専門コラム「指揮官の決断」
第338回米無人偵察機とロシア戦闘機の衝突
無人偵察機と戦闘機の衝突
3月14日、黒海上空で米軍の無人偵察機MQ9ディーパーとロシア空軍のSu27戦闘機による接触事故が発生しました。
米軍の発表によれば、無人偵察機は黒海上空で情報収集・監視・偵察の任務を遂行中にロシア空軍戦闘機から飛行を妨害され、制御ができなくなったため墜落させたということです。
国防省の報道官はロシア軍の危険さと未熟さ、さらに能力の欠如を示していると述べています。
このニュースは新聞でもテレビのニュースでも取り上げられましたが、米ロの直接対決に発展しかねない重大事件として取り扱われました。各局の解説者やコメンテーターも由々しき事態に発展する危険性を指摘しました。例外は、当初からウクライナの戦争について解説を続けてきている数人の専門家たちです。彼らはこの事件の及ぼす影響をしっかりと見積もっているので、特に騒ぎ立てませんでした。
もし、この事件が米ロの直接対決に発展するようなものであるとすれば、危機管理の専門コラムとして当コラムも沈黙を守るわけにはいかないのですが、筆者のような安全保障を専門としない者から見ても、この程度の話は別に大騒ぎするような問題ではなく、日常的に生起しているとまでは言いませんが特別な事例という訳でもありません。
この辺りはしっかりと説明しておかないと不必要な心配をされる方がいるかもしれないので、今回のテーマとして取り上げておきます。
別に珍しいことではない
2001年に南シナ海で米軍のEP-3(海上自衛隊の主力哨戒機であったP3-Cの電子偵察機版)に対し中国の戦闘機が嫌がらせをした挙句衝突し、中国側の戦闘機が墜落しパイロットが行方不明となり、米軍機は飛行を継続できなくなり海南島の飛行場に不時着し、搭乗員24名が中国当局に身柄を拘束されるという事件がありました。
不時着までの約30分間に米軍搭乗員は定められた手順に従って秘密の情報等を廃棄しましたが、機体そのものは中国側によって入念な調査が行われたため、その後大きなシステムの変更を余儀なくされています。
この事件の場合、米側が謝罪の意を表明したため、搭乗員及び機体は返還されています。
また、昨年の10月ですが、黒海上空で偵察活動に当たっていた英国の偵察機がロシア戦闘機からミサイルを発射されるという事件も起きています。
つまり、偵察活動とそれに対する妨害行為そのものは日常茶飯事に起きていることであり、今回は衝突して偵察機側に被害が生じたので事がちょっと大きくなったに過ぎません。
国際法の問題ではないですよ
まだ何が起きたのか詳細が分かりませんが、現時点で概ね判明している事実は、米国の無人偵察機に対してロシアの戦闘機が接近し、燃料を放出して浴びせかけたということです。
偵察機に比べて戦闘機は速度が速く、偵察機と同じ速度で飛ぶと失速してしまいますので、ロシア戦闘機は後方から近付いて直上で燃料を放出するか、あるいはすれ違いざまにひっかけていったものと思われます。
この際、あまり離れたところから放出しても燃料が霧散してしまいますので、かなり近付いて放出したでしょうから、偵察機の後部に付いているプロペラに接触したことは大いに考えられることです。
メディアは現場が「黒海上空の自由な飛行が認められている国際空域」であったことを大きく取り上げています。あたかもロシアの国際法違反と言わんばかりです。
しかし、筆者に言わせれば論点がズレています。
その証拠に、米軍報道官はロシアの国際法違反を追及しておらず、「プロフェッショナルではない。」という言い方をしています。この発言は日本の新聞やテレビでは翻訳されていないのですが、軍人が口汚く罵るのを外交用語に直して発言する際によく使われる言葉です。米軍の報道官はロシア軍に対して、「この下手くそが、ボケッとするな!」と言ったのです。
そこが論点ではない
筆者が論点がズレていると指摘している理由は、メディアがあたかもロシアが国際空域で国際法違反の攻撃をしたかのような報道をしていることにあります。
場所はウクライナと戦っているロシアが海上優勢を確保している海域の上空です。クリミア半島の沖に広がる海面で、セバストポリやオデーサなどの重要港湾が周りにあります。
ここで、もし飛んでいたのが軍用機ではなく民間航空機であれば話は別です。
民間機なら国際民間航空条約による保護が与えられます。しかし、この条約の第3条により軍用機並びに国家が所有する航空機はこの条約の対象となっていません。
ここで問題となるのは、今回の問題を解決するための国際法規がないことです。
軍の偵察機と戦闘機の接触事故ですから、国際民間航空条約の適用はありません。また、片方の戦争当事国が海上優勢を確保し、敵対国と対峙している海域の上空ですから、戦時国際法の適用を視野に入れなければなりません。
しかし、そこに問題があります。
陸戦に関してはジュネーヴ条約があり、海戦に関しては海上武力紛争法サンレモ・マニュアルなど慣習法を集大成した慣習国際法が事実上確立していますが、空戦に関してはそれがないことです。
かつてワシントン軍縮条約で空戦に関する規則が報告されたのですが、その後の航空機の技術的な発展の可能性を考慮して運用が見送られ、以後規則として成立したものがありません。海戦法規などを準用した慣習法的な解釈が行われているに過ぎません。
国際空域での妨害という考え方ではない
そこで、この事故をどう考えるのかが問題となります。
一般的に戦時国際法においては、戦争の当事国には交戦権が認められます。
交戦権を持つのは戦争の当事国であり、それ以外の国家は中立国としての義務を守らなければなりません。具体的には一方の戦争当事国に対して経済的援助や武器・弾薬の供給をすることなどは出来ません。
これがどのような意味を持つかが重要です。
例えば、戦争当事国に武器や弾薬を輸送する船があったとします。その疑いが濃厚である場合に他方の戦争当事国の軍艦は、当該船舶に停船を命じ、立ち入り検査により積み荷等を確認することができます。そして、武器や弾薬などのいわゆる戦時禁制品が積まれていた場合には拿捕して積み荷を没収することができます。これは交戦国の権利であり、平時には違法な海賊行為となりますが、戦時においてはその違法性が阻却されます。
米国は多くの武器・弾薬をウクライナに供給しており、ロシアから見ると中立国として保護するに値する国家ではありません。この考え方を準用するとすれば、米軍の偵察機がウクライナのための情報収集活動を行っていたことは間違いありませんのでこれを排除しようとするのは交戦国であるロシアの権利です。
まして偵察機が武装しているかどうかは簡単には確認できません。
米国の無人偵察機はISの指導者などが自動車で移動するところを見つけて爆弾を積んだ無人機を呼び寄せて暗殺し、その結果を偵察機が確認するなどということをよくやっています。つまり、飛んでいる無人機が黒海を航行するロシア艦艇に対して無害であると判断するのは容易ではないということです。
明文の国際法はありませんが、交戦国の権利として敵対国のために情報収集をする無人偵察機の飛行を妨害することに問題はないのではないかということです。だからこそ、米国も「プロフェッショナルではない。」と言って、「下手くそ!」とは述べているものの国際法違反だとの主張を展開していません。
戦時国際法の問題かどうかも微妙
ただ、ロシアに交戦国の権利・権限を認める必要があるかどうかということは別問題です。
かつては戦争状態に関する認定についての規則がありましたが、現在の戦時国際法の考え方においては、武力紛争の存在が戦時国際法適用開始の要件であり、宣戦布告の有無や戦争状態の認定を問わないようになっていますが、ロシア政府そのものが「戦争」だと言っておらず、「特別軍事作戦」と呼んでいます。つまり、ロシアはこれは戦争ではないとの立場なので、ロシアに紛争当事国に与えられる交戦権を認める必要がありません。
いずれにせよ、この問題は戦時国際法をどう考えるのかという問題であり、国際空域における衝突事故という平時の国際法違反の問題ではないということです。
さらにこの問題を考えていくと、もっと大きな論点が見えてきます。
現在3月22日現在、バフムトというウクライナ東部の都市で激戦が続いていますが、このロシア側の攻撃の主力となっているのが、「ワグネル」という民間軍事会社です。
ということは、戦時国際法が予定している交戦者として認定できるかどうかが問題となります。
ハーグ陸戦条約においては交戦者の資格が定義されています。
戦争の法規および権利義務は、単に正規軍だけでなく、下記の条件を満たす民兵や義勇兵団にも適用する。
一 上官として責任者がいること
二 遠くからでも判り易い特殊徽章をつけること
三 武器を隠さず携帯すること
四 行動する際は戦争の法規と慣例を遵守すること
「ワグネル」の戦闘員を国際法上の交戦者と認めることもできるかどうかを考えなければなりません。
1978年に発効したジュネーヴ諸条約第一追加議定書によれば、軍隊とは「部下の行動について当該紛争当事者に対して責任を負う司令部の下にある組織され及び武装したすべての兵力、集団及び部隊から成る」と定義されています。つまり、国際法上交戦権を有する存在で、責任ある指揮者の指揮のもと、遠方から識別しうる標識を有し、公然と武器を携行し、戦争法規を遵守するものが対象であり、正規の陸・海・空軍のほかにも、民兵、地方人民の蜂起したもの、商船が軍艦に変更したものまでが含まれます。
しかし、そもそもロシアが国家として戦争ではないとしている以上、国際法上の交戦権が認められるはずはなく、また、ロシアが敗退した場合、すべての戦争犯罪を転嫁するために、「ワグネル」をロシアの国防組織の一部と認めない可能性があります。
そうなると「ワグネル」の戦闘員たちは単なる反社会的勢力の構成員が他国に勝手に入り込んで殺人や破壊を犯した犯罪者集団と認定されることになります。
「ワグネル」のような民間軍事会社は米国にも多数存在しています。1991年の湾岸戦争においては直接戦闘には参加していませんでしたが、サウジアラビアのリアドに設置された多国籍軍司令部の警備を担当していたのはそのような米国の民間軍事会社でした。
ウクライナ領内においてワグネルのメンバーが数々の残虐行為を行っているようですが、これによって戦時国際法における交戦者の権利・義務の主体となる資格の「行動する際は戦争の法規と慣例を遵守すること」という条件に反していますので、交戦者としての権利・義務を喪失することになります。
今後はそれらの扱いが戦時国際法上の問題となるかもしれません。
もし日本で生起したとしたら
ロシアによるウクライナ侵攻は、事後的にも「国連憲章」をはじめとする様々な国際法の体系の見直しという大作業が待っていることを覚悟しなければなりませんが、この無人偵察機の問題については日本国政府もしっかりと対応を検討しておく必要があります。
中国もこの類の無人機を多数保有しており、それらが防空識別圏に侵入し領空を犯すことも考えられます。大きな被害をもたらす爆弾を抱えてくるのは小型の無人機には無理ですが、毒性の強いウイルスや化学兵器なら簡単に搭載できますので、そのような無人機はEEZの外側で撃墜する必要があります。
気球に対しても対領空侵犯措置を改訂しなければ対応できないと勘違いしている政権ですから、スピードの速い無人機にどうやって対応するのか心配は尽きません。