専門コラム「指揮官の決断」
第65回専門コラム「指揮官の決断」 No.065 経営の視点から見る2017年クライシスマネジメントの3大危機
年の瀬も押し迫り、テレビなどでは今年の10大ニュースなどが特集されています。
当専門コラム「指揮官の決断」においても、2017年を振り返ってみたいと思います。
ただし、当コラムはクライシスマネジメントの専門コラムですから、あくまでもマネジメントの視点から、つまり、経営者の視点から評価してまいります。
2017年の危機管理上の最大の話題は何と言っても北朝鮮の弾道ミサイル発射でしょう。
これは幸いに犠牲を出しませんでしたが、九州北部豪雨では犠牲者が出ました。
これらの国際的な緊張をもたらす事件や気象変動に起因すると思われる大規模自然災害などは、確かに大変な危機ではありましたが、当コラムはマネジメントに関する専門コラムですので、マネジメントの観点から眺めてみることにします。
弊社はクライシスマネジメントにおける三本の柱を重要視しています。
それは「リーダーシップ」「意思決定」そして「プロトコール」です。
リーダーシップと意思決定の的確さが危機管理に重要であることに異論のある方はおられないと思いますが、プロトコールについては若干説明が必要かもしれません。
プロトコールと聞くとIT関係の方々はデータの受け渡しのフォーマットなどを連想するかもしれませんが、元々は儀礼を意味する国際関係論上の用語です。
当イージスクライシスマネジメントでは、組織とその外部との関係に関わること一切を指す概念としてプロトコールを捉えています。
会社でのお客様への接遇に始まり、国際的な場における儀礼、社交の要領などをすべてを含んでいます。
なぜこれがクライシスマネジメントに重要かと言うと、このプロトコールを怠ると、いくらリーダーシップが優れていて意思決定が的確であっても、外部からの信頼を得られず、組織の存続が危うくなるからです。
また、このプロトコールをしっかりできる組織というのは脇が固く、危機に陥りにくい体質を持つからです。
本日は、この三本の柱から見た今年の三大危機を概観します。
まず、意思決定の観点から見た危機です。
それは第4次安倍内閣の成立前の1週間に生じました。
このことについては、私はかなり痛烈に批判しています。
バックナンバーでお読みいただけます。
専門コラム「指揮官の決断」No.044 呆れてものが言えない をご覧ください。
この時私が問題視したのは、内閣改造を待たずに辞任せざるを得なくなった稲田前防衛大臣の後任を新たに任命せず、岸田前外務大臣の兼務としたことでした。
外務大臣と防衛大臣を兼務させるなどということはあってはなりません。
国際関係が緊張してきた時、外務大臣は最後の最後まで外交交渉によって事態を解決する陣頭指揮に当たらなければなりません。
一方の防衛大臣は、外交交渉により事態を解決することが出来ない場合に備えて、万全の準備を整える指揮に任じなければなりません。
この二つの重要な役割を一人の大臣に兼務させるなどと言うことは正気の沙汰とは思えないのです。
今回の事態は、一週間後の内閣改造までの暫定的な処置だと思われますが、その一週間に何も起きないと誰が言い切ることが出来るのでしょうか。世の中は北朝鮮のミサイル問題で騒然としていた時期です。
首相は防衛に一時の空白も許されないとして直ちに外務大臣の兼務を命じたので、一見、厳しい国際情勢を反映した迅速な措置のように見えますが、私に言わせれば、安全保障というものを舐め切った措置にしか見えません。
これは完全にマネジメントの危機です。
私がさらに批判したのは、この問題に対して批判をせずにいる野党議員とマスコミでした。この論点に気が付きもしない野党議員はお里が知れると言わざるを得ず、またマスコミは、せいぜい芸能人のゴシップを追いかける程度が身の丈でしょう。
次に、リーダーシップの観点から見てみます。
今年、リーダーシップの観点から見た最大の危機は日産自動車の無資格者による完成検査事案です。
これがどうしてリーダーシップの問題になるのかというと、社長以下のトップが記者会見で「原因の究明、再発防止」を誓っているにもかかわらず、現場がそれを無視して、無資格者による完成検査を続けていたからです。
トップの発言の重みを現場が全く理解していない、理解させることが出来ないということであり、これがリーダーシップの問題でなければ何がリーダーシップの問題になるのかということです。
この種のコンプライアンス違反の問題は、私は通常は三番目の柱であるところのプロトコールの問題として取り扱っています。プロトコール違反を平気で行う企業は、その理念をいかに高く掲げようとも信頼を失ってしまうからです。
しかし、今回の日産の事案を見ていると、どうもリーダーシップの問題として認識すべきだと考えています。
それはトップの公的な発言を現場が平気で無視したという体質の問題もさることながら、より深い問題が内包されているからです。
この問題を受けて日産が打ち出した方針は、完成検査の実施場所を区画化し、顔認証システムを設けるなど完成検査工程に不正が行われないような仕組みを作ったり、検査員を対象にした再教育や増員を行うなどの対応ですが、これに注目していた私は、この対応により日産という会社の経営陣のリーダーシップが地に堕ちていることを理解しました。
この対応は経営陣の現場軽視そのものです。
利益追求、コスト削減を徹底的に迫られ、十分な配員すらなされてこなかった現場に対する思いがなく、その経営体質の改善に関する対応策が全く見られないのです。
そのような検査体制を現場に強いてきたトップの反省が窺えません。
再教育を受けるべきは経営陣です。リーダーシップの基本を理解していません。
モノ作りの現場に対する思いのないトップが製造業におけるリーダーシップを発揮できるはずがないのです。
社長の記者会見以降も無視覚検査を続けた現場は、ひょっとすると経営陣への報復をたくらんだのかもしれないなどと穿った見方もしてみたくなる事案でした。
三番目のプロトコールに関する危機は、つい最近当コラムにおいて指摘した、日本の公共施設におけるトイレの清掃の問題です。
詳しくは専門コラム「指揮官の決断」 No.062 プロトコール後進国? をご覧ください。
日本の空港、駅、その他公共施設に設置されたトイレで男性の清掃担当者を見かけることがあまりありません。男性用トイレでも女性の職員が清掃をしています。
その清掃の間、使用を禁止するなら話は別ですが、多くのトイレでは用を足している男性の後ろを女性の清掃担当者が働いています。
これはまともな先進国ではあり得ないことです。
何を今さらとおっしゃる方も多いかとは思いますが、今年増大した外国人旅行者の数が半端ではないから問題なのです。
日本では女性蔑視の思想が一掃されておらず、男性用トイレの清掃を女性に強要しているなどという批判になったら大変なことです。
「おもてなし」大国の日本のイメージダウンによる損失は計り知れないものがあります。そうでなくとも「慰安婦問題」などで、我が国の女性の人権についての考え方が誤解されかねない時機、この種の火種は根絶しておく必要があるかと考えています。
この問題も、ビル管理などを担当する会社の経営陣が、その状況について疑問を持っていないか、あるいは男性の清掃職員を採用することができないというマネジメント上の問題です。
以上、クライシスマネジメントの観点から見た2017年の我が国の危機の総括でした。
危機というものは様々な角度から見ることが出来ます。
当コラムでは、危機をその現象に着目するのではなく、その危機に対応するマネジメントの視点から見ています。
その視点は、経営者の皆様にも是非持って頂きたい視点だと考えています。
この視点を持つと、眼の前の事象にただうろたえるのではなく、マネジメントの視点で見据えることにより危機を機会に変えていく糸口をつかむことが出来るようになります。
危機に備えるというのはそういうことなのです。
来年も、様々な事象について、「クライシスマネジメント」の観点から見るとどうなのか、どのような教訓を導き出すべきなのかを皆様とご一緒に考えていきたいと思っています
新しい年が、皆様にとって健康に恵まれ、幸多い年でありますようお祈り申し上げるとともに、私たちの社会が平穏な一年を送ることが出来るよう願っています。