専門コラム「指揮官の決断」
第422回特別権力関係
時代は変わる
昨年末、海上自衛隊と米海軍との円滑な相互交流や親睦を図る目的で設立された日米ネイビー友好協会の会合に出席し、現役の海上自衛官たちから話を聞く機会がありました。
筆者が海上自衛隊を退官したのが13年前になりますので、いろいろ変わっていることにびっくりすることが多かったのですが、中でも最も驚き、かつ、危機感を抱いたのが、幹部候補生学校における教育でした。
筆者が海上自衛隊に入隊し、幹部候補生学校で教育を受けたのは1980年代初頭でした。
当時、海上幕僚長や候補生学校長は海軍兵学校出身であり、しかも、自分たちが最後の海兵出身者となるとの自覚で、海軍の伝統を残すのは自分たちの使命であるという使命感に燃えたためか、筆者のクラスの受けた訓練は猛烈なものでした。
元々、陸・海・空三自衛隊に候補生学校がありますが、教育訓練の厳しさでは海上がダントツと言われていました。
陸上自衛隊は旧陸軍を否定することから始まり、当初の幕僚長や方面総監などは陸士出身者を充てず、旧内務官僚出身者で組織され、航空自衛隊は旧軍に空軍が無かったことから、継承すべき伝統などが無かったのに対し、海上自衛隊は旧海軍の伝統を継承しつつ、米海軍に学ぶことを主眼として、海軍兵学校出身者が重用され、したがって、その幹部養成のための幹部候補生学校も旧海軍兵学校の跡地に作ったほどであり、海軍兵学校の厳しさが踏襲されたのです。
もちろん、旧海兵とは異なり、鉄拳制裁は禁止され、指導官や教官から殴られるということはありませんでしたが、代わりに腕立て伏せやグランド周回の駆け足などが罰則として課されました。
日常生活における様々な指導は、候補生学校学生隊本部の学生隊幹事が主として担当し、特に幹事付という配置の2等海尉の二人の若い幹部が直接行っていました。
彼らは、候補生の日常生活に目を光らせ、少しでも緊張感の緩みなどが見受けられると、情け容赦なく指導を加えました。
理不尽さに耐える教育
なかには理不尽な指導もありました。
休日などに外出が許可される際、外出員整列という点検が行われます。
候補生の外出は制服着用なので、その制服がしっかりとプレスされ、靴が磨かれているかなどの点検が行われるのです。その点検官は規則的には候補生学校当直士官なのですが、実質的には幹事付が行います。
大きな行事などが終わった後の外出で、候補生全体にホッとした空気が漂っているときなど、ほとんど言いがかりのような難癖をつけて、「制服不備、30分後に再度整列。」などの指示を出して、外出時間を何時間も遅らせることがあります。
また、整列しているときに「総短艇用意」などの号令をかけ、不意打ちのカッター競技を命じ、服装の指定をしないので、仕方なく制服のまま漕いで戻ってくると、着替える暇も与えずに外出員整列を命じ、仕方なくヨレヨレドロドロの制服で並ぶと、「ふざけるな、外出禁止」となったりすることもあります。
どう考えても理不尽なのですが、彼らは候補生を時間的、精神的に追い詰め、問題解決の方法を自ら悟らせることに主眼を置いているのです。
候補生たちは任官すると大勢の部下を率いて戦場に出なければならなくなるかもしれません。戦闘というのは理不尽なものなので、その理不尽さに耐える神経と、問題をなんとしても解決していく能力が必要です。その教育のため、彼らはあえて憎まれ役に徹しているのです。
体罰は一律に禁止されるべきなのか
候補生たちに加えられた懲罰的指導は、腕立て伏せであったり、駆け足であったり、際限のないやり直しだったりしました。
さすがに、いくら兵学校の伝統を引継ぐ江田島の候補生学校においても、鉄拳制裁は行われませんでした。
腕立て伏せや駆け足などは、体を鍛えることになるので、一概に制裁とは言えない面もあります。
しかし、先日、現役の連中に聞いて驚いたのは、それらの躾は、候補生学校ではやってはいけないということになっているのだそうです。体罰に当たるという理由だそうです。
現役時代に筆者は新入隊員を4か月教育して部隊に送り出す教育部隊の指揮官を務めたことがあります。
前任者は女性の指揮官でした。彼女は、海上自衛隊の募集難を考慮し、新入隊員の教育は、やさしく、思いやりを持って、温かく行うように指示を出していたそうです。
その結果、体力や水泳能力が基準に達しない隊員が何人も修業していきました。
筆者は着任時の訓示で、新入隊員教育の本質を見つめなおし、原点に返ることを要求しました。そして、新入隊員教育の現場を知らなかったので、1週間ほど様子を見ていました。
その間、部隊に送り出した修業生の評価を聞くと、新入隊員がひ弱で使い物にならないという苦情があるのに気づきましたし、教官の中には、前司令の方針に批判的な者も多くいました。
筆者が気づいたのは、教官や指導官たちが、新入隊員を可愛がっている様子でした。
彼らは筆者のように幹部候補生学校で入隊教育を受けた者たちではなく、一般隊員として入隊しているので、自分たちの後輩という思いがあったのでしょう。
そこである確信を得たので、彼らを集め、今後修業していく新入隊員たちが、いかなる任務もこなして、生きて戻ってこれるように教育して欲しいと要望を出しました。
教官たちがやたらと元気付いて張り切ったので、筆者は若干不安になり、教室での講義はともかくとして、プールの水泳訓練や、きつい陸戦訓練などは時間の許す限り筆者も参加することにしました。
司令の眼が光っていることもありますが、教官たちの指導は厳しいものでした。しかし、その指導は、新入隊員たちをしっかりと育てようという意気込みに支えられたものであり、新入隊員たちもそれを感じていたのか、必死になってついていきました。
修業の2週間前、体力は全員が基準に達しましたが、水泳能力が基準に達しない者が4名いました。
水泳の指導官は、その4名の週末の外出を禁じ、土・日も出勤して指導に当たる予定ということでしたので、筆者も付き合うことにしました。
元々、単身赴任であった筆者は週末であってもプールに出て、個人的に水泳の訓練をしていましたので、特別なことをしているという意識はありませんでしたが、司令が自ら週末に水泳未熟者の訓練を行っているということが噂になり、新入隊員が赴任する予定の艦の先任伍長が様子を見に来るという騒ぎになりました。
この間、もちろん懲罰的な指導は行われました。走らされている者を見たことはありませんが、学生隊舎前の鉄棒にぶら下がって、懸垂をさせられている者は何度か見ました。
懸垂の回数が増えると、体力検定の級が上がりますし、部隊勤務で鍛えることがなかなかできない上腕や胸筋を鍛えることができるので、合理的な懲罰だと思っていました。
特別権力関係の法理
さて、ここで登場するのが、今回の表題である「特別権力関係」という考え方です。
これは公法学上の概念であり、大学の一般教養の講義でドイツ公法学に源流があると教えられた記憶があります。
一般的には、ある一定の特別の公法上の原因によって成立する公権力と国民との法律関係と定義されます。
筆者は法律学を専門としてはおりませんが、この理論は国家公務員としては常識なので、あえて当コラムで取り上げます。
「特別権力関係」とみなされる法律関係の具体的な例としては、旧帝国憲法下においてはよく用いられた考え方であり、日本国憲法下においても、公務員の勤務関係、在監者(受刑者、未決拘禁者)の在監関係などに適用された例があります。郵政が民営化される前の郵便局員の勤務や在監者に加えられる人権制限などが具体例ですが、現行の「法の支配」のもとではそのままの形での適用はできないとされています。
愛のない体罰は・・・
ここで、体罰というものを考えてみます。
筆者は、中学や高校の教師が生徒を殴ったり蹴ったりすることと、自衛隊の入隊教育において、腕立て伏せをさせたり、駆け足をさせたりすることはまったく意味が異なると考えています。
自衛隊は軍隊です。個人的には何の恨みもない敵と血みどろの生きるか死ぬかの戦いに臨み、何が何でも勝たねばなりません。つまり、尋常の理屈が通る世界ではないのです。
そこに一般社会の論理や倫理を持ち込むことに大きな違和感を持っています。
屈強な個人に鍛え上げなければ、いとも簡単に敵に圧倒され、鉄のような規律を維持していかなければ、国家の存立すら怪しくなります。
しかも自衛隊は徴兵制の軍隊ではありません。完全な志願制であり、隊員たちは厳しい規律があり、それなりの訓練が行われることを承知の上で志願して入隊してきます。
幹部候補生学校は、将来の指揮官を幼生する学校ですから、理不尽さに耐える教育も行いますが、新入隊員教育の現場ではそのような理不尽な教育は行いません。
しかし、それなりの厳しい教育や訓練を行います。気力・体力の劣る兵士は、戦場で敵に圧倒されて生還できなくなる虞があります。生還できない本人も可哀そうなのですが、彼が任務を果たせなくなることも困るのです。なので、筆者は、彼らがいかなる状況に陥っても生きて帰ることのできるように育ててくれと指導官たちに要求したのです。
戦場で生き残るために必要なのは、気力と体力です。海上自衛隊の場合には、そこに水泳能力も加わります。
筆者の要求をきっかけにして、その教育隊の訓練は海上自衛隊に4つある新入隊員の教育部隊で最も厳しいものになりました。
しかし、その反面、他の教育部隊では修業前に脱落していく新入隊員が何%かいたのですが、筆者がいた部隊では全員が修業していきました。
送り出してしばらくして、その地域の指揮官会議に参加してきた艦長たちに新入隊員の様子を聞いたのですが、一様に好評価で、各艦の先任海曹に聞いても、根性があっていいという評価でした。
修業して船に乗った隊員たちは、船において3か月間の特別教育を受けます。左腕い細い赤い腕章を巻いているので、その教育を受けている新兵であることはすぐ分かります。
ある土曜日、いつものようにプールで泳いで帰る際、セーラー服が二人歩いているのを見つけて、跡をつけてみました。分かったのは、新着任教育を終えたばかりの修業生が、制服を着て、教育隊の隊舎に遊びに来て、自分たちの後輩に先輩面をしているということでした。彼らの班長だった海曹が、街で歩いている彼らを見つけて、後輩に話をしないかと誘ったらすぐに来てくれたそうです。声をかけると、「ここが懐かしいです。」と元気でした。
つまり、愛情をもって育てれば、厳しい指導はハラスメントにはならないし、終わると懐かしさすら感じるのです。心底育ててやろうという思いではなく、その場の怒りに任せた指導を行うと、それは即パワーハラスメントになるのかもしれません。
そのような軍隊における教育・訓練の本質を見極めず、一律に体罰禁止を主張することは、逆に教育される者たちを戦場から生還できない兵士に育ててしまうため、却って彼らのためにならないのです。
特別権力関係の理論は再評価されるべきです。