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専門コラム「指揮官の決断」

第26回 

No.026 ブレてはいけないとドラッカーさんは言いました

カテゴリ:コラム

 経営学を専門的に勉強したことのない方でもピーター・ドラッカーの名前を聞いたことのある方は多数いらっしゃると思います。私が経済学部の学生の頃、その著書『マネジメント』がビジネス書としては異例の売れ方をして、その名声を不動のものとしましたが、実は日本ではその前に『現代の経営』というマネジメント・ブームの先駆けとなった彼の著書が出版されており、目標による管理が提唱されています。米国での出版は1954年だそうですから、日本で目標管理がブームになる実に40年も前に彼をこのことを提唱していたのだから、いまさらながらに驚かされます。

 『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』という小説がヒットして、日本でのドラッカーブームが再燃したことも記憶されている方は多いかと思います。

 私は経済学部で経営学を勉強して以来、数多くの専門書を読んできましたが、一世を風靡した本の多くが10年も経つとまったく色褪せてしまうのに比して、ドラッカーの著作は、どれをとってもその輝きを失わず、今読んでも、「半世紀も前にこんなことを言っていたのか」と唸らされることがしばしばです。

 私が最も愛読しているのは『傍観者の時代』という彼の自伝的著書で、オーストリアでユダヤ人として生まれた彼がナチスからの迫害を逃れて米国に移った過程などが記述されており、彼の思想の原点がどこにあるのかを理解するのに格好の著作です。
 この本からわかるのは、彼は単なる経営学者ではなく、未来学者でもあり、哲学者でもあることです。自分では「社会生態学者」と名乗ったようですが、「知の巨人」という言葉が最も適切に彼を表すかもしれもしれません。

 そのドラッカーが経営陣にとって最も大切なものとして掲げたのは“Integrity”でした。ドラッカーというと“Inovation”をあげる経営コンサルタントが多いのですが、私は ”Integrity”の方が強く印象に残っています。
 この言葉はドラッカー自身が極めて定義が難しいと述べていますが、同時に翻訳もしにくい言葉です。
 彼の著書『マネジメント』の翻訳では「誠実さ」と訳されていますが、学生時代の私たちはこれを誤訳だと思っていました。ゼミで原書を先に読まされていたからです。

 ここでドラッカーをしっかりと勉強された多くの方は、お前の勘違いだと思われているでしょう。多くの方が読んだドラッカーの『マネジメント』の翻訳では「誠実さ」ではなく「真摯さ」と訳されているはずだからです。
 それはエッセンシャル版を読んでおられるからであり、私たちが学生時代にはエッセンシャル版ではなく、上下2巻の全訳しかなかったのです。

 いずれにせよ、ドラッカーが経営陣にとって最も大切であるとしている“Integiry”とは、それが欠如すると、無能、無知、無作法などは許容する部下も許してくれず、そのような経営陣を選任したトップをも許さないというくらい大切なものだとしています。
 なぜなら、それが欠如すると、どれほど知識があり仕事が出来ようとも組織を腐敗させるとして、「木は梢から枯れる」という格言まで持ち出して協調しています。

 では、そのIntegrityというのは何かということになります。辞書的に言えば、「誠実さ」「真摯さ」という訳もありなのですが、ドラッカーはsincerityでもhonestyでもconscienceでもなくintegrityという単語を使っています。

 前後の文脈から考えるに、ドラッカーのintegrityとは、軸がぶれることのない、高潔さを指しているのではないかと考えています。ドラッカーが自分でも定義しにくいという概念を示すのに、技術用語でもあるintegrityという言葉を使ったのは、やはりそこに「整合性」という意味合いを見出しているからだと思います。

 それが誠実さであろうと真摯さであろうとぶれない高潔さであろうと、使命に対する一貫した態度、ゆるがない信念に忠実な態度が必要だということではないのでしょうか。
 この資質がない経営陣には部下はついてこないのです。言葉が軽く、使命に対する一貫した信念がないトップを部下は許さないということです。

 トップに立つ者の言葉は、ブレてはなりません。トップが1CM揺れると、末端は何メートルも振れ回ることになります。
 言葉の軽いトップが敬意の対象となることはありません。
 まして、危機管理上の事態においては、トップの一言が死命を決することがあります。
 組織を生かすも殺すも社長の一言にかかることがあるのです。

 どうにもならない絶望的な状況になったとき、社員は皆様の顔を観るはずです。
 私はかつて船に乗っていました。
 任務によっては尋常ではない大時化の海を走らなければならないこともあるのですが、そういう時に私が当直の航海指揮官として艦橋に立つと、同じく当直に立っている当直員の不安が伝わってきます。
 私自身も不安なのですが、航海指揮官として不安を顔に出すわけにはいきません。
 時化など気にしていないような顔をして、コーヒーを淹れてくれなどと頼んだりします。
 そうすると、当直員は少しなごんできます。それでも、この若造の航海指揮官で大丈夫かななどと心配はしているのです。

 さらに時化がひどくなってくると、私自身もどうしようかなどと思い始めるようになります。大きな波が来るたびに艦首を波に向けてやり過ごしているのですが、タイミングがずれると転覆しかねませんし、そうでなくともうまく波に乗れずに潜り込んでしまうと武器やレーダーなどの装備品が破壊される恐れもあります。操舵員との呼吸がピッタリと会わないと危険なのです。
 そのような事態になった頃、艦長に進言して針路を変えようかどうかと迷っている私の心情を見透かしたように、艦長がブリッジに上がってくるのです。どうして、わかるのかなと若いころは不思議で仕方ありませんでした。
 自分が指揮官となってみると、部下が心細い思いをしているだろうなというのはすぐわかります。そして、どこまで鍛えてやるべきかを考えます。
 そして、今の段階なら、この辺で勘弁してやるかと思ったときに出ていくのです。

 当直についている私自身の迷いがピークに達したころ、艦長がブリッジに上がってきます。
 そうすると、当直員たちは艦長の顔を見ます。私が仕えた艦長は、みな、のんびりと艦橋に上がってくると、海が時化ていることなどどうでもいいというような顔で、「今日の晩飯はうまかったなぁ」などと言うのです。
 そう言われると、それまでブリッジで無口だった当直員も、心配していたのがバカバカしくなって、雑談を始めたり、逆にその時化を楽しんだりし始めます。
 私自身は、艦長のその迫力に圧倒されたものでした。

 皆様方の会社が同じように大変な事態になったとき、社員は皆様の顔色を伺うはずです。社員は、皆様のたった一言で救われるのです。
 そして、その一言で会社全体も救えるのが、社長なのです。ブレてはなりません。

 社長の言葉は重く、一貫していなければならないのです。
 逆にブレていないトップは、何を言っても構わないのかもしれません。大時化の海で「今日の晩飯はうまかったなぁ」などとのんびりとしたことを言っても、その一言で乗員を救うことが出来るのです。
 同じ一言が、その言葉を発する人の日常の言動によって与える影響が極端なまでに異なるのです。
 それほどリーダーの日常の言動は部下によって見られ、評価されていることをトップは忘れてはなりません。
 
 ブレないトップには許されても、ブレまくるトップには許されない一言というのがあるのです。