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専門コラム「指揮官の決断」

第226回 

危機管理における事実の理解の仕方

カテゴリ:危機管理

危機管理上の事態における情報の特徴

危機管理上の事態において得られる情報は、断片的であり、前後の脈絡なく、バイアスがかかっているのが特徴です。

しかし、肝心の情報の理解の仕方が間違っていると、いくら正確な情報があっても判断を誤ってしまいます。情報を正しく理解するということはとても難しいことなのです。

私は海上自衛隊で、情報をいかに収集し分析するかという教育を受けました。情報は正しく収集しなければフェイクに騙されます。また、フェイクの情報を拾うと判断を誤ります。正しい情報を得ていても解釈を誤るとやはり判断を誤ります。

つまり、情報を正しく収集し正しく解釈するというのはプロでも難しいのです。

しかし、事実は嘘をつきません。まともに事実を見据える力量があれば騙されることはないはずです。しかし、社会を見ると、その事実ですらまともに見ることができていないことが多すぎます。

最近の典型的な事例をご紹介します。

感染症の専門家でなくとも分かる事実

当コラムは感染症を専門としていないことについてはこれまでもいやになるほどお伝えしてきています。

そこで当コラムでは当初、コロナ禍そのものには専門外という立場から論究することを控え、この事態に対して政府がどのように対応し、国民がどう反応し、それをマスコミがどのように報道するかに関心を持っていたのですが、4月の時点でマスコミ報道があまりにもでたらめで多くの方がミスリードされている現実に直面し、これを放置すべきではないとの思いから、当オフィスが多少なりとも心得のある統計やORの観点からコメントを続けてきました。

12月21日、日本医師会の会長がGoToトラベルと感染者数の関係について、エビデンスはないが経過や感染者が増えたタイミングを考えると間違いなく十分に関与しているとして、GoToトラベル事業の中止を訴えた事例について考えてみます。7月末に始まったGoToトラベルでは。10月末までの3000万人の利用者数と陽性判定者数は逆相関とも言えるカーブを描いており、このグラフをどう見ると間違いなく関与しているといえるのか不思議で仕方ありませんでした。

福岡の高島市長は「Go Toトラベルが関係しているのであれば、全国各地で同じ傾向があってもおかしくないと思うのですが、 11月19日時点の分析においては、Go Toトラベルと福岡市の感染者数に相関関係はみられませんでした。」と発表しており、その分析に用いたデータのグラフ化したものを市のポータルサイトに掲示しています。

このグラフを見ると、素人ならむしろ逆相関と見てとっても仕方ないような姿になっています。さすがにそこまで言わなかったのは、いくらかでも統計学を理解する職員が市役所にいるのでしょう。

原典を読まずにコメントする専門家たち

日本医師会会長がなぜそのような発言をしたのかを考えてみると、思い当たることがあります。

12月8日、共同通信の配信により各メディアが一斉に東大の研究チームがGoToトラベル利用者の発症者が非利用者の2倍になることを明らかにしたと報道し、GoToトラベルと感染の関係が証明されたと騒ぎました。

以下は東京新聞のサイトです。

「政府の観光支援事業「Go To トラベル」の利用者の方が、利用しなかった人よりも多く新型コロナウイルス感染を疑わせる症状を経験したとの調査結果を東大などの研究チームが7日、公表した。PCR検査による確定診断とは異なるが、嗅覚・味覚の異常などを訴えた人の割合は統計学上、2倍もの差があり、利用者ほど感染リスクが高いと結論付けた。」

この日の夕方のニュースや翌日のワイドショーなどはこの話で大はしゃぎでした。

私は統計学的に証明されたと聞いたので興味を持ち、しかしながらテレビの言うことを鵜呑みにするつもりはまったくありませんでしたので、東大のこの研究チームの論文を読んでみました。

感染症の医学論文なら理解できないだろうけど、統計学なら何とかなるかもしれないと思ったからです。

この論文は12月4日付でプレプリントサーバーであるmedRxivで公開されていました。このサーバーの存在を初めて知ったのですが、エール大学が運営しているサーバーで健康科学に関する査読前の論文を公開するサーバーのようです。研究者は誰でも知っている有名なサーバーだそうです。

東大の研究チームが挙げた論文のタイトルは“Association between Participation in Government Subsidy Program for Domestic Travel and Symptoms Indicative of COVID-19 Infection”というものであり、タイトルが示しているように、関連性の研究であって因果関係を研究したものではありません。

その主張はGoToトラベルを利用した人のほうが新型コロナ症状の人に多かったということなのですが、相関関係と因果関係は別物ですし、統計学上2倍になるということと、利用者と非利用者の比が2対1であるということも別問題です。統計学的に2倍であることを証明しようとすればこの論文の程度の検定では不十分であることは筆者達も気が付いているはずです。だから、causal relationではなくassociationというタイトルなのでしょう。

つまり、この論文を読んでも統計学的に2倍になったとはどこにも書いていないにも関わらず、テレビは統計学的に証明されたとはしゃいだのです。査読前のこの論文は英文ですが、それほど難しいことが書かれているわけではないので、科学部の記者が読めば分かるはずです。しかし共同通信の記者は理解できないようです。

政府の新型コロナウイルス対策分科会の尾身会長は、「この研究では時系列が検討されていない。こうした調査では新型コロナ症状を持つ人がその原因としてGoToトラベルの利用を思い出しやすく偏ってしまう可能性がある。感染拡大に影響したかどうかを客観的に判断するのは難しい。」と論評されています。

尾身会長自身はGoToトラベルは地域によって運用を停止すべきという立場でしたが、その尾身会長ですら東京大学の研究チームの結論を自説のために援用することをしていないのです。尾身会長はこの論文をしっかりと読んで論評されているようです。

この論文はタイトルを”association”にとどめているので査読を通る可能性はありますが、もしその程度の検定で統計学的に2倍だという結論を出していたとすれば査読を通るとは思えませんし、修士論文ですら学位審査は通らないでしょう。

しかし、その程度の論文すら読めない、あるいは原典を読まないのがテレビ局です。

この論文を引用して統計学的にも証明されたとコメントする専門家がテレビで多かったのですが、この論文そのものを読まず共同通信の記事しか読んでいないことは明らかです。あるいは統計学の初歩を理解していないかのどちらかです。

日本医師会会長はこの論文を読まず報道のみで判断したか、読んでも理解できなかったかのどちらかでしょう。

医師会会長は感染症の専門家ではありませんが、医学論文の読み方を知らないとすれば如何なものかと思います。また、感染症や公衆衛生学の専門家が統計学を理解していないとしたらびっくりです。九九を知らずに数学を語るようなもので、足し算と引き算しかできないということです。

時事問題の理解について

現在開会されている国会に「新型インフルエンザ等対策特別措置法」及び感染症法の改正案が提出されました。

この法案において、入院を要する感染者が入院を拒否した場合に1年以下の懲役または100万円以下の罰金に処せられるという条文があることが問題となっています。

私は報道などを鵜呑みにしないので、提出された法案を読んでみました。確かに72条にそのことが記載されています。

この法案を巡っては与党の公明党からもより慎重であるべきとの意見が出されており、野党は反対ですし、メディアは挙って人権問題であると論評しています。

しかしながら、これらの見解はどう考えても法律をまともに読んでいないと判断せざるを得ません。

この法律は先の論文と異なり日本語で書いてあるのですが、政治家やメディアはそれすら理解できないようです。

この法律案は私の知る限り、戦後日本の議会政治における最低の愚法であり、提出した政権の品性を疑います。その審査をした内閣法制局は内容が理解できず文言のみの審査を行ったのでしょう。野党は審議する能力が皆無であり、メディアは人権の意味を理解できていないと疑わざるを得ません。

人権の問題ではない。

この法律の問題は人権への配慮が欠けている点ではありません。法律案自体がバカバカしくて話にならないのが問題です。

新型コロナウイルスに感染して入院の必要があると診断されて入院中の患者が逃げ出したり、あるいは入院を拒否した場合に懲役に付すという法案です。

つまりこの法案が言っていることは、PCR検査で陽性の判定を受け、診断の結果入院が必要と認められた患者が入院を拒否した場合、逮捕して留置して取り調べを行い、その結果送検し、起訴されるまで拘置し、裁判に出廷させ、判決が有罪であれば1年未満の懲役となり刑務所に送り、刑務所では懲役刑の受刑者に対して作業義務を課すというのです。

これがどこまでバカバカしい法案であるか論ずる必要もないかと思います。

対象はウイルス感染者ですから、取り調べに当たる警察官も検察官も防護服ですし、感染症対策を施した取調室を準備しなければなりません。

裁判所においては裁判官は法衣ではなく防護服を着て審理を行うことになります。

刑務所においても刑務官は防護服を着なければならないでしょうし、作業場も感染症対策を施したものでなければなりません。

そもそもその受刑者はいつ重篤化するか分からないと言われている入院治療が必要な感染症患者なのです。そのような人を懲役に服させるというのです。

これは人権問題というような高尚なものではありません。

真剣に国会で議論するようなものでもありません。「ふざけるな!」と一言で片づけるべきバカ話に過ぎません。

それを人権問題とする野党とメディアもお粗末の極みでしょう。

あまりにもレベルが低すぎてコメントする気にもなれません。

この程度の役人、政治家、メディアによって社会はコロナの恐怖に振り回されているのです。