専門コラム「指揮官の決断」
第459回国際法をどう解釈すべきか
はじめに
今年の1月、ある方の御紹介で、ある会合に参加していました。
その会合でいろいろな方に紹介されましたが、筆者を紹介してくれた方が、筆者が元海上自衛官であったことを強調されたので、いろいろな方から質問を受けました。
1月時点で、参会者の皆様が関心をお持ちだったのが、中国の戦闘機によるレーダー波照射事件と米国によるベネズエラに対する武力攻撃でした。
次にお目にかかることがあれば、多分、イスラエルと米国によるイラン攻撃に皆様の関心が移っていることと思います。
参会者の中で、社会問題に大きな関心をお持ちの方々には、そもそもウクライナで起きていることについてや、イスラエルとハマスの泥沼の戦いについて、筆者の見方を教えて欲しいとおっしゃる方が目に付きました。
当コラムでこれまで再三にわたって申し上げてきたとおり、筆者は軍事や安全保障の専門家ではありません。
ただし、海上自衛隊に30年近く在籍しておりましたので、現場指揮官としての最低限の常識は持っていましたし、幹部学校指揮幕僚課程、同高級課程での教育も受けています。
したがって、一般のビジネスの方々やテレビで出鱈目なコメントを繰り広げている評論家たちよりはましな説明をしようとすればできないわけではありません。
そこで、これまで当コラムではこれまで避けてきた安全保障上の問題について、危機管理の議論を理解するに足る範囲に絞って解説してまいります。
このコラムを読んで頂いている方々の多くは、日常から安全保障問題に関心をお持ちの方が多く、筆者の海上自衛隊の先輩も少なからずいらっしゃいます。
それらの方々にとっては、物足りない内容になるかと存じますが、危機管理の議論を展開するのに必要な最低限の安全保障上の議論で、必ずしも日常それらの議論に触れていない方々向けの内容ですので、しばらくお付き合いください。
中国軍戦闘機のレーダー波照射事件について
今回取り上げるのは、中国軍戦闘機のレーダー波照射事件についてです。
これは、昨年12月6日、沖縄本島南東の公海上空で、中国海軍の空母「遼寧」から発艦したJ-15戦闘機が、航空自衛隊のF-15戦闘機に対し、攻撃用の「火器管制レーダー」を断続的に計31分間上照射した事案です。
これは、間欠的に捜索用レーダー波を浴びせたのではなく、射撃計算ができる、いわゆる「ロック・オン」という状態でした。
つまり、そのまま引き金を引けば、銃弾を浴びせることも、対空ミサイルを発射することも可能です。
「ロック・オン」という状態は、ほんの数秒続くと、射撃計算が完了します。
つまり、これは敵対行為であり、まともな国であれば、射撃管制用レーダー波でロック・オンされたら先に撃つでしょう。
日本は安全保障に関しては、まともな法制度を持っていない国なので、そのような対応をしませんでした。
そのような対応になることを中国側は知っているので、平気でロック・オンの状態を続けたのです。
日本国政府は、この事態に対して抗議をしました。
現場が、日本の防空識別圏の内側だったからです。
中国側からの返事は、自分たちの演習を自衛隊が邪魔したので、警戒の戦闘機を発艦させた、と言うものでした。これについては、海上自衛隊も了解している、と言って、警戒に当たっていた海上自衛隊艦艇との交話状況の録音を公開しました。
中国海軍の空母「遼寧」が演習していたことは、事前の通告があれば問題はありません。
生起した海域が日本のEEZの中ですが、軍艦が訓練を行うことには明確な規定はありません。
EEZが排他的経済水域を示すため、資源開発や漁業などは沿岸国の了解なしに実施することは国際法違反ですが、軍事演習に関しては明確な規定は存在しません。
我が国や米国などは航行の自由を主張する建前から軍事訓練・演習は沿岸国の経済的利益を害しない限り自由であるという立場を取っています。
海面の使用は国際法上には問題ないとしても、航空機の発艦や着艦の訓練を行うとすると、それは別問題です。
付近を飛行する航空機に影響を与えますので、その訓練を行う海域、高度、時間などについて事前に公表しておかなければなりません。それがNOTAM(Notice to Air Men)です。
つまり、日本の防空識別圏内で戦闘機を航空母艦から発艦させるためには、事前にNOTAMを出しておかなければなりません。
NOTAMが出ていれば、航空自衛隊のスクランブルは行われないかというとそうでもありません。
NOTAM通りの行動かどうかを監視する必要もありますし、航空母艦の運用状況を見たり、その際にどのような通信が行われるのかを探ったりします。それが軍事の常識です。
したがって、情報を取られたくないので、通常は他国のEEZや防空識別圏内でそのような演習はしません。
あえて日本の防空識別圏内で演習を行ったのには、何らかの意図があるはずです。
今回は通告なしに我が国の防空識別圏内で航空機が発艦してきたため、航空自衛隊のスクランブルが行われたのです。
防空識別圏とEEZは二次元平面上では概ね一致していると考えていただいて結構です。
そのスクラブルで飛んできた航空自衛隊の戦闘機に対し、中国空母から発艦した戦闘機がレーダー波を照射したのが問題となったということです。
問題は・・・
レーダー照射を受けたという日本側の発表に対して、中国政府はすぐさま反応し、中国の通常の訓練に対して日本が邪魔をしたと発表しましたが、日本側の事前通告がなかったという主張に対し、中国はこれもすぐに反応し、事前に通報しており、日本側も了解していると、付近で警戒に当たっていた海上自衛隊の護衛艦との無線交話の録音を出してきました。
たしかに、中国海軍艦艇から海上自衛隊の護衛艦に対し、これから訓練を行う旨の通信がありました。
それは中国語と英語で「中国海軍101である。我々の艦隊はかねての計画に沿って艦載機の飛行訓練を行う。」というもので、通信内容から見て、国際VHFが使用されたようです。これは商船やヨットも積んでいる無線機です。
海上自衛隊は「海上自衛隊116である。メッセージを受け取った。」と述べています。
ただ、これは事前通告にはなりません。訓練が行われる海面の緯度経度、高度、時間帯を示さなければ、付近を飛行する航空機には何を警告すればいいのか分かりません。
また、中国は日本側も了解していると主張していますが、海上自衛隊でこの交話を担当した女性の乗組員は”I copied your message”と言っています。
これは聞き取ったと言っているにすぎず、了解しているということではありません。
これが” acknowledged”と答えていれば話は微妙ですが、彼女の応対をもって海上自衛隊が了解しているということにはなりません。
中国は、事前通告がなかったとする日本側の発表に反論して、すぐにその録音を発表してきたので、中国政府は、これが訓練の事前通告になると考えているのでしょう。
彼らの常識のレベルはその程度だということです。
彼らにはICAO(国際民間航空機関)で何が決められているのかを教育してやらなければなりません。
その程度の常識の者と議論するだけ無駄です。
航空自衛隊の戦闘機は約30分間にわたりレーダー波を浴びせられ続けたということです。
かつて、海上自衛隊の哨戒機が韓国海軍の艦艇から射撃管制用レーダー波により照準された事件がありましたが、この際、海上自衛隊の哨戒機はすぐさま離脱しています。
それが、今回は30分間にわたりレーダー波を浴びせられ続けて離脱しませんでした。
これは両機の任務の違いによるものです。
海上自衛隊の哨戒機は、不審な動きをしている船の監視を行っており、近付いたら射撃管制用レーダーで照準されたので離脱したのですが、航空自衛隊のスクランブル機は、中国海軍機の防空識別圏内での飛行に対して対領空侵犯措置を命ぜられて離陸していますから、中国機を追い出すのが任務だったのです。
ただ、日本の法律で、防空識別圏内に飛んでくる外国の軍用機に対し、警告しても退去しない場合に、これを撃墜できるようになっていないので、レーダー波を浴びせられようが何をされても手を出せなかっただけです。パイロットが受けたストレスは計り知れないものだったはずです。
この時のパイロットの心境は、自分が頭のおかしい奴に実弾の入った拳銃の銃口を額に押し付けられている状況を想像して頂ければお分かりになるかと思います。そういう状態が31分続いたのです。このパイロットの我慢強さは並ではありません。
今回は危機管理論を理解して頂くという目的のために、技術的な部分については触れていませんが、遼寧から発艦したJ-15とこれに対しスクランブルをかけた航空自衛隊のF-15の技術的な問題に関しての議論になるともっと面白くなっていきます。興味のある方は、勉強してみてください。
学ぶべきこと
さて、この事案から学ぶことは何かというと、中国に対して国際法上の議論をしても無駄だということです。
理解できないのか、理解していても無視しているのか分かりませんが、中国に対しては、国際法上の規定や手続きの議論をしても無駄です。
彼らに対しては無駄ですが、国際社会の理解を得るために、完璧な証拠を残しておくべきです。
どのような非常識な反論にも耐えられる完璧な証拠が必要です。
韓国海軍艦艇から射撃管制用レーダー波を浴びせられた際に撮られた映像は、韓国側の主張を論破するのに重要でした。結局韓国側はBGM入りのお粗末な動画をもって対抗しようとしたのですが、それで海自機が規定の高度を守って飛んでいたことが証明されてしまうような動画でした。
これからは、切り取りが行われたり、AIで偽造された映像なども反論に用いられるでしょうから、それらに対する対策も必要になるでしょう。
現場で得られる情報は、通常は秘密扱いされるのですが、公開を前提とした情報収集も必要な時代だと認識して、そのような情報も収集すべきでしょう。
日本は情報戦に弱いのですが、そんなことを言っている場合ではない時代になっていることを理解すべきです。
