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専門コラム「指揮官の決断」

第50回 

No.050 EEZって何?

カテゴリ:コラム

 北朝鮮がミサイルを発射するたびに、その落下した場所が我が国のEEZの外側だったとか内側だったとかが論点となります。
 新聞等ではそれが排他的経済水域と紹介されていますが、分かったようで分からない解説です。
 
 また、尖閣諸島で中国の公船が行動しているとの報道がある際には、領海とか接続水域などという用語が使われています。
 
 これらの用語を正しく理解していないと、我が国周辺で何が起こっているのかを理解することができません。
 
 実は、テレビを観ているとこれらの概念をしっかりと理解せずに議論している評論家も珍しくありません。
 
 面白いのは、彼らの過ちが何通りかのパターンがあることで、多くの評論家は、自分で勉強せずに誰かの説を引用して自分の説としているのだろうと思われます。つまり、元ネタが間違っていると、一斉に誤った評論になってしまうのです。
 
 何故そのようなことが起こるのかというと、これらの概念をしっかりと理解しようとすると、「海洋法に関する国際連合条約」、一般的には国連海洋法条約と呼ばれる17部、320条の国際法を勉強しなければならないからです。
 
 さらに、この条約が締結された背景となった1958年海洋法四条約と呼ばれる国際条約の体系を理解しておかなければなりません。
 
 専門家はともかく、評論家と呼ばれる人たちで、これらの勉強を真剣に行った方は多分おそろしく少ないのだろうと思います。その証拠に、ウィキペディアがあやふやな書き方をしたポイントを多くの評論家が誤って解釈していました。ウィキペディアの知識でテレビで論評を行うというのは、「いい度胸だ」と褒めてやりたくなるほどです。
  
 専門家と称する方々のご意見もかなり怪しいものが見受けられます。
 海外ニュースを中心としてあつかうサイトでの解説を書いている中国法の専門家の記事を読んでいたら、中国の軍艦が我が国領海内に入っただけでは領海侵犯にはならないとして、中国は国連海洋法に定められた国家の権利として国内法で中国領海を航行する外国船に対し中国政府がそのルートなどを制限できることを定めており、国際法に基づいて備えているが、我が国は外国軍艦の無害航行を制限する国内法を整備していないので、これを取り締まることができないと述べていました。
 そのうえで、国際法の無知は国際世論で恥をかくだけだと論評しているのですが、我が国には「領海等における外国船舶の航行に関する法律」という法律があり、国内法が未整備なわけでもないことをご存じありません。また、無害航行の要件を理解しておられず、国際法に関する無知をさらけ出しているのが当の御本人であることもご存じないようです。

 要するに、この類の評論家、コメンテーター、専門家と称する人たちが蔓延しているので、皆様方がよくご理解になれないのは無理もないのです。

 分からないことについては黙っていればいいのですが、評論家というのは黙っていると仕事にならないので、とにかく付け焼刃でも勉強してきてしゃべろうとします。生兵法は大怪我の基とは本当によく言ったものです。
 確かにテレビによく出演している評論家やコメンテーターと呼ばれる人たちは恐ろしく頭のいい人たちらしく、よく何も知らないことに関してあれだけもっともらしいコメントができるなと感心させられることが度々です。

 私も営業部長や米国法人の取締役などを経験しましたが、間違っても営業やマーケティングなどについて語ることはありません。

 
 このコラムは国際法や安全保障を専門とするコラムではありませんが、危機管理と無関係ではない状況が日々厳しくなっていますので、読んで頂いている方々には、海洋に関する問題を正しく理解して頂きたいと思い、できるだけ簡単に解説することにいたしました。
 しかし、問題はそれほど簡単な話ではないので、何回かに分けて説明させていただきます。御辛抱ください。
 
 何故この面倒な話題を今取り上げるかというと、北朝鮮のミサイルの着弾点の問題もありますが、尖閣諸島で起こっていること、あるいは南シナ海で中国が行っていることの問題点など、私たち一般国民としても、それらの問題を正しく認識するための基礎的な常識を持っている必要があると考えるからです。

 海を政治的な管理の観点から区分すると、内水、領海、接続水域、排他的経済水域、公海という区分ができます。さらには大陸棚と深海底という概念がそこに組み込まれて世界中の海域が区分されています。
 
 厳密に申し上げると、国際航海に必要な「海峡」や歴史的な「湾」という概念も国際法を理解するうえで重要なのですが、とりあえず東シナ海、南シナ海の問題、あるいは北朝鮮のミサイル問題を理解するためには後に回してもいいのかもしれません。

 これらの海域の分類を巡って、以後、何回かに渡って説明をしてまいります。

 歴史的には「海」は誰にも帰属していませんでした。ローマ法の考え方では「海」は万民共有物でした。
 
 中世の時代、沿岸の秩序維持に必要な警察権の主張がされたことはありますが、領有権は否定されてきました。
 15世紀末、スペインやポルトガルが領有権の主張をしたこともありましたが、イギリスやオランダが激しく反発し、1588年にはスペインの無敵艦隊がイギリスに破られ、それらの主張が退けられました。

 しかし、重商主義による通商の自由に関する議論が高まってくると、沿岸の秩序維持と一方における海洋の自由という二元構造が主張され、国際社会で受け入れられ、国際慣習法となっていきました。

 この秩序維持をする海域を領海とし、自由な航行ができることを保障されるべき海域が公海となっていきます。

 ただ、領海と公海の境界線をどこに置くかということはなかなか定まりませんでした。
 19世紀には沿岸から3海里を自国の領海として管轄権を主張する国が多かったのですが、それが4海里、6海里、12海里など国ごとに異なる主張がなされるようになりました。
 これは主として当時の沿岸砲台の射程距離が採用されていることが多いようですが、長らく国際慣習法の域を出ることはありませんでした。

 しかし、第2次大戦後、チリ、ペルー、エクアドルなどが領海200海里を宣言するなど国際秩序の乱れが大きくなってきました。
 1958年以降、国連海洋法会議で領海の性質について議論が重ねられてきましたが、その幅に関してはなかなか限界を決定することができませんでした。
 
 何が原因かというと、沿岸国は自国領域に隣接する公海での漁業資源を独占するために自国の管轄権を主張し、一方で、海運や遠洋漁業の自由を確保しようとする海洋国の確執があったからです。

 1973年に交渉が開始された第3次国連海洋法会議では領海12海里を主張する国が増え、一方で発展途上国を中心に200海里という主張をする国も増えてきました。

 そこで、領海を12海里とし、200海里の排他的経済水域を認めるという妥協が成立しました。
 これは沿岸国に天然資源の開発などの権利を認めつつ、その他の国に公海並みの航海の自由、飛行の自由を認めるというものです。この規定は国連海洋法条約に明記されていますが、国際慣習法としての効力も持っておりますので、条約締結国以外の国家も拘束します。

 このような背景を理解していないと、領海や排他的経済水域の問題を正しく考えることができません。
 これから何回かに分けて、海洋に関する国際法上の問題について説明してまいります。かならずしも続けてお送りすることにはならないと思っていますが、できるだけ分かりやすい説明に努めてまいります。