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専門コラム「指揮官の決断」

第451回 

安全保障に関する議論を避ける理由

カテゴリ:危機管理

承 前

前回の当コラムで、当コラムが安全保障に関する議論を避けている理由について申し上げました。

危機管理の専門コラムとして、安全保障上の議論は危機管理とは密接な関係にあるものの、安全保障上の問題は、必ずしも危機管理の真剣な議論ではなく、素人相手の幼稚な議論になりかねず、専門的な議論ができないという問題があり、当コラムとして話題にするのを避けてきた理由もそこにあります。

これが前政権の話であれば、真剣な安全保障上の議論をする必要はありませんでした。国益を真剣に考える政権ではなかったからです。

ただ、現政権に変わり、国益に関する議論が真剣になってくると、当コラムとしても無視できない状況が生まれてきます。

その例が、高市首相の台湾有事に関する国会答弁を巡って起きた騒動です。

台湾有事に関する認識

この首相の答弁の意味をまともにできない野党やメディが大騒ぎをしているのですが、これが本当にド素人の議論なのです。

首相の答弁を受けて、朝日新聞はネットニュースで、「高市首相、台湾有事『存立危機事態になりうる』 認定なら武力行使も」という見出しの記事を配信しました。

この記事を受けて、多くのメディアでは、いわゆる識者のコメンテーターが、台湾有事で米軍が攻撃を受けたら、日本も参戦しなければならなくなる、とのコメントを出しました。

また大阪にいた中国の総領事は、「汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」とツィートしました。

ネット上で公表されたこのツィートは、多分、日本の政府関係者のものであれば、野党やメディアは「殺害予告」だと大騒ぎするものですが、そのような非難をするメディアは見当たらず、国民民主党以外の野党も見当たりません。維新は誰かがどこかでそう言っているかもしれませんが、立憲民主党は「撤回すべき。」と主張していますし、公明党に至っては撤回だけでなく、中国に謝罪すべきとまで代表が発言しています。この党はどこの国の利益を代表しているのでしょうか。

この連中は、存立危機事態がどういう事態で、その場合に日本が何をするのかの理解ができないようです。

高市首相は「先ほど有事という言葉がございました。それはいろいろな形がありましょう。例えば、台湾を完全に中国北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろいろなケースが考えられると思いますよ。だけれども、それが戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます。」と答弁したのです。

これに対する朝日の見出しが、「台湾有事の際、日本が、それが存立危機事態だと判断すれば、中国相手に武力行使すると高市首相が発言した。」ということになり、実際に、中国の薛剣・駐大阪総領事はそう解釈して、外交官らしからぬツィートをしています。

朝日新聞は、存立危機事態がどのような事態なのか理解できないのか、あるいは自分の記事がどのように理解されるのかが分からないのでしょう。

さすがに、指摘があったのか、自分で見直したのか知りませんが、次に筆者が見た時には

「高市首相、台湾有事『存立危機事態になりうる』 武力攻撃の発生時」という見出しに変わっていました。これは誤解されない表現ですが、最初の見出しを読んだ多くの方はミスリードされたかと存じます。

安全保障に関する理解

ただ、首相の発言が一般的に誤解されやすいことも事実でしょう。彼女は、「武力の行使が伴うものであれば」という言い方をされています。

ところが、メディアやテレビのコメンテータの多くは、武力の行使と武器の使用の違いを理解していません。

武器が使われなくても、武力を背景に圧力をかけたりすると、それは武力の行使になります。つまり、「武力の行使」という概念には武器が使用されたか、されなかったかということは決定的な要素にはならないということです。

逆に武器を使用しても武力の行使にならないのは、自衛権の発動による武器の使用の場合です。

交戦状態にない二国の軍艦が洋上で出会い、一方の射撃管制用レーダーが照射され、砲口がこちらを向いたり、ミサイルの発射準備が観測された場合に、その船を攻撃しても、それは武器の使用ではあっても武力の行使とは言いません

この違いが理解できなかったのが、カンボジアPKO派遣の際に反対運動を繰り広げた社会党でした。土井たか子さんは、陸上自衛隊が機関銃二丁を持っていきたいと主張したのに対して、それは憲法が禁ずる武力の行使にあたるので一丁にすべきと言われました。

どこの国が機関銃二丁で威嚇されるというのでしょうか。

安全保障の議論を始めると、その程度の幼稚な議論が出てきますので、うんざりなのです。

もっと幼稚なのは、尖閣を巡る安保条約の問題です。

米国の大統領が代わるたびに、メディアは新大統領に「尖閣は日米安保の対象になるか。」と尋ね、それぞれに言葉を引き出して一喜一憂します。

さすがに、アメリカが日本の代わりに尖閣諸島で戦ってくれると考えている脳天気な識者はいないと思われますが、自衛隊が戦って犠牲を出し、それでも危うい場合には米国が応援に来てくれるというシナリオを描いているのでしょう。

しかし、安保条約をよく読む必要があります。

第5条は「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。」と規定しています。

現在、日本の自家用機が尖閣諸島に近づくと、海警の船からヘリコプターが上がってきて追い払われます。これに対して、日本は外務省の担当課長が中国大使館に電話で苦情を言う程度です。実態として、日本の施政権が及んでいないと言えます。

岩屋前外務大臣は、尖閣諸島を日本が実効支配していると述べて物議を醸しだしましたが、筆者に言わせれば、実効支配しているのは中国でしょう。

仮に、米国が安保条約を適用すべきと判断しても、海兵隊が尖閣にやってきて地上戦を繰り広げるとは考えられません。ひょっとすると、情報提供程度で終わるかもしれないのです。それだって、立派な共同での対処です。

尖閣有事と東日本大震災のトモダチ作戦とは根本的に違うのです。

この国の安全保障上の最大の危機要素は・・・

対中の弱腰外交がずっと続いてきましたが、現政権はそれを改めているようです。

首相にネット上で殺害予告をした中国の総領事に対し、「ペルソナ・ノングラーダ」を宣言すべきという声もありましたが、現政権はそうはしませんでした。

これは弱腰なのではないでしょう。

この宣言は、伝家の宝刀であり、やたらと振り回すものではありませんし、もし宣言して追放してしまうと、彼は中国では英雄として迎えられてしまうでしょう。

そこで、無視して、彼が主催する一切の行事に誰も出ず、日本側も一切招待しないという態度を取ると、総領事としての業務ができなくなりますから、中国としても召喚せざるを得なくなるのでしょう。

政権の狙いは的中しました。

現政権は、安全保障に対する理解も深いですし、外交も巧みなようです。

世界に恥を晒す以外には、衆参両院の選挙や都議会議員選挙で自民党にかつてない敗北を喫させるという、これまで誰もなしえなかった偉業を達成した前政権に比べると、数百倍まともな政権がうまれたのではと考えています。

しかし、メディアやコメンテーターたちが議論についていけない状態が続いており、多くの方がミスリードされ続けています。

日本の安全保障の最大の問題はそこにあると考えています。

国民が安全保障に関心を持たず、メディアは不勉強で本質が分からず、政治家は票にならない安全保障の勉強をせず、一方で何の弱みを握られているのか知りませんが驚異の対象国に媚びて保身を図る売国奴がやたらと目につきます。

最近の野党は、つい先ごろまで与党だったある党とは正反対に安全保障を勉強しており、それなりの見解を持っていますが、従来の野党の安全保障に関する認識は恐るべきものです。国政社会の冷徹な現実を見ることもせずに、非武装中立などということを平気で主張していたことすらある連中です。

この国の社会に蔓延っている安全保障に関する無関心・非常識そのものが、日本の安全保障上の最大の危機だと考えています。