてくれるということだったようです。

その代わり、原理原則にはおそろしく煩く、「俺の前で、前からこうなっていますなどと二度と言うな!俺は根拠を訊いているんだ!」と指導された人の数は枚挙にいとまがありません。

当たりまえのことをしっかりと考えよう

弊社は危機管理専門のコンサルティングファームですが、そこで重要視している三本柱の一つが「意思決定」です。

いかなる事態に陥っても誤ることのない意思決定を行うための手法として、NWP-5.01をビジネス向けにアレンジした論理的な思考法と図上演習などの手法をアドバイスさせていただいています。

そこで最初にお伝えする重要ポイントが、目的を間違えるなということであり、自分の使命は何なのかという、一見簡単に見えることについてかなりの時間を割くことになります。

自分の使命は何か、自分たちは一体何者なのかということを突き詰めておかないと、その上に行う意思決定は、どのように精緻なものであっても砂上の楼閣にすぎません。

自分たちが何者であり、その使命は何かということをしっかりと分析すると、その上に成り立つ戦略はシンプルで分かりやすいものになります。

逆に言うと、精緻に組み上げられた戦略・戦術が、使命とは別のものを目指しているおそれもあります。

自分たちは何物で、目的は何かということは、一見明快なようで、実はよく考えてみるべきものなのです。

戦いは重心がどこにあるのかを見極めることが大切です。

自分の使命をしっかりと分析することはその重心を理解するうえで欠かせない作業です。