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専門コラム「指揮官の決断」

第375回 

  図上演習の薦め  ビジネスへの応用 その2

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前回のお話し

前回、当コラムでは図上演習はビジネスの世界においてどのように使うことができるかという話題に触れました。

会社の創立記念行事の計画ができたところで、図上演習を行い、その計画の問題点を発見していたため、実際の創立記念行事において生起したトラブルに見事対応できた事例です。

別角度からビジネスへ応用していきます

今回は別の角度からビジネスへの応用を考えていきます。

たとえば、ある製造業の会社が新製品を世に出そうと考えるとします。

経営陣には技術的な可能性が見えてきており、市場でも受け入れてもらえるであろう予感もあります。

そこで、その新製品を世に送るためにどうすればいいのかを検討するための図上演習を行います。

参加者(プレイヤー)は、技術部、経理部、営業部、宣伝部、製造部(工場)などです。

まず技術部が新製品のアウトラインを説明します。

概ね参集者が新製品についてイメージができたところでスタートです。

技術部が概念設計を詳細設計に移していくのにどれくらいの時間と経費が必要かを検討します。

詳細設計が終わると、そのモックアップを作ったり、プロトタイプを作ったりする必要があるかないかを検討します。そして、それぞれにかかる時間や経費が算出されて行きます。

これらがうまくいったと仮定すると、この時間とその間に行われる作業がクリティカル・パスと呼ばれます。

経理部では、各フェーズごとにどのくらいの予算が必要なのかを把握し、銀行といつから調整を始めればよいのかを検討します。

営業部は、新製品の営業の準備にいつかかればいいのかを考えます。

宣伝部は、新製品をいつから公表したらいいのかを検討し、そのための広告戦略の立案にかかります。

製造部は、どの段階までにラインを整備する必要があるのか、そのための技術教育をいつから始めるべきかの検討が必要なことに気付きます。

各部がそれぞれ自分たちが検討しなけばならない課題を認識したところで、それを新製品の開発計画にまとめ上げます。

それだけではない

ところが、図上演習はそこでは終わりません。

開発計画が一応できたところで、今度はその計画が実際の様々な問題に対応できるかどうかを確認する必要があります。

そこで、その計画の実効性を確認する図上演習を行います。

参加するメンバー(プレイヤー)は同じです。

銀行が概念設計を詳細設計に移す際に必要となる試験に必要な資金の融資に難色を示したとします。その資金難をどうするかを考えなければなりません。

銀行への説明要領を改めて検討する、増資を行う、提携先を探すなど様々な選択肢が検討されるはずです。

あるいは、製品のプロトタイプが完成して様々な試験が行われている段階で、競業他社が似たようなな製品を安価で販売する計画であることがプレスリリースされたという想定を出します。

その場合の措置を考えるのです。

協業他社の製品よりもスペックダウンして安価なものを開発するか、あるいはスペックを上げて、ブランドを狙いにいくかなどが検討されるでしょう。または、撤退すべきという議論もあるかもしれません。

その都度、資金計画や営業戦略が書き換えられ、宣伝も製造部も新たに対応していかねばなりません。

この検討の結果、どの時点で競合がどのような戦略を取ると対処できなくなるかということが分かってきます。

それが分かったら、そのような事態に追い込まれないための戦略立案にかかればよいというこも分かります。

考えるのも嫌な事態についても想定すべき

原材料や部品を海外からの輸入に頼る製品であれば、為替レートも考えなければなりません。製造原価に直結するからです。

昨今の事例を見ていると、取引相手国との関係も考慮しなけれはならないことが分かります。

中国が福島原発の処理水の海洋放出を巡って日本産海産物の輸入規制を行ったため、ホタテを輸出していた業者が大打撃を受けました。

ホタテの対中国輸出が拡大し始めたのは2011年ですが、コロナ禍で痛めつけられた日本経済にとって、一昨年からの水産物の輸出拡大は経済復興のカギとも考えられていたため、その打撃は凄まじいものになります。

コロナ禍にあっても農水産物全体の輸出は伸びていましたが、水産物の輸出は相当量の落ち込みがありました。ところがコロナ禍が明け始めた2021年に一挙に水産物が過去最高の輸出額になりました。その中でもホタテの輸出額の伸びは著しく、国を挙げてのホタテ輸出ブームになりました。自民党のホームページでも大騒ぎがされていました。

この頃の農水省が出した文書では、「プロダクトアウトからマーケットインへ」などと中国の需要が大きく伸びたのに乗って売り込もうという戦略が丸見えになっています。

まさか2020年になって「プロダクトアウトからマーケットイン」などという言葉を聞くとは思いもしなかったのでびっくりしたことを記憶しています。

国がその程度の発想ですから、もし対中輸出に何らかの問題が生じたらどうするかなどという備えは全くなかったでしょう。

ホタテの輸出量の大幅後退は生産者にとっては大変な打撃のはずです。しかし、買い物に出かけると気付きますが、ホタテの価格はそれほど下がっていません。

これは、2023年の価格はあらかじめ決まっているからで、生産者が本当に打撃を受けるのは来年だと思われます。

今年のホタテは事前に決まった価格で買い取られ、売り先がないまま冷凍庫で保管されています。来年からはそれらの放出が始まるでしょう。

中国の需要の伸びに乗じて輸出拡大しか考えなかった政府の無策はいまさらながら無様です。

たとえ一度でも図上演習を行っていれば、この事態への対応を考えたかもしれません。

認知的不協和を乗り越えよう!

自分たちに不都合な事実に関しては見ないふりをしたり、あるいはその事実を都合のいいように解釈して真剣に受け取らないという性質が人間にはあります。

心理学で「認知的不協和」と呼ばれる性質です。

図上演習ではそれらも敢えて想定として検討することが重要です。

せっかく図上演習を行っても、そのようなネガティブな想定を出して検討しておかないと意味がありません。

筆者が制服を着ていた海上自衛隊の図上演習では、天候の急変や重要機器の故障などの、その場であれば最も起こって欲しくない事態についての想定が情け容赦なく出されます。

特に筆者が意欲的に取り組んでいた後方図演と呼ばれる補給をテーマとする図上演習では、統裁官であった筆者自らが”out of the box” と旗を振っていたくらいです。

“out of the box “というのは、最近はIT関連で「製品を入手したらすぐに使える」という意味で使用されている言葉ですが、元々は「常識にとらわれずに」という慣用句でした。

この発想で図上演習を行うと思わぬ検討が行われて大きな成果を上げることがあります。

しかし同じ自衛隊でも、図上演習の考え方が異なるとそうでもないようです。

ある時、陸上自衛隊の図上演習を見学したことがありますが、コントローラー側からある想定が出され、「これはプレイヤーは困るだろうな。」と思った瞬間、図上演習のすべてを統裁していた部隊指揮官から、「司令部がそんな弱気でどうする!」と一喝されて終わってしまいました。

これではせっかく図上演習を行った意味がありません。

ただ、この時の図上演習は、作戦計画の細部について各級部隊指揮官に徹底を図るという意味合いで行われたもので、海上自衛隊が行う検証のための図上演習ではなかったようです。

いずれにせよ、図上演習では、「聞きたくない、見たくない」事態についても想定しておいて一応の検討をしておくことが必要です。お金がかかることでもないのですから。