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専門コラム「指揮官の決断」

第66回 

No.066 経営者は危機管理をどう捉えるべきか

カテゴリ:コラム

危機管理は誤解されている?

 私は危機管理を専門としておりますが、リスクマネジメントの専門家として紹介されることがよくあります。「クライシスマネジメントですよ。」と申し上げるとキョトンとされるのが普通です。
 多くの方々の頭の中では「危機管理」「リスクマネジメント」そして「クライシスマネジメント」の概念が入り乱れており、整理がされていないのです。
 その結果、しっかりとした危機管理をせずに危機的状況を迎えてしまい、残念な結果に終わってしまうことが多いのです。

 私は、このコラムで「リスクマネジメント」と「クライシスマネジメント」の概念を整理してお伝えしています。(No.033 「リスクマネジメント」VS「クライシスマネジメント」をご覧ください。)
 また昨年出版した拙著『事業大躍進に挑む経営者の「クライシスマネジメント」』においてもかなりページを割いて説明しています。

 したがって、その違いにページを割くことを極力控え、経営者が理解すべき危機管理とは何かについてお伝えしたいと思うのですが、「危機管理」「リスクマネジメント」「クライシスマネジメント」の基本的な違いを理解して頂かないと説明ができませんので、結論だけ申し上げておきます。

リスクマネジメントとは

 リスクマネジメントは、危険性を評価し、その危険性を取るか取らないかの判断を行い、取るとした場合、その危険が現実となった場合の対策をあらかじめ講じておくことが任務です。

 あらゆる危険性を排除してしまうと何もできなくなります。特にビジネスは様々なリスクをどう捉えるかというところが最も肝心であり、その判断を誤ると取り返しのつかない結果を生じてしまいます。
 リスクを恐れるあまり大きなチャンスを逃してしまったり、リスクを軽視してつまらないことで大きな損失を被ったりすることがあるからです。

 このリスクの評価というのはある意味でビジネスにおいては最も重要な作業であり、いい加減にすることはできません。様々な専門家がそれぞれの英知を結集して評価する必要があります。
 また、評価した危険性が現実となってしまった場合の対応についても、それぞれの専門家が適切に検討しなければ無駄な投資を強いられたり、あるいはせっかくの投資が役に立たなかったりする結果を生みかねません。

 つまり、リスクマネジメントというのは、危険性をいかに味方につけるのかがテーマであり、それは高度に専門的なマネジメントであって、素人にできるものではありません。専門家と言えども全てをカバーできるわけではありませんので、各専門ごとに検討を行うことになります。ファイナンシャルリスクの専門家はリーガルリスクを理解せず、逆も然りなのです。

 要するに、リスクマネジメントというのはその道のプロの仕事であり、多数の専門家が必要で、社内にも専門部門が必要になります。
 しかし、それは「危機」の管理ではありません。あくまでも「危険性=リスク」のマネジメントなのです。
 危険性と危機は別物です。危険性を放置すると危機的状況に陥りますが、それはリスクマネジメントの失敗の結果なのです。
 つまり、リスクマネジメントと危機管理は本来は別物なのです。
 

クライシスマネジメントとは?

 一方のクライシスマネジメントはどうでしょうか。
 クライシスマネジメントはその名のとおり、「危機」そのものと対峙します。
 クライシスマネジメントという概念は1950年代の米ソの冷戦の始まりに端を発しています。核戦争に至る危機をいかに回避するかという問題が起点でした。

 つまり、危機に発展しないようすることからクライシスマネジメントは始まるのです。
 そして、不幸にして危機が現実となった場合、それがさらにエスカレートするのをいかに抑え込んで収束させるのかが課題です。
 
 この課題は極めて困難な課題です。
 何が起きるか分からないからです。
 何が起きるか分からない以上、どの分野の専門家なら対処できるのかが不明であり、また、一般原則も立てられません。したがって、教科書も作ることが出来ません。

 どうすれば危機が生じることを防ぎ、生じてしまった危機を消滅させられるかという公式がないのです。
 
 では、クライシスマネジメントはこの何が起きるか分からない状況にどのように対応するのでしょうか。
 リスクマネジメントでは、危険性の評価とその危険性への対策の立案が主要な対応でした。
 クライシスマネジメントでは、危機に陥りにくい体質を作ること、そして危機が生じてしまった場合に、組織が一丸となって対応する態勢を作ることから始めるのです。この態勢がないと危機を乗り切ることが出来ないからです。

 この作業は組織全体で行わなければなりません。部外者にはできませんし、どこかの専門部署だけで行えばいいというものではないのです。

 私はクライシスマネジメントには専門部門の設立も専従職員の採用も必要ありませんと申し上げておりますが、これが理由です。専門部門にできることがほとんどなく、全社を挙げて取り組む必要があるからです。

経営者にとってあるべき危機管理

  
 私はどちらが重要かという議論をしているのではありません。
 強いて言うならば、リスクマネジメントは生命保険に入るのに似ています。
 もし自分が亡くなったら残された家族に最低限いくら必要かを計算します。そして、現在の収入を勘案して保険金額を決定します。
 また、重い病気になった場合の入院費なども考えて特約を付けたりします。
 つまり、自分の生命にかかるリスクをファイナンスの面から評価しているのです。
 
 一方のクライシスマネジメントは、そもそも病気になりにくい体質を作ることから始めます。
 普段の食生活に注意を払ったり、一駅手前で電車を降りて歩く距離を延ばしたりするのです。
 どちらも大切です。
 健康を失っては元も子もありませんが、しかし不幸にして病気になってしまったら経済的に家族が困らないよう措置しておくことは重要です。

 多くの経営者が誤解されているのはこの点です。
 危機管理も重要だけど、まず収益を上げなければとお考えなのです。
 本来の危機管理には専門部門も専従職員も必要がないにもかかわらず、危機管理にはお金がかかるので、まず収益活動をということで危機管理が後回しになるのです。
 病気にならないように食生活に注意したり運動をしたりしていると健康が増進され、結果的にその人の生産性が高くなるのと同じで、本来の危機管理をしっかりと行うと収益が増大するのですが、それが理解されていません。
 正しい知識を得て生活習慣を変えたり、日常生活にちょっとした工夫をするだけで健康が大きく増進するのと同じで、本来の危機管理にお金はほとんどかかりません。
 これほどコストパフォーマンスの高い投資は他に無いのではないでしょうか。

 危機管理とはマネジメントです。
 事業を成長させることに無縁のマネジメントには意味がありません。
 しっかりと事業を成長させるマネジメントとしての危機管理であるクライシスマネジメントの導入が必要なのです。

 当コラムは、そのクライシスマネジメントのあり方をテーマとしています。
 毎回様々な角度からクライシスマネジメントを見た内容をお届けします。

社長をしっかりと支えるクライシスマネジメント

 経営者は孤独なリーダーです。
 全社員の人生に影響を与えるかもしれない決断を次々に下していかなければなりません。
 クライシスマネジメントは、その意思決定やリーダーシップ、そしてステークホルダーの信頼をいかに勝ち取るかという課題に挑戦します。
 活気のある、人が育つ組織を作り、事業を成長させていく危機管理の概念についての皆様のご理解を深めて頂き、いかなる事態にも毅然と対応できるリーダーとして全社員の先頭に立って頂きたいと願っています。