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専門コラム「指揮官の決断」 

No.024 危機管理:困ってしまうこと

 東日本大震災以降、首都圏直下型地震、南海トラフに起因する地震、富士山の噴火など超巨大自然災害の話題がマスコミを賑わし、国際的なテロ、東シナ海の領土問題、北朝鮮の核問題、通貨不安などの話題もテレビなどで活発に論議され、危機管理に関する特集も組まれて危機管理の専門家たちがマスコミや様々な分野で活躍しています。
 
 テレビなどでのこれらの議論を観ているとなかなか面白いのですが、困ったものだと思わされることも多々あります。
 
 それは、専門家が専門的見地から専門的な内容を解説するのは大切なことなのですが、いわゆる評論家とかコメンテーターという方々が、普段ろくに考えたこともないテーマについてそれなりのコメントを堂々とされるのが困るのです。

 何故困るのか・・・

 的を得たコメントならいいのです。しかし、マスコミによく登場する評論家の方々は、視聴者受けするコメントの仕方を知っており、いかにももっともらしいコメントをしてしまうため、視聴者がミスリーディングされてしまうのです。

 例えば、昨年6月、同じ日に中国とロシアの海軍艦艇が尖閣諸島近海の我が国の接続水域内に入るということが起きました。日本国政府は駐日中国大使を呼び、重大な懸念を表明し抗議していますが、中国だけに抗議するのはおかしく、ロシアにも厳重に抗議すべきだという評論家と、軍艦には無害航行権があるので、たとえ領海内に入ったとしても文句は言えないという評論家が議論している場面がありました。
 これは、どちらの評論家も誤っています。
 彼らの無害航行権に関する認識が誤っていることからくる誤解です。
 
 軍艦には国際法上一般に、他国領海を無害に航行する権利が認められています。「一般に」というのは、認めない国もあるからで、例えば、中国は事前の通告を要求しています。
 無害に航行するということは、他国領海内を航行中は、演習や訓練、海洋調査や情報収集などの行為を行わず、潜水艦は浮上して国籍を示す旗を掲げ、航空母艦は航空機の発着艦をしてはならず、目的地に向かって最短のコースを合理的な速力で航行しなければならないということです。
 
 ここで重要なことは、その無害な航行が「他国の領海で行われること」であり、ロシアは尖閣諸島に領有権を主張していないので、たとえ接続水域から領海内に入ったとしても日本の領海を航行しているので、日本領海における無害航行の主張ができるのですが、中国は尖閣諸島を日本の領土と認めておらず、中国の主権を主張していますので、彼らにとっての他国の水域を無害に航行しているわけではなく、自国の領海を航行しているに過ぎないため、日本側から見るとそれは無害航行を許容する条件にならないのです。まして中国は中国領海における無害航行には事前通告を要求しています。外交は相互主義が原則ですので、事前通告無しの我が国領海における無害航行権を中国に認める必要はありません。したがって、中国に対してのみ接続水域を航行したことへの懸念の意を示すことは間違いではありません。
 
 テレビ番組でこの議論をしていた評論家たちは、軍艦には無害航行権があることは聞きかじりで知ってはいたのでしょうが、その要件を知らないのです。しっかりと国際法を勉強したことがないことは一目瞭然です。

 かなり前になりますが、海上自衛隊の護衛艦「くらま」が関門海峡で韓国船と衝突して火災を起こしたことがあります。この時、夜の報道番組で電話インタビューされた元新聞記者の軍事ジャーナリストが、韓国船の右舷にくらまが衝突していることから、「自衛隊がやや有利です。」という答えをし、海上自衛隊に非があるという答えを期待していたキャスターが一瞬凍りついてしまったことがあります。
 
 この場合、「有利」とか「不利」というコメントをすること自体が適切かどうか疑うのですが、そもそもこのコメント自体が誤っています。
 ジャーナリストは、多分、その前にあったイージス艦「あたご」の漁船との衝突事故を思い出したのでしょう。
 海上衝突予防法によれば、相手船を右に見る船に衝突回避義務がまず最初にあり、その船の避航動作だけでは衝突が回避できないときには、相手船も最善の協力動作をしなければなりません。
 したがって、「くらま」の事故の場合、韓国船が「くらま」を右に見ているにもかかわらず、「くらま」が相手船の右舷に衝突してしまったので、第一義的責任は韓国船にあるというのがそのジャーナリストの解説のようです。
 彼は多分、「あたご」の事故の時にこの右、左の問題を知ったのでしょう。「あたご」の衝突については、まさにこの回避義務が「あたご」側にあったことは間違いなく、そのことが大きく取り上げられていました。
 ただ、「くらま」の事故について、同じ根拠で解説したので誤った解説になってしまいました。
 
 「あたご」が事後を起こした海域は広い太平洋上であり、海上衝突予防法に従って航行しなければなりません。しかし、「くらま」が事故にあった海域は関門海峡であり、基本航行ルールは海上衝突予防法の適用を受けますが、航路内などの航法は港則法が適用され、各航路ごとに厳格に航行の方法が規定されています。「あたご」の衝突事故の場合は海上衝突予防法の「横切り船の航法」という規定が適用されるのですが、「くらま」の事故の場合は、この航法は適用されません。航路外から航路に進入する船は航路内を航行中の船を避けなければならないのです。道路で車が右折するとき、対向車線を直進してくる車を避けなければならないのと同じです。

 「くらま」が航行していた航路に反対側から入ってきた韓国船は、航路内を航行していた「くらま」を避けなければならないのであり、相手船をどう見て、どちらの舷に衝突していたかということとは関係がないのです。
 このことは、小型船舶の免許を持っている人ならば誰でも知っている基礎的な知識ですが、この軍事ジャーナリストはそれを知らず、「あたご」の事故の際に覚えた知識をひけらかしただけのようです。
 
 昨年、フィリピンが提訴した南シナ海における領土問題で中国の主張に全く根拠がないという国連海洋法条約上の判断が仲裁裁判所において下されました。この問題についても、評論家の多くが誤った解説をし、コメンテーターと称する方々のコメントはほとんど見当はずれでした。
混乱の原因は、提訴したフィリピンが条約の解釈や適用に関する紛争の解決手段としていくつかある選択肢の中から仲裁裁判を選んだのですが、その仲裁裁判の機能がハーグにある常設仲裁裁判所に置かれたことにあります。
 
 国際司法裁判所は訴える側と訴えられる側が裁判の開始に同意しなければ裁判が始まりませんが、国連海洋法条約の仲裁裁判は相手の同意なしに開始することが出来ることになっています。したがって、何人かの評論家が、今回は中国が参加しておらず、この判決に拘束力はないとコメントしていましたが、このコメントは誤りです。

 国連海洋法条約の仲裁裁判は上訴ができず、今回の判決が確定判決となりますので、以後、中国の同海域における領土権の主張は国際法上の根拠を持たないという法的拘束力を持ちます。単に強制執行力がないにとどまるだけです。
 つまり、これらの評論家も「国連海洋法条約」を読んだことがなく、国際司法裁判所の常設仲裁裁判と国連海洋法条約の仲裁裁判の違いを理解していなかったのです。

 喋ることで仕事をしている評論家やコメンテーターの解説が、いかにもそれらしく聞こえてしまうのが問題なのです。芸能人などがコメンテーターとして喋る場合、多くは、一般庶民の感覚を代表してコメントするので問題は生じませんが、ジャーナリストやいわゆる評論家という人達は専門家としてコメントするので問題なのです。
 
 私も自分の専門分野については一定の経験を積んでいるので、いい加減な解説にはそう簡単には騙されませんが、専門外の事柄に関してはその道の専門家の見解を聞かざるを得ないので、その見極めが大変です。
 専門家と称する人たちの解説が怪しいということになると、一応はすべて疑ってみて、いろいろな専門家の意見を比較検討してみる必要があるかもしれません。医学の世界でも、セカンドオピニオンを取るように勧める医師も多くなっているようです。

 したがって、このコラムを読んでいる皆様も、林が言っていることを鵜呑みにするのではなく、一応疑ってみるという態度が正しいのかもしれません・・・・。