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専門コラム「指揮官の決断」

第295回 

危機管理とは何をするマネジメントなのか その4

カテゴリ:危機管理

前回までのあらすじ

前回まで、主にリスクマネジメントとの対比において危機管理とは何をするマネジメントなのかを語ってきました。

リスクマネジメントは、意思決定に際してあらかじめリスクを想定し、評価し、そのリスクを取るかどうかを判断し、リスクを取ることを決定したならば、そのリスクが現実となった場合に如何に被害を局限するのかを検討して対策を作っておくことでした。

一方の危機管理(クライシスマネジメント)は、想定外の事態に見舞われた場合に、いかに対応するかが問われるマネジメントです。

端的に述べれば、想定して対応するのがリスクマネジメントであり、想定外の事態に対応するのがクライシスマネジメント(危機管理)です。

つまり、岸田首相が自民党総裁選で述べていた「危機管理の要諦は、最悪の事態を想定してそれに備えること。」という危機管理論は根本から誤っているのであり、リスクマネジメントとクライシスマネジメントの違いも分からぬ男がこの国の最高指揮官であるというゾッとするような事態が生じていることを私たちは銘記しておかなければなりません。

危機管理の困難性

危機管理が「想定外の事態」への対応をテーマとすることから、それは宿命的な困難性を持つことになります。

対象が「想定外の事態」であることから、どのような事態なのかが見当がつきません。したがって、教科書が作れないのです。何が起きるのか分からないというのでは、その対応要領を策定できないのは当然です。

まったく同じ危機が生じることはまずありませんので、毎回異なる対応を求められます。

そして往々にして正解の無い事態への対応が求められます。

例えば海岸線に建つ建物にいる時に地震が起きて津波警報が発令されたりする事態がそれです。

建物の上の階に移るか、建物を出て海から離れるかどちらにするかを考えねばなりません。。

津波が何分後にどのくらいの高さで襲ってくるか分からない以上、その建物の上の階に移るのが正しいのか、その建物から出て海岸線から遥かに離れるのが正しいのか分からないのです。

この津波をリスクマネジメントの観点から眺めると、当該地域を襲う津波の波高が予測されますので、その高さに耐える防波堤を作るか、あるいはその地域に居住したりすることを止めるという判断になります。

つまり、リスクマネジメントには正解があります。想定が正しいのであれば、正しい答えを導き出すことが出来るのです。

リスクマネジメントの専門家たちは、どこまで正しく想定が出来るかによって評価されるはずです。

彼らの想定が正しければ、リスクが現実となった時には正しい対策が出来ているはずですので、あとはその対策を着実に実施していく手続きだけとなります。

一方の危機管理に臨むトップがつらく苦しいのは、彼らがしばしば正解の無い問題と取り組まなければならないからです。

経営学の視点から危機管理を語ると

経営組織論の立場から申し上げるなら、想定外の事態において、その事態を組織を取り巻く環境の変化と捉えることにより、「危機管理」という言葉に極めて前向きな意味が与えられます。

まともな経営者であれば経営環境が変化するならば、そこにはピンチだけでなく、チャンスも潜んでいることを知っています。

つまり、経営組織論の立場から眺めるならば、「危機管理」とはピンチをチャンスに変えるマネジメントであるということが出来ます。

如何にすればピンチをチャンスに変えられるのか

「ピンチをチャンスに」ということは、「言うは易く行うは難い」典型です。

それが簡単にできるのであれば誰も苦労はしません。

ピンチをチャンスに変えるためにまず必要なことは、最初の一撃で踏み潰されず、踏みとどまることです。

そのためには覚悟が必要です。不意を打たれて狼狽えると踏み潰されてしまいます。

とにかく、組織は何があっても想定外の事態において第一撃に何とか耐えなければなりません。

トップが覚悟を持って毅然と対応し、メンバーがそのトップを信頼して一丸となることにより最初の一撃を凌ぐことが出来ます。

第一撃を凌いだならば、事態を見極めて、何が起きているのかを把握します。組織を取り巻く環境が激変しているのですから、そこには更なる危機の芽と機会が混在しているはずです。

ここで要求されるのは、事態の本質を素早く見抜き、的確な対応を行うための意思決定を行うことです。

ここまでに危機管理に臨むトップに必要な能力が二つ指摘されています。

一つはトップとして信頼され組織が一丸となるようなリーダーシップであり、もう一つは的確に情勢を判断し対応を行う意思決定の能力です。

実は、この他にもう一つ重要な要素があるのですが、それはここで述べている二つの能力とかなり性質が異なるので、回を改めて論じることといたします。