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専門コラム「指揮官の決断」 

No.086 危機管理の正体:アメリカンフットボール

何が起きたのか

 
 アメリカンフットボールの世界において「潰してこい」という指示がどのような意味を持つのか、微妙なニュアンスがあって門外漢の私にはよくわかりません。
 ラグビーの経験はありますが、アメリカンフットボールは経験がないので、日本大学と関西学院大学の伝統の定期戦における日大の選手のラフ・プレーそのものについてのコメントは差し控えたいと思います。

 ただし、この問題は危機管理上の問題でもありますので、その観点から取り上げたいと思います。
 
 結論から申し上げると、日本大学の対応は最低・最悪です。
 
 まず、監督が記者会見の場に立ったのは2週間たってからというのが信じがたいことです。即座に学長と監督による会見を行うべきでした。事の重大さに対する感覚が完全に麻痺しているとしか思えません。

 事実関係の調査には時間がかかるのかもしれません。
 2週間もかかるのというのが信じられませんが、しかし、そうであれば、そのように説明すればよく、言い訳のできない反則プレーを行ったこと自体は事実関係の調査を待つ必要はなく、そのことについて謝罪をすべきであったはずです。 
  
 監督が沈黙を守ったのは、関西学院に対する説明が先だと考えたと釈明されましたが、これは、早々に反則行為は監督の指示によるものではなかったという声明が出ていることと矛盾します。

 反則を行った学生が記者会見を行ったので、慌てて大学が記者会見を開くというのも無様です。

 挙句の果てに開かれた記者会見のお粗末さは話になりません。
 日本大学の広報担当者は、広報に関しては「いろはのい」も知らないずぶの素人で、そのような担当者に広報を仕切らせたこの大学の見識を疑います。
 広報担当者だけではなく大学そのものもリスクコミュケーションの重要性どころか、それが何なのかも理解しているとは到底思えません。
 むしろ、前日に会見したラフ・プレーを行った選手の会見の方が立派だったのが皮肉です。

  日大アメフト部前監督及びコーチの会見
  https://www.youtube.com/watch?v=0BU_Zo_75vE 

危機管理教育を行っている大学の危機管理

 何と言ってもびっくりするのは、この大学に「危機管理学部」という学部があるということです。
 自身の危機管理がまったくできていない大学に危機管理専門の学部があるということは驚きを通り越して滑稽にすら思えます。
  
 なぜこの大学が危機管理が出来ていないのかという原因がこの「危機管理学部」を見ると分かります。
 日本大学は危機管理の概念を理解していません。

危機管理の正体とは

 この大学の危機管理学部で教えているのはリーガルリスクを核としたリスクマネジメントが中心です。

 私は拙著でも、このコラムでも度々申し上げてきておりますが、リスクマネジメントと危機管理は別物なのです。これを理解せずに危機管理はできません。
(詳しくは拙稿 専門コラム「指揮官の決断」No.033 「リスクマネジメント」VS「クライシスマネジメント」https://aegis-cms.co.jp/590 拙著『事業大躍進に挑む経営者のための「クライシスマネジメント」セルバ出版 https://aegis-cms.co.jp/book1 をご覧ください。)

 辞書を見ればすぐに分かりますが、riskとは「危険性」を意味しています。「危機」という意味はありません。

 リスクマネジメントの本質は、リスクをいかに味方に付けるかという点にあります。
 それは、ある行動に伴うであろう危険性を評価し、その危険性を取るか取らないかを検討することから始まります。あらゆる危険性を避けてしまうと何もできません。
 そしてその危険性を取ると決めたのであれば、それが現実にならないよう、あるいは現実になってしまった場合にどうするのかを考え、対応策を準備します
 これがリスクマネジメントです。
 
 この一連の検討や計画は広範囲でカバーするのが大変です。
 広いだけでなく、極めて専門的な知見が必要であるので、専門家でなければできません。
 それぞれの専門分野における豊富な知識経験をもった専門家が必要なのがリスクマネジメントです。
 リスクマネジメントは専門分野が分かれており、リーガルリスク、ファイナンシャルリスクなど極めて高度な専門性が要求されます。
 これをいい加減なリスクマネジメントのコンサルタントに任せてBCPなどを作らせると、いざという時に全く役に立たないものが出来上がります。
 
 一方、危機は好むと好まざるとに関わらず襲いかかってきます。
 この危機に対応するのは専門部門の所掌や責任ではなく、経営トップの責任です。
 経営トップが組織全体を一丸としてまとめ、総力を結集させて当たらなければならないのが危機管理であり、それがクライシスマネジメントです。

 要するに、日本大学の危機管理学部で教えているのは危機管理ではなく、リスクマネジメントなので、危機に対応できていないのです。
 
 私がリスクマネジメントと危機管理は別物だと主張すると、多くのリスクマネジメントの専門家の方からご批判を受けます。
 しかし、リスクマネジメントを危機管理学部で教える日本大学自身が危機管理が全くできないというのは、リスクマネジメントは危機管理ではないということを明白に物語っているのではないでしょうか。
 日本大学が「危機管理学部」で教えているのが危機管理ではなくリスクマネジメントなので、リスクマネジメント専門の教員はいてもクライシスマネジメントの教員がおらず、その結果、危機管理の専門家が不在のため、この度の無様な対応に終始せざるを得ないのです。

 私はリスクマネジメントとクライシスマネジメントを比べているのではありません。
 別物だと申し上げているのです。
 どちらが優れているという問題ではありません。
 
 リスクマネジメントはしっかりとやっておかなければなりません。
 これがしっかりとできないと、組織はあらゆるリスクを回避しなければならなくなります。何の進歩もない組織とならざるを得ません。

 繰り返しますが、リスクマネジメントは高度に専門性の高い専門家のみによってなしうるマネジメントで、素人が生兵法でできるものではありません。
 
 一方のクライシスマネジメントは、好むと好まざるとにかかわらず対応しなければならない問題への対応であり、それは専門家の仕事ではなく、経営トップの専管事項であり、誰に任せてもなりません。
 
 この違いを理解できず、自分を危機管理の専門家であると思っているリスクマネジメントの専門家は、リスクマネジメントそのものを理解していないのです。

 危機管理の概念が誤解され、本来の危機管理が何であるのかが理解されなくなったのは事実です。
 しかし、リスクマネジメントやクライシスマネジメントの本質が変わったのではありません。誤解されているだけなのです。
 その誤解を解いておかないと、本来の危機管理が行われなくなるおそれがあるのが恐ろしいと思っています。