専門コラム「指揮官の決断」
第470回コロナ禍に学ぶ危機管理の発想法 その4
承前
前回お約束したとおり、今回もコロナ禍を題材として、私たち感染症の基礎知識を持たない一般人が、正しく対応できたであろうに、メディアのデマにごまかされて、騒ぎが大きくなった現象について考えます。
なぜ、このような考察に拘るかと言えば、危機管理というものが、決して専門家や政治家のものではなく、それどころか、彼らがいざという時に、いかに出鱈目であるかを認識し、自分たちである程度の判断をしていくことが重要だと考えるからです。
議論の前提
このことをコロナ禍での議論を例にとって、分かりやすく解説しましょう。
話の前提としてご理解いただきたいことが一つあります。
コロナ禍報道をどの部門が担当したかということです。
テレビ局も新聞も、社会部が担当していました。この部門の記者たちは、広く一般社会における様々な事象を取り上げなければならないので、幅広い知識・経験が必要です。
極めて専門性の高い話などは、その部門の専門家が集まっているセクションがありますから、そこに任せればいいのです
コロナ禍においても、本来は社会部記者ではなく、感染症の基礎知識を持つ記者たちが取材すればいいのですが、メディアは、この事態に乗じて世間を煽り、視聴率や購読率をアップさせようとしたので、社会現象として扱うことにしたようです。
確かに、私たちの社会活動に大きな影響を与えましたので、社会部記者が記事を書くのはいいのですが、彼らが取材から記事や番組作りまでを担当したので、素人の議論が展開されました。
メディアは、不安を煽ることによって視聴率を稼ごうとします。「大丈夫、あまり心配ないですよ」などと言うと、チャンネルを変えられてしまうからです。
「テレビに出てくる専門家たち」の意味
また、当コラムでは、「テレビに出てくる感染症の専門家たち」という表現をよくしますが、この表現にも意味があります。
感染症の専門家たちは、病院内では目立たない存在です。自ら診察や治療をしないからです。彼らの主な使命は、感染症の患者の受入れに際し、その他の患者、医師、看護師、その他の病院職員をいかに感染症から守るかということにあり、重要な役割を果たしているにも関わらず、目立たない存在です。麻酔科医も同様です。
彼らは、自分たちで診察や治療はあまりしません。それらは呼吸器や消化器の専門家の仕事だからです。
この感染症専門家たちは、コロナ禍にあって、凄まじい働きをしていました。連日泊まり込みで、一週間に一度、奥様が着替えの下着などを届けにくるなどという光景は珍しくなくありました。
ところが、私たちがテレビでコメントをしている専門家たちは、数人の同じ人たちが、番組ごとに連日登場していました。
本来の感染症専門家であれば、あの事態で、連日テレビに登場するなどということはあり得なかったはずです。
彼らは、テレビ局から、「こういう質問をしますから、こういう方向でお応えください、それを立証するデータをご用意ください」と言われて、それを呑んだ、連日テレビに登場する時間のあった人たちです(同様の依頼は、筆者のオフィスでも受けましたが、弊社の主張と真っ向から異なるので、私がお断りするまでもなく、門前払いになりました。うちでは、そのような表明はできませんよ、と断ったそうです)。
この専門家たちが怖ろしく低レベルで、メディアの言うなりの報道がなされたので、世の中の人々が大きく戸惑い、政治もその世論に押されて数々の失策を繰り返し、コロナ禍の被害を大きくしました。
テレビに出てくる感染症の専門家や、それを報道する人たちがどのような人たちなのかを基本的な前提としてご理解頂きたいと思います。
そもそも、コロナ禍の当初の議論は
さて、本論に入りましょう。
コロナ禍における論点は、無数にあるのですが、まず、最初の頃の記憶を掘り起こして頂きたいと思います。
そもそも、中国では2019年年末には騒ぎが持ち上がっており、中国国内でマスクが品薄になり、日本のドラッグストアで、買い占めていく中国人が話題になっていました。
それが切実な問題になり始めたのは、横浜に入港しようとしていたダイヤモンド・プリンセス号というクルーズ船で、香港で下船した乗客が体調を崩しており、その後、船内に感染が広がったことに端を発しています。
結局、横浜は人道的な見地から受け入れを決め、大黒埠頭に横付けして、除染が始まり、自衛隊も災害派遣で出動しました。
この時、横浜の中華街が酷いことになりました。中国を回ってきたクルーズ船であったこと、入港したのが横浜港であったこと、新型ウィルスの感染源が中国であったことなどで、中華街に行くと感染すると考えた人が多数いたのでしょう。
筆者が見た中華街は、いつもは人で埋め尽くされている中華街の通りに誰もおらず、キョンシーが2匹ほど跳び歩いている薄気味悪いものでした。
横浜まで乗ってきた乗客のほとんどは日本人であり、しかも横付けしているのは大黒埠頭で、横浜港の反対側、鶴見側でした。中華街に影響など及ぼすはずはありませんでした。
ところが、SNSなどで情報はすごい速度で駆け巡りますので、あっと言う間に中華街が空になりました。(中華街は、その後の営業自粛指示で、結果的に空になりますが)
さらにSNSが酷いのは、そのクルーズ船が時々、午前中に出港して、午後には帰ってくることを怪しみ、つまらない憶測が飛び交いました。
これは、乗客は乗せたまま停泊していたので、トイレの汚水処理をしなければならないのに、さすがに横浜市当局が感染を心配して処理船を派遣しなかったので、定期的に捨てに行っていたのです。距岸5海里を離れると、汚水処理ができるので、多分、大島近海まで行って汚水処理をしていたのでしょう。SNSでは、そんなことも知らない素人が、意外なインフルエンサーだったりしますので、結構怖ろしいものです。
関東大震災の直後、「朝鮮人が略奪、放火をしている」という流言飛語により多くの朝鮮籍の方々が虐殺されたと言われていますが、多分、現代ではその流言飛語の量とスピードが、当時と比較にならないので、この問題も深刻に考える必要があるかと思っています。
PCR検査を巡るデマ
さらに、コロナ禍が始まった頃の話を思い出して頂きます。
PCR検査です。
テレビ朝日が毎朝やっている情報番組で、玉川徹というコメンテータがいましたが、この男が、37度の熱が4日間続かないとPCR検査を受けられないという国の指示はおかしい、全国民が受けられるようにすべきだ、と連日かなりの口調で主張していました。
ところが、この男は報道に関わってきた者にも関わらず、厚労省が各県経由で全国の保健所に出した通達を読んでいなかったとみえます。
筆者は、その頃、あるクリニックの顧問をしていたので、その写しを読みましたが、通達には、37度の熱が4日も続いたら、必ず検査を受けてください、帰国者外来や高熱外来などで検査を受けられるように準備しています、という内容で、そうでなくても、高齢者や基礎疾患のある方は、早めに受けてください、という注意書きまでありました。この本紙を彼は読んでいないのです。
玉川がPCR検査を全国民に受けさせるべきだという主張も、実は混乱を招くだけです。
PCR検査では被験者が感染しているかどうかは分かりません。検体を採取した時点で、コロナウィルスの破片でも見つかれば陽性です。
逆に言うと、検体を採取した時には陰性であっても、その5分後に強烈な感染源に触れて感染しても分からないのです。
ウィルスは、寄生・増殖が始まると感染力を持ちますが、単にかけらが検出されただけの陽性では感染はしません。
つまり、全国民にPCR検査をすると、多くの人が、自分は「陰性だ」と言って、勝手な振る舞いをし始めるおそれがありますが、検査時点で陰性でも、その直後に感染して、増殖が始まっていても分からないのです。
リトマス試験紙のように、簡単に検査できるキットがあれば別ですが、この男の言っていることはナンセンスでした。
ソーシャルディスタンス
この時期、「ソーシャル・ディスタンス」という言葉が流行ったことを覚えておられる方も多いかと思います。もともと、この英語が母国人には違和感がある言葉だと思います。
英語では、多分、ソーシャル・ディスタンシングという方がしっくりくるはずです。
解釈も次第に変わっていきました。当初は、密閉された空間で話しをする場合、十分な距離を取って話をし、それができない場合にはマスクをすべきという議論でした。
ところが、その後、マスクが必ず着用しなければならなくなり、本来の意味を考えずにそれを強要する人が現れ始めました。
筆者の経験ですが、JRに乗っているときに、端の優先席に座って寝込んでいた初老の男性がマスクをしていませんでした。筆者の前にいた若い男が、ブツブツ言っていたのですが、そのうち、「マスクをしろ。そんな常識もないのか」と怒鳴りました。初老の男性は驚いたようですが、マスクを持っていなかったのか、次の駅で下りていきました。
筆者は慌てて追いかけ、持っていた予備のマスクを渡して車内に連れ戻し、元の席に座らせました。
私の隣の男性に、筆者が、一人で居眠りをして、誰ともしゃべらないし、あんたのような大声も出さないから、マスクは必要ないんじゃないか、疲れて眠り込んでいたんだろう、と語りかけると、彼は理屈を考える能力のある人物だったらしく、「そう言えばそうですね。つい、カッとしてしまいました」と言っていましたが、この時期、ことの本質を見ない「自粛警察」などという連中が歩き回り、困ったものでした。
弊社の基本的スタンス
弊社はコロナ禍について、その情勢を統計学的に分析することを依頼されていましたが、筆者たちは、日本では、それほど大騒ぎする必要はないだろうと考えていました。
根拠は、日本は基本的に感染症に強い国であるということです。
日本は、もともと高温多湿な国なので、ヨーロッパとは異なる生活習慣が生まれています。
普通のお宅では、靴を脱いで室内に入り、裸足で生活します。つまり、外の泥が室内に入ってこないのです。
また、日本人はまめに手を洗います。レストランなどでは、おしぼりが出てきますし、皆がハンカチを持って歩いています。手を洗うとかハンカチを持って歩くというのは、小学校の教育のためでしょうし、浄めるという意味では、神道の影響かもしれません。
常にハンカチを持って歩くのは、高温多湿であるという事情が大きいでしょう。汗をかくからです。しかし、それ以上に、手をまめに洗うことが影響しているかと思います。
筆者たちは、幹部候補生学校でハンカチは常に二枚携帯するように躾けられました。一枚は汗を拭いたり、手を洗ったりするときに使います。もう一枚は、傷を負った部下のために、使うためです。これには自衛官という特殊性があるかもしれませんが、小学校などではハンカチを持って歩くことが躾けられています。少なくともアメリカではあまり見られません。女性はお洒落で持って歩いている人もいます。微かに香水を振りかけているようですが、男性でハンカチを持っている奴を見たことがありません。だから、トイレなどには必ず、手を拭うための紙が用意されています。
日本では冬になると風邪やインフルエンザが流行ったりするので、もともとマスクをすることにそれほど抵抗はありません。小学校での給食の当番はマスクをしています。ところが、ヨーロッパでは、政府がマスクを強制すると、反対のデモが起きたりします。
そのような理由で、筆者たちは、中国や欧米に比べて日本ではそう大きな騒ぎにならないだろうと考えていました。
実際に、SARSやMERSなどのコロナウィルス感染症は日本ではほとんど流行りませんでした。厚労省の検疫官たちの努力もあり、水際で差し止めたからです。SARSは2003年に中国で発症し、MERSは、2012年に中東ではやり始めました。SARSは終息したようですが、MERSは依然として威力を発揮しています。
筆者たちは、日本では欧米や中国に比べて、それほど大きな騒ぎにはならないと考えていましたが、不安を煽って視聴率を稼ぎたいメディアとそれを助長した専門家たち、右往左往するだけの政府、流言飛語流し放題のSNSのお陰で被害が拡大し、経済の停滞を招きました。
ここまでの議論で、コロナ禍を理解するのに専門的知識がなくても、メディアの出鱈目さが理解できることをお分かり頂けたかと思います。
厚労省の通達は、国の指示は本当にそうなのかと思えば、ネットでいくらでも読むことができました。玉川徹が原典をチェックしていない、ジャーナリストとしてはあり得ない態度であったことはすぐに分かります。
メディアも専門家も政府も信じられないとすれば、自分たちの身は自分で守る必要があります。そのためには、まず、ことの本質を見なければなりません。
専門知識なしに、その本質を見る方法について、次回も言及してまいります。
