専門コラム「指揮官の決断」
第450回存立危機事態
ご無沙汰いたしました
ちょっと事情があって、しばらくコラムの執筆ができませんでした。
このコラムをお読みいただいている多くの方々はご存じですが、筆者の政治およびメディア嫌いは筋金入りで、さらに相手が政治そのものでなく政治家になると、それに向かう態度も、我ながらそこまでやるかというくらい極端なものになります。一般の方相手にはとてもではないけれど失礼で、そんなことは絶対できないよ、というような態度も、相手が政治家だと平気でします。
例えば、筆者は経営者ですので、名刺を交換すべき時には、しっかりと自分の名刺もお渡ししますし、相手方と同時になるときには、自分の名刺が下になるように差し出したりもします。
しかし、相手が政治家だと、名刺をもらっても(まず受け取ろうとしませんが・・・)、自分の名刺を渡さないこともあります。また相手がマスコミ関係者であると、さらに失礼な態度を当初から取ることがあります。
ある時、母校でマスコミ関連に就職した卒業生を中心に作っているOB会があり、そこの方々に紹介されたことがあります。
筆者を招待して頂いた方が、「こちらは、上智大学を卒業して、海上自衛隊に入り、約30年間お勤めになって退職されたんです。」と紹介してくださったのですが、マスコミ関係者であるOBの方々が次々に「上智大学出身で海上自衛隊に入られたって珍しいですね。」などと話しかけてこられたのですが、うんざりしていた筆者は、「だから、あなたがたマスコミはダメなんです。つい、数分前まで、各大学が自衛隊に何人の卒業生を送っているかなんかまったく知らなかったのに、自分の感覚だけで“珍しい”と決めつけて話をするでしょ?」と大きな声を出しました。周囲はマスコミ関係者だけでしたので、それが“ダメ”だと決めつけられたので、皆さん驚かれたようです。
実は、筆者が退職する際、海上自衛隊の幹部女性自衛官で最大の学閥は上智大学でした。当時は防大卒の女性がそれほど多くなかったのです。マスコミに就職したOB達は、中央大学や日本大学が自衛隊には多いだろうという漠然としたイメージを持っていたらしいのですが、海上自衛隊の幹部自衛官の女性の最大学閥は当時上智大学だったのです。
これが相手が政治家やメディアの方々でなければ、より常識的な対応となるのですが、政治家やメディア相手に筆者は遠慮などをしませんし、相手にこちらの気持ちを分かりやすく伝える態度を取りますので、きわめて無礼な態度を取ることも少なくありません。
つまり、それほどこの連中が嫌いなんです。
その大嫌いな政治なので、当コラムで政治をテーマにするというのは、もっとも避けたいことの一つでもあります。しかし、昨年からの1年間、この国の最大の危機は、政権トップにあったことは間違いなく、政治から目を逸らしていて済む話ではありませんでしたので、しかたなく、我が国憲政史上、最も下品で恥ずかしい政権トップについて筆をとらざるを得なかったことが度々あり、それもコラムを書きたくない、という動機に繋がっていました。
新たな旅立ち
この政権トップは、ネット上でどれほどバカにされても何とも思わないらしく、衆参両院の選挙で前代未聞の負け方をしても地位にしがみつき続けましたが、つい先月、ようやく引導を渡され、高市早苗内閣が誕生しました。
総裁選挙の候補者の中で、唯一マクロ経済を理解している候補者だったので、1997年以来続くGDPの低迷に終止符を打ってくれるものと期待しています。
彼女の外交デビューなどを観ていると、前政権との差が極端に表れているものと思われますが、逆に中国に媚を売ってきた前政権に比べると、中国からの圧力は極めて大きくなるであろうことは予想されました。
案の定、台湾有事に関連した彼女の国会答弁を巡ってこの1週間、世間は大きく揺れています。
存立危機事態
この騒ぎは、国会で立件民主党の岡田克也議員の質問に端を発しています。
彼は、どうしても首相から、台湾有事に日本は武力介入をしないという政府の立場を引き出したくて、執拗なまでに質問を繰り返しました。
その結果、高市総理は「戦艦を使って武力の行使を伴うものであれば、どう考えても『存立危機事態』になり得る」と答弁したことが現在の日中間の問題を引き起こしています。
つまり、岡田議員は、台湾有事に日本は「我関せず」という態度を取る、という政府方針を引き出したかったのに、逆のコミットメントが出てきてしまったのです。
立憲民主党としては、ウクライナ戦争前に、バイデン米大統領が「米軍兵士が派遣されることはない。」と繰り返し述べたことで、プーチン大統領に、米国の参戦はないというシグナルを出したように、中国に、台湾進攻をしても日本は手を出しませんよ、というシグナルを出させたかったのでしょう。
弊社が安全保障関連の問題を取り扱いたがらない理由
当コラムでは、この手の問題を扱うことを避けてきました。それは、当コラムが危機管理の専門コラムであり、筆者の専門が経営組織論、社会学にあるからであり、軍事や安全保障は専門外という立場があるからでもありますが、もう一つの理由として、軍事や安全保障について素人相手に語るのがおそろしく大変、ということもあります。
たとえば、今回の高市総理の発言にしても、理論的には全く正しく、この法律ができた時から、その解釈などがまったく変わっていません。したがって、今時彼女の発言を問題視することの方が問題なのですが、まず彼女の発言を受け取ったメディアが理解力が足りずに、文脈を理解できていないこと、さらに言うと、発言は理論的には正しいのですが、素人は正しく理解できないであろうことが上げられます。
首相の発言を受けて、有力メディアが「首相、台湾有事に際して日本も台湾に武力介入」と理解した記事を配信しています。そもそもこの解釈が過ちです。
首相は、米軍の艦船に対して武力が行使された場合に言及し、それは日本の存立危機事態
と認定されると言っているにすぎません。法理論的には何ら問題はありませんが、日本のメディアはには、「武力の行使を伴うものであれば」という前提が理解できないでしょう。
なにせ、首相の答弁を聞いて「台湾有事に日本も武力介入するつもり」程度の理解しかできない連中ですから。彼らは「武力の行使」と「武器の使用」の概念の違いさえ理解できないのかもしれません。かつてこの国の政治をけん引した時代の日本社会党委員長ですら、理解できなかった人がいます。
最近、弊社メールメガジンで紹介していますが、自衛隊の使命は「我が国の平和と独立を守ること。」であって、「国民の生命と財産を守るののは、警察や消防の役割である。」と言った瞬間に、「自衛隊は国民を守らない。」と判断する〇✕が多いのが彼らです。
彼らのような素人に、武力の行使と武器の使用の概念の違いを説くのはしんどいことです。その世界で生きてきた筆者にとっては常識的なことなので、当たり前の、分かり切ったことをやさしく説明しなけれればならないのが、面倒なのです。
海上自衛隊を退職して以来、特に商社で営業をやっていた頃に多かったのですが、筆者が常識だと考えていた事柄が意外に理解されておらず、言葉が通じないということがよく起こりました。
たとえば、自衛権を発動しようと考えたら、先制攻撃になるという理屈が理解してもらえません。相手が攻撃してこない限り、こちらが手を出せないというのでは自衛権の発動にならないということができないらしいのです。
また、米大統領が交替するたびに、尖閣が安保条約の対象になるかどうかを聞き出して、一喜一憂するのが日本のメディアですし、知識人たちもそうです。
大統領が交替するたびに尖閣が安保条約の対象になるかどうかをしつこく聞くのであれば、岡田議員が首相に、中国の振る舞いが存立危機事態になるかどうかを聞くのは当たり前です。
岡田議員としては、まさか台湾有事に自衛隊が参戦するようなことはないよね、ということを確認したくて、執拗に質問を繰り返したのでしょうが、米艦が攻撃されても、日本は知らないよ、という態度をとるとしたら、米国に尖閣有事の際の来援を望むのは無理でしょう。
むしろ、それはウクライナに対し米国は武力介入をしないというシグナルをロシアに送り、プーチンにウクライナ侵攻を決意させたバイデンの過ちをそっくり繰り返すことになります。
もっとも、筆者は尖閣有事に米海兵隊が血みどろの戦いを同諸島で演じるとは考えていませんが、それはまた別の問題なので、当コラムで扱うことがあったとしても、号を改めてお伝えすることになります。
素人相手ならまだしも
とにかく、軍事や安全保障に関する常識のない人々に説明するのは大変なんです。
ご存じない方々に説明するのはまだ楽です。乾いたスポンジが水を吸い取るように吸収してくれますから。
ところが、政治家やメディアのように、出鱈目な理解が進んでいる連中にまともな理屈を教えるのは大変なんです。
古くて腐りかけている雑巾をきれいに洗って再使用できるようにしなければなりません。
筆者はそんな責任を負っているわけではありませんので、基本的にメディアや政治の方々とは没交渉になります。
尖閣有事が安全保障条約の適用範囲となったとしても、その結果の米軍の行動の範囲は恐ろしく広く、一般の皆様が想像するものとはずいぶんと異なるものだろうと考えます。
筆者たちが持つイメージと、メディアや政治家あるいは一般の方々が持つイメージがあまりにも異なるため、共通の言葉でお話ができないのです。
それはちょうど、コロナ禍において、メディアから依頼があって、「こういう質問をしますから、こういう方向でお応えください、また、それを裏付ける資料をご用意ください。」と言われても応じられなかったのと同様です。
まとめ
今回は、高市首相の国会答弁を巡る台湾有事に関する問題は、理論的にはまったく正しいのですが、武器の使用と武力の行使の違いが分からぬ評論家、コメンテーター、政治家には理解できない内容を含む、ということを指摘するにとどめます。
