専門コラム「指揮官の決断」
第458回危機管理の要諦
はじめに
いろいろな紆余曲折と執筆担当の事務処理能力の低下が重なり、当コラムもこの2年間迷走を続けていました。
本稿からは、それらの反省を踏まえ、危機管理の専門コラムとしての本来の目的に立ち返り、危機管理において重要なこと、是非知っておいて頂きたいことを記述していきたいと思っています。
かつて、本稿でその目的のため、体系的な記述を試みたことがありましたが、時事の様々なトピックに押され、なかなか書き進めることができずにいました。
そもそも体系的に書き進めるためには、あらかじめ目次体系ができていなければならず、また、すでに触れた項目に戻るのが大変というデメリットもあります。
そこで、今後は、あえて体系性は重視せず、一つのテーマをそれほど多くない回数で、できれば1回でまとめていきたいと考えます。
そもそも・・・
まず最初に扱うのは、「危機管理とは何か」という問題です。
古くから当コラムを読んでおられる方々は「またか」と思われるかもしれません。
このテーマは、当コラムで何回も扱ってきており、読み飽きた方が多いかと拝察いたします。
当初は、危機管理とリスクマネジメントの概念が正しく理解されていないことが問題であるということから始まった議論なのですが、その頃は酷いものでした。
中小企業庁の中小企業向け危機管理マニュアルですら両者の概念を理解しておらず、ChatGPTも出鱈目でした。AIはCrisis Managementと英語で書くとしっかりとして答えてくれるのですが、それを危機管理という日本語にするとたちまち出鱈目な意見を吐いてきました。
これは無理のないことです。
日本語で書かれたサイトのほとんどが危機管理の概念を誤って記述していたため、それらを学習したAIが間違って認識していたのでしょう。英語でCrisis Managementと入れると、その言葉を使ったサイトを学習してくるので正しく記述してきます。
最近は世の中もリスクマネジメントと危機管理は別物という認識が定着しつつあるためか、ChatGPTもそれほど酷い間違いはしなくなっています。
政治家の問題
ただ、困るのは、世の中が理解しつつあるのに、マスメディアや政治家の概念が古いままなので、この国で、まともな危機管理ができないことです。
政治家の危機管理概念が相変わらず出鱈目なのは、岸田文雄が自民党総裁になったときの総裁選挙での彼の弁を聞いていると分かります。
彼は「危機管理の要諦は、最悪の事態を想定し、それに備えること」と言い切りました。
このコラムをお読みの方々は、これが明確な誤りであることにお気づきかと存じます。
最悪の事態が予想されて、それに備えることができるのでは、その事態は危機ではありません。事態が生じたら、あらかじめ準備され、計画された措置を淡々と実行すればいいだけです。
危機管理とは予期しない事態に遭遇した場合に、いかに対応するかが問われるマネジメントです。
政治家はほとんど例外なしに岸田のような考え方をします。
なぜなら、想定外の事態が生じた際に「想定外でした」と言って免罪符にできるからです。
東日本大震災の際の民主党政権から、この「想定外」という言葉が何万回発せられたか不明です。
想定外であろうと、能力外であろうと国民を救うのが政府の役目です。そこに免罪符はありません。
民主党政権は免罪符は持っていましたが、覚悟は持っていなかったようです。
自民党総裁の岸田は、想定外の事態が生じたら、どうするつもりだったのでしょう。
彼にとっての危機管理は、最悪の事態を想定して備えることだったのですから。
メディアが作る空気
メディアの理解不足も危機管理にとっては大敵です。
1995年の悪夢を覚えておられる方も多いかと存じます。阪神淡路大震災の年です。
政権は自民党が連立を組んだ政権で、自民党が擁立した首相は社会党出身の村山富市でした。
当時の社会党は自衛隊と日米安保条約は違憲という立場でした。
そこで、神戸が大災害に見舞われているにも関わらず、政府としての対応はありませんでした。自衛隊を使うという発想が村山になかったのです。
米国からは第7艦隊の空母に被災者を収容しようかという申し出がありましたが、政権は断ってしまいました。
自衛隊を災害派遣で出動させるためには要請が必要です。要請することができるのは、都道府県知事、海上保安庁長官です。当然のことながら防衛大臣は首相の了承を得て、自衛隊に災害派遣を命ずることができます。
この時、兵庫県知事は元自治省の官僚で、神戸市長は市役所職員出身でした。どちらも自衛隊アレルギーがあったのか、当時、海上自衛隊の護衛艦は年2回しか神戸港に入港できず、3回目以降は毎回市議会の了解を得なければなりませんでした。
このような地元でしたので、兵庫県から災害派遣の要請は行われませんでした。
自衛隊隊が動かないことにメディアも沈黙していました。
このメディアの出鱈目さは計り知れません。29年後の能登半島における地震では、災害派遣部隊が、地元の様子を確かめつつ物資を集積し、外周の249号線が地震で寸断されているのを修復しつつ、緊急車両の通行を邪魔しないように救助活動を進めているのを「兵力の逐次投入」だと非難したのです。
阪神淡路大震災時の陸上自衛隊の担当方面総監松島陸将は、地元から要請がないので出動できず、後にテレビのインタビューで「早く要請を出してくれれば、もっと多くの人命を救えた」と涙を流しました。
幹部学校指揮幕僚課程の学生だった筆者は、学生控室のテレビでその様子を観ていましたが、同期生たちは「こいつは制服を着た役人か」と言い合いました。当時の海上自衛官はそのように思っていたのでしょう。
やる気になれば部隊を出動させることなど簡単にできます。実際に、地元の連隊は連隊長の判断で出動して救難活動を行っています。
メディアが醸成する社会の空気が自衛隊の出動を総監に躊躇わせたのでしょう。
つまり、政治家もメディアも危機管理の概念を理解せず、その結果、シビリアンコントロール下にある自衛隊すら危機管理の何たるかを理解しないという事態が生じたのが阪神淡路大震災でした。
言葉は大切
危機管理だけではありませんが、言葉やその言葉が持つ概念は重要です。それが誤っているとまともな行動ができません。
危機管理とリスクマネジメントの概念を正しく理解せず、リスクマネジメントが危機管理だと思っていると、想定外の事態に陥った際に対応ができません。
それが一国の首相だと国全体をどん底に突き落としてしまいます。
筆者が小学生や中学生の頃、言葉はメディアから学んだものでした。
朝日新聞の天声人語などを書き写したりさせられた記憶をお持ちの方もいらっしゃるかと拝察します。
ところが、ジャーナリズムが地に墜ちた結果、新聞の言葉使いが出鱈目になりました。
「コンプライアンス(法令遵守)とフリガナを入れ、高市総理が衆議院の解散を自民党の幹部に相談せずに決めたことを「首相の独断専行」と解説するメディアばかりです。
コンプライアンスに法令遵守という意味はありませんし、国のトップに独断専行はありません。
また、彼らが呼んでくる専門家という連中も出鱈目な者が多いように見受けられます。
米国のイラン攻撃を国際法違反だと主張するのですが、その根拠が「先制攻撃」だったからです。
彼らは自衛権の概念を知らずに解説しているとしか思えません。
国連憲章が先制攻撃を禁止していると思い込んでいます。
彼らは、殴られたら殴り返してもいいと考えているようですが、それこそ国際法違反なのを知らないのです。
彼らは緊急避難という言葉が何を意味するかも知りませんし、正当防衛の要件すら知りません。
自衛隊が何のために創設されたのかも知らない評論家もいます。自衛隊法すら読まずに自衛隊を論じているのです。
そんな人々が「存立危機事態」が何を意味するのか理解できるはずはありません。
国会で岡田克也議員(当時)の質問に答えた首相の言葉を理解できなかったのが朝日新聞で、そのXへの投稿を読んだ中国の総領事が勘違いしてXに品のない投稿をしたことから騒ぎが大きくなり、中国も引っ込みがつかなかなくなった結果、日中関係が最悪の状態になりました。
朝日新聞は自分の間違いに気づいたのか、翌日にはXの投稿を書き換えたのですが、評論家やコメンテーターの多くは、中国を怒らせたのだから首相は発言を訂正すべきだと主張する始末です。
首相はいわゆる存立危機事態法の解説をしたにすぎず、発言を撤回するということは、法律自体を否定することになるということすら、それら評論家たちは理解できないのです。
その程度が日本のメディアや評論家たちのレベルですから、かれらに防衛力整備は何のために行うのかということを理解させることは到底無理なのですが、少なくとも言葉の概念くらいはしっかりと理解してもらわなければなりません。
大震災に際して自衛隊を動かすのが遅れたり、あるいは着実に、計画的な捜索救難活動をしようとすると「兵力の逐次投入」などという素人の非難をしたり、中国にくだらない言いがかりをつける口実を与えたりしますからね。
