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専門コラム「指揮官の決断」

第421回 

危機管理の要諦

カテゴリ:危機管理

自民党総裁選挙

自民党の総裁選挙の投開票が昨年の9月29日に行われました。

筆者は、もともと政治家が大嫌いで、腐りきった政党などには何の関心もないのですが、腐っても鯛であることは承知しており、関心はなくとも、私たちの生活に関係が出てくることも理解しておりますので、仕方なしに、各候補の危機管理に関する認識、経済政策、安全保障政策にのみ注目して観ていました。この三分野くらいしか筆者には理解できないからです。

ただし、経済政策や安全保障政策に関して、当コラムは専門としておりませんので、それらを扱う際には慎重な態度をとらざるを得ません。

特に、経済政策に関して、財務省の主張は筆者には理解できないことばかりであって、当コラムで扱うのを戸惑っております。

筆者には、緊縮財政派の議員や学者の主張がまったく理解できず、先の財務省矢野次官のワニの口の議論も理解できません。

内閣の要人のある議員の経済認識

昨年夏、事情があって、ある自民党の代議士の朝食勉強会に参加しました。閣僚も経験し、党の要職にある代議士で、総裁選にも出馬した代議士です。本人の名誉のため、お名前は控えますが、いわゆる大物です。

この人が、最近の経済情勢について話をするというので、出かけてきたのですが、あきれ返って戻ってきました。

曰く、円安のお陰で輸出が好調で、税収が大幅にアップし、ワニの口が少し閉じるということになり望ましい事態だ、来年度は、いよいよプライマリーバランスの黒字化を達成できそうだ、しかし、日銀が政策金利の利上げの発表を予定しているので、予算の金利支払い分が増えるので注意しなければならないというものでした。

矢野次官のワニの口発言は、財務省お得意のグラフを用いて説明しており、一般会計での歳出と税収の折れ線グラフの差がだんだん大きくなっているとされているのですが、この表がおかしいのは、国債の債務償還費が歳出に算入されていることです。

まともに財政学を勉強したことのある人なら絶対にやらない誤りですし、諸外国でそのような表を見たことがありません。IMFでは、いろいろな統計を見ることができますが、国債償還費を歳出に算入している表など見当たりません。

さらに呆れるのは、日銀の金利の利上げにより、国債の利払いが上昇し、歳出を悪化させる恐れが云々と述べたことです。

確かに当日、日銀が0.025%への利上げを発表を予定しているとメディアは朝から報道していました。しかし、利上げを予定したのは、政策金利であり、長期金利ではありません。

これは、市中銀行が日銀に開設している当座預金の口座の金利であり、突然の所要によって手持ち現金が不足して日銀から借りる際の金利であり、国債の金利ではありません。長期国債の金利は固定金利です。また、国債の金利は、確かに政府は日銀に支払いをしますが、支払った瞬間に国庫に戻されてきます。日銀は利ザヤによる利益を得ることができず、それは国庫に納めることになっているからです。

この議員は、政府の高官を務めながら、予算書に何が書いてあるのかの基本も理解せず、日銀がいかなるオペレーションを行っているのかも理解していないということです。

しかし、彼の名誉のために申し上げておくと、その程度の経済の認識の議員は別に珍しくなく、いわゆる緊縮財政派の議員たちは、ほぼ全員その程度の認識だと思われます。

健全財政という名のもとに行われるプライマリーバランスの黒字化目標を達成するために、なぜ、日本だけが経済成長をしないのかという理由が分からない議員がほとんどです。

総裁選立候補者の中で、積極財政を明確に主張していた候補者は一人しかいませんでした。

安全保障に関する認識は

また、安全保障政策に関しても、当コラムの専門ではありませんので、いろいろと取り上げることは致しませんが、多くの候補者が対話による外交的解決を重視しており、防衛力整備そのものに触れる候補者は少数です。

安全保障政策の基本に外交を置くのは大変結構なことであり、対話を重視しようという姿勢は大切だと思います。しかし、外交が失敗し、対話が実を結ばなかったときにどうするのかという論点を欠いた安全保障政策を唱える候補者を筆者は信用しません。

結果的に誕生した現政権ならどうするのかということになると限りなく心細くなります。

この政権が事態に対応する根拠は、周辺事態法であり、わが国に対して行われている様々な侵害が、「存立危機事態」に当たるのかどうかという検討から始めるのが現政権です。

そして、存立危機事態であると認定されたときには、すでに手遅れの状態に追い込まれているでしょう。危機管理は初動が重要なのです。

危機管理の認識

その「危機管理」ですが、危機管理に臨む方針を明確に打ち出している候補はいません。

危機管理について問われると、一応に防災の話を始めるのが大方の候補です。

岸田前首相が総裁選に立候補した際には、危機管理に臨む覚悟を明確に打ち出しました。

彼は、「危機管理の要諦は、最悪の事態を想定して、それに備えること。」と言い切ったのです。

筆者は、これを聞いて、この男に危機管理を任せてはいけないと考え、その旨を当コラムで主張しました。

危機管理とは何かを全く理解していないからです。

最悪の事態が想定できるのであれば、その事態をしっかりと評価しているはずです。そして何がなんでも、そのような事態になってはならないということであれば、それに備える必要があり、それは危機管理ではなく、リスクマネジメントです。

当コラムでは再三にわたって、リスクマネジメントと危機管理は別物であると主張してきています。

様々な事態を想定し、それが好ましくない事態であるなら、そうならないように備えるのがリスクマネジメントです。リスクとは危険性だからです。

ノーリスクはノーリターンなので、ある程度のリスクは覚悟しなければならないのですが、その見極めを正しく行わなければなりません。

リスクマネジメントのためには、多くの専門家が必要です。リーガルリスク、ファイナンシャルリスクなどそれぞれの専門家でなければ議論できませんし、防災や防犯も専門家の仕事です。国家レベルでは対テロに専門家も必要でしょうし、防衛問題の専門家も当然に必要になります。

それぞれの専門家が、最悪の事態を予測し、その事態を回避するための方策を検討していく必要があります。

一方の危機管理は、想定外の事態にいかに対応するかが問われるマネジメントです。リスクとは異なり、ある程度を覚悟するということはしてはなりません。想定外なのですから、何が起きるかわからないし、どこに飛び火するかわからないからです。危機はある程度は覚悟するというものではなく、その芽を片っ端から叩き潰していかなければならないのです。

これはクライシスと呼ばれます。

つまり、危機管理とリスクマネジメントは全く別物なので、その違いが分からぬ者が一国のトップになるということはあってはなりません。

東日本大震災に際し、当時の政権は、二言目には「想定外の事態」という言葉を繰り返し、あたかもそれを免罪符のように使いました。「想定外の事態」が生じたのだから仕方がないと言わんばかりでした。

しかし、「想定外の事態」だからこそ、危機管理能力が試されたのであって、やはりこの時の政権も危機管理というものを理解していませんでした。

その政権で官房長官を務めていた男が、立憲民主党代表選に臨み、記者会見をして、「自分は危機管理に強い。」と表明したので、大げさに言えば椅子から転げ落ちるところでした。危機管理とは何かを最も知らない男が自分は危機管理に強いと述べたのですからね。

つまり、政治家はほとんど、危機管理とは何かを理解していないということなのです。

立憲民主党にとって幸いだったのは、この男を代表に選ばなかったことです。党の最高顧問という地位につけたのですが、これは要するに、「もう出てくるな。」という引導を渡したということでしょう。

現首相も、最悪の事態を想定しておくことが重要と述べています。

リスクマネジメントと危機管理の違いも分からぬ人たちがこの国を率いていこうとするのですから、私たちが枕を高くして眠ることのできる時代は当分来ないかもしれません。