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専門コラム「指揮官の決断」

第466回 

トゥキディデスの罠 

カテゴリ:

米中首脳会談

先月行われた米中首脳会談において、習近平主席が「トゥキディデスの罠」に言及しました。

日本の報道では、ここは大きくは取り上げられず、ある評論家のトランプ大統領がその概念を理解したかどうか分からないというコメントがありました。

このコメントをした評論家の名前を公表することは避けますが、こいつはあまりにものを知らなさすぎます。

「トゥキディデスの罠」というのは、米国で大学教育を受けた者であれば、常識的に聞いたことのある言葉です。

日本で言えば、例えば、方丈記の書き出しが「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」であることくらいは、大学受験を経験した者なら誰でも知っているという程度の話ですが、「トゥキディデスの罠」という言葉は、日本では、国際関係論などを学ばないと出てこないので、常識的に知っているということになっていないだけです。

この評論家は、自分がその言葉を知っていたですが、知的エリートしか知らないはずで、トランプ大統領などには理解できていなかったはずだというニュアンスでコメントしたのですが、米国ではほぼ常識になっていることすら知らなかったようです。

トゥキディデスの罠とは

それでは、この言葉が何を意味しているというのでしょうか。

当コラムをお読みの方々には釈迦に説法とは存じますが、建前上、簡単な説明をしておきます。

これは、既存の覇権国と急速に台頭する新興国の間で、双方が衝突を恐れるあまり「望まない戦争」に陥ってしまう構造的リスクを指しており、古代ギリシャの歴史家トゥキディデスが、覇権国スパルタに恐怖を抱かせた新興国アテネの台頭が「ペロポネソス戦争」を不可避にしたと分析したことに由来しているとして、米国の政治学者グレアム・アリソンが分析し、提唱した概念です。グレアム・アリソンはハーバード大学ケネディ行政大学院の初代院長であり、クリントン政権で、国防次官補を務めていました。

筆者は、大学院で意思決定論を学んでいましたが、その時、最も参考になったのは、このアリソン教授の著書『決定の本質』でした。

キューバ危機を題材として、行政府内における意思決定過程を、三つのパラダイムから分析するというものであり、当時としては画期的な書物でした。

アリソン教授の分析(過去500年間の16事例)では、新興国が支配国の地位を脅かしたケースの12例で戦争が起きています。

習近平主席は、覇権国である「アメリカ」と、台頭する超大国「中国」の対立がこの罠に当てはまる可能性について言及し、衰退していく米国を牽制したものと見られます。

特に大したことを言ったわけではありませんが、中国の姿勢が注目されます。

習近平主席のこの発言は、中国が米国の地位を脅かす存在であることを宣言したようなものですが、

一方で、地球温暖化問題対策としてのCO2排出量の規制に関しては、中国は新興国家のふりをして、先進国はかつてCO2をたくさん排出して、現在の国力を作ったんですよね、という言い方をします。

彼らは1979年の開始から2022年3月末の事業終了までの約43年間で、総額約3兆6600億円にのぼるODAを日本から受けとり、核戦力を充実してきました。

2018年に安倍晋三首相(当時)が訪中して、その事業の打ち切りを中国側に伝えるまで、歴代内閣は自民党内閣だけでなく、中国に媚び諂って中国の軍拡に手を貸してきたのです。

そういうと、外務省や財務省、公明党、社民党などの連中は、ODAは使い方が決められており、核開発に使われたわけではないと主張しますが、日本からのODAの資金が投入されたところには中国は予算を使わずに済み、その資金を軍拡に用いることができたのですから、まともな議論にはなりません。

いずれにせよ、グレアム・アリソン教授の分析では、新興国が支配国の地位を脅かした16ケースのうち、12件で戦争が起きています。

16のケースとはなにでしょうか。

以下に列挙しておきます。

1 ハプスブルク帝国 vs. フランス(16世紀)- イタリア戦争など

2 ハプスブルク vs. オスマン帝国(16〜17世紀)

3 イングランド vs. スペイン(16〜17世紀)- アルマダの海戦など

4 オランダ vs. イングランド(17世紀)- 英蘭戦争

5 フランス vs. イギリス(17〜18世紀)- 大同盟戦争、スペイン継承戦争など

6 フランス vs. イギリス(18世紀後半〜19世紀初頭)- ナポレオン戦争

7 イギリス vs. ロシア(19世紀)- クリミア戦争

8 日本 vs. 中国(19世紀後半)- 日清戦争

9 アメリカ vs. スペイン(19世紀末)- 米西戦争

10 イギリス・日本 vs. ロシア(20世紀初頭)- 日露戦争

11 イギリス vs. ドイツ(20世紀前半)- 第一次世界大戦

12 アメリカ vs. 日本(20世紀前半)- 太平洋戦争(第二次世界大戦)

13 ポルトガル vs. スペイン(15世紀)- 領土分割条約(トルデシリャス条約)により平和的に解決

14 イギリス vs. アメリカ(20世紀初頭)- イギリスがアメリカの覇権を認め、同盟関係へ移行

15 アメリカ・ソ連 vs. ソ連(20世紀後半)- 冷戦。核兵器による相互確証破壊の抑v止力から直接対決を回避

16 アメリカvsイギリス・フランス(20世紀中盤) スエズ危機における協議など、同盟の再構築による平和的調整

読んでお分かりのとおり、最後の4例が戦争を避けたケースです。

お気付きのとおり、軍事力の構築を放棄したことによって戦争の勃発が防がれた例は一例もありません。

冷戦の教訓は、「抑止力」によってもたらされるものの大きさです。

抑止力が認識されない時には戦争がはじまります。

それがウクライナ戦争の教訓です。

中国の思惑

習近平主席がトランプ大統領に「トゥキディデスの罠」について言及したことは、中国の国力や軍事力に対する習近平主席の認識を示しています。

つまり、世界を律するのは中国と米国の二大大国であるという認識です。あたかも、日本なんか眼中にはない、と言わんばかりです。

しかし、台湾有事における日本の動向について習主席はビクビクしており、高市首相に、台湾有事においても日本は動かないと言わせたかったのでしょう。某前衆議院議員(落選したので議員資格を失っています)の質問に対し、高市首相が習主席が期待した答弁と真逆の答弁をし、それに対する撤回要求も謝罪要求も無視されたので、逆上した主席は、事実上の中国人の訪日禁止措置を出しましたが、中国人観光客が来なくなってオーバーツーリズムが控えめになり、しかし、訪日外国人数は鰻上りであり、日本に対する経済的打撃にはなりませんでした。

つまり、「トゥキディデスの罠」を持ち出した習主席は、世界情勢の読みを誤っていると言わざるを得ないのですが、これには理由がありそうです。

習主席は、どうも経済については全く理解力を持っていないようです。

これは無理もありません。中国でまともな経済学を学ぶ機会があったとは思えませんので、彼の責任ではなく、彼の怠惰でもありません。

日本においてさえ、東京大学という最高学府において、その法学部を卒業した秀才たちが占めていた大蔵省・財務省ですらマクロ経済はろくに理解していないですからね。

筆者の同年代の東大生は、経済原論をマルクス経済学で教わっていたはずで、したがって、経済が理解できないのは無理もありません。

筆者は、幸いに近代経済学で経済原論の教育を受けましたが、大学院に進学して、一応マルクスの『資本論』を読みました。我慢して読んだのですが、全三巻を読み終わった感想は、「これは経済学ではない」というものでした。強いて言えば、実証的ではない空想的な社会学でしかない、という感想でした。

筆者の学生時代は、知識人はマルキストでなければならないという風潮でしたが、筆者は「知識人」たらんとしたことはありません。

つまり、習主席が経済について無知なのは仕方ありません。日本の政治家でも、宮沢洋一前税調会長のように、経済を全く理解できない元大蔵官僚が少なくないですからね。

とにかく経済に関してほとんど認識のない主席ですら、最近の中国の経済情勢の酷さは理解できるのでしょう。

と言っても、中国に打つ手がなく、座して破綻を待つしかないのが現状です。

こういう場合、内憂をため込まないように、外に敵を見つけて戦争に訴えるのが常套手段なのですが、現在の中国にはそれもできません。

軍事力整備の方向性が正しくなかったので、台湾海峡を陸軍が渡ることができないのです。

何故渡ることができないのか、という話になると、このコラムで扱うことのできる内容には収まらないので、今回は触れませんが、単純に言っても、台湾海峡を渡るのに必要な船が不足ですし、日本の潜水艦が優秀すぎるというのも理由です。また、機雷掃海能力がほとんどないというのも致命的です。

純粋に軍事的に見れば、中国が台湾侵攻をここ数年のうちに行うことは無理であり、台湾をめぐる情勢とまったく関係なしに尖閣有事が発生するはずもありません。

しかし、それは純粋に軍事的にみれば、そうなるというだけであり、中国国内における習主席の保身のための思惑やその他の政治的配慮からすると分かりません。

窮鼠は猫を噛むことだってあるんです。

習主席は、経済が理解できないだけでなく、軍事にも素人です。

その素人にも理解できるのが、目に見える抑止力です。

つまり、こいつに手を出したら只じゃ済みそうにないな、と思わせることが必要です。

日本の国内事情

このことはウクライナの教訓として引き出せそうなものですが、社民党や共産党はそれが理解できないようです。

彼らは中国に届くミサイルを配備すると狙われるから危険だ、という論理を掲げています。

届かないミサイルは役に立ちませんし、飛んでくるミサイルを打ち落とすミサイルは、飽和攻撃に耐えられません。撃ち漏らしたミサイルの命中により、多くの人命が失われます。社民党や共産党は、その時に犠牲者にどう説明するのでしょうか。ウクライナ憲法の前文が、日本国憲法の前文のように、自分の国の安全を諸外国に預けてしまうという戯けたもので、条文に9条のような戦力不保持が謳われていれば、ロシアの侵攻は無かったのでしょうか。

終わりに

今回は、先の米中首脳会談で話題になった「トゥキディデスの罠」について、簡単な説明をするとともに、その話題を持ち出してきた習近平主席の思いについて言及しました。

当コラムは国際関係論や安全保障論の専門コラムではないので、さらに深い議論はそれらに任せて、この辺りで筆を置きますが、最後に筆者が国際関係を学んだ方法だけご紹介しておきます。多分、国際関係論を専門としない方々にとっては、国際関係論を理解するために、素晴らしい方法だと思っています。

それは”Foreign Affairs”を読むということです。現在ではオンラインでも読めますが、筆者は院生のときに、大学の図書館にあった月刊の同誌を読んでいました。

組織論・意思決定論を専門としていたので、行政府の意思決定を学ぶのにいいと考えたのと、英文の論文に慣れるためでした。

海上自衛隊に入隊して、それらを読んでいる余裕がなくなり、そのうちに連絡官として米国に派遣され、任地でアメリカ海軍協会に紹介され、”Proceedings”という海軍関係の論文誌を読むようになりましたが、帰国後、指揮幕僚課程の学生として幹部学校に入校して、その図書館にForeign Affairs “が置いてあるのを見つけて、また読む習慣が戻ってきました。

筆者の国際関係論に関する知見や見方は、この雑誌によるものが大きいと考えています。

因みに、この月刊誌は、ジョージ・ケナンの「封じ込め」に関する論文(X論文と呼ばれますが、筆者が国務省の重職に就いていたため、実名ではなくXとして発表したもので、日本語のタイトルは「ソヴィエトの行動の源泉」という論文でした。)が掲載された学術誌でもありますが、執筆陣は一般の方も読者であることを意識しているのか、堅苦しい論文誌ではありません。

まともな図書館なら、既刊号が置いてあるはずなので、ご一読をお勧めします。