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専門コラム「指揮官の決断」 

No.126 その時何が起こるのか 

情報の出し方が変わった

 昨年、政府が南海トラフに起因する地震について、情報の出し方を見直したことは当コラムにおいてもお知らせしました。(専門コラム「指揮官の決断」No.054 南海トラフ https://aegis-cms.co.jp/724 )
 この新たな情報の出し方について政府や報道は「被害を少なくするための新たな制度の導入」という文言で説明していますが、その真相はいかがなものでしょうか。

 今回の制度によれば、南海トラフに起因する地震に関する「警戒情報」が出されることになります。「警戒情報」には「定例情報」と「臨時情報」の二つがあり、予兆があった場合には「臨時情報」が出されることになります。

 これ以前の制度はどうだったのでしょうか。

 以前は、大規模地震対策特別措置法に基づき政府が警戒宣言を出し、住民を事前に避難させ、鉄道の運行を止め、自衛隊などを待機させるなどの措置をとることになっていました。
 これは東海地震には予兆があり、それが予知できるという前提に基づいた施策でした。
 
 しかし、地震予知連絡会を中心に長く研究をしてきた結果、その予知は困難だという結論に達したため、制度を改めざるを得なかったのです。

 学者は官僚よりも正直ですので、分からないことを分かると言い続けることができなかったのだと思われます。
 
 一方、役人の方は40年間、様々に観測体制を整備し予算を注ぎ込んできて成果がないとは言えないので、「新たな制度」の導入などという表現でこの危機に臨む態勢を立て直そうとしているのでしょう。戦時中にガダルカナル島からの撤退を「転進」と発表したようなものです。

臨時情報が出たら国や自治体はどうする?

 さて、新たな制度では国が警戒宣言を出して様々な措置を取っていくということになっていません。
 気象庁が「臨時情報」を出すに留まるのです。
 臨時情報とはどのように出されるのでしょうか。

 この新たな態勢によって行われた訓練を見ると、「南海トラフ地震発生の可能性が平常時に比べて相対的に高くなっています。」というようなアナウンスになるようです。

 この「臨時情報」を受けて具体的な対応をとるのは市町村以下の地方自治体です。
 避難勧告を出すのか、あるいは準備をするように広報するのか、いずれにせよ市町村が担当することになります。

 私はこの市町村レベルの自治体の危機管理能力については当コラムにおいてたびたび指摘していますが(専門コラム「指揮官の決断」 No.093 防災に関する情報 https://aegis-cms.co.jp/1209 No..083 地方自治体の責任能力 https://aegis-cms.co.jp/1143 )、まったく信頼を置いていません。信じられないという点では「幽霊」の方を信じたいと思うほどです。
 市が配布しているハザードマップの津波の高さと浸水面積に疑問があったので根拠を訊きに行ったら、県の出した想定に基づくものなので市では分からないというびっくりするような答えが返ってきて、それでは県に問い合わせてくれるのかと思ったら、「知りたかったら県に聞いてくれ。」ということなのです。
 私の住む自治体の危機管理組織が極端にひどいのかもしれませんが、呆れるほどの責任感しか持ち合わせません。
 
 そのような自治体に、「臨時情報」を与えて、後は適当に措置せよという新制度はそもそも実効性がありません。
 臨時情報をどう解釈すべきかが分からないからです。

 平常時よりも危険性が高いということが、地震がどの程度切迫しているのかを示していないからです。
 私が市長でもどう判断すればいいのか迷うでしょう。

 南海トラフに起因する地震は歴史的に二つの大きな地震が連動して起こることが知られています。
 しかし、その連動の間隔が36時間だったり2年だったりするので、具体的なタイムフレームを示せないのです。

何が起きるのだろう?

 南海トラフに起因する地震の被害予想では死者32万人、経済的損失1410兆円と言われています。しかし、それは地震が発生し、津波が襲った後の話です。
 
 今回は、それ以前の「臨時情報」が出された場合に何が起こるのかについて考えます。

 気象庁が「臨時情報」を出したとします。
 各自治体が避難勧告を出そうかどうかと迷っている時にすでに事態は大きく動いてしまいます。

 買占めです。

 水、食料などの買い占めのパニックが起こります。コンビニやスーパーの店頭からは品物が一掃されます。
 地震の場合は台風と違って場所と時間の予想が困難で、しかもどの程度の長期間にわたるのかも予想できません。
 臨時情報が出ると、その地域の食料等の流通は完全に麻痺してしまうことが予想されます。

 避難用の車の燃料を手に入れようとする自家用車でガソリンスタンドには長蛇の列ができ、たちどころに在庫が無くなります。
 
 幼稚園や小学校には子供を迎えに行く親たちの車が殺到するでしょう。共稼ぎで迎えに行けないお母さんたちはパニックになりかねません。
 銀行にも現金を引き出しに来る人たちが多数来店するでしょう。ATMの現金などはアッという間に無くなるからです。

 海岸線を通る鉄道や路線バスは一部運休せざるを得ないのでしょうが、交通機関は平常通りの運行を続けるようです。しかし、情報をよく理解できない外国人観光客がパニックになるおそれがあります。

 沿岸部を抱える自治体は、避難勧告を出さないにしても避難所の開設を始めなければならないでしょう。避難所となる小学校や中学校の教育に支障が出てくることは避けられません。

 この頃、世の中はかなり騒然としてきます。SNSで様々な噂が飛び交います。
 曰く「地震雲が観測された。」「昨夜、飼い犬が異常な吠え方をしていた。」「〇×神宮の神官がこの日を予言していた。世は末法に向かう。」等々
 関東大震災の時も「朝鮮人の暴動が起きている。」などという根拠のないデマが飛び交い、そのために多くの朝鮮出身者が被害を受けました。現代はSNSでそれらの風評が極端な速さと広さで広がりますので、これを打ち消すのは困難です。
 
 
 自治体が避難勧告を出すという決断をしたとします。
 この勧告を受けて避難した人としていない人を自治体は把握しなければなりません。
 
 避難が始まった地域では空き巣の被害が出るようになります。中国の窃盗団などが一斉に動き出すはずです。津波警報と異なり、「緊急情報」の場合、実際に地震が起こるのは2年後かもしれないからです。
 そうなると、警察は避難住民の誘導や交通整理だけでなく、空き巣のための対応も取らなければならなくなります。
 
 さて、避難所を開設し、避難勧告を出した後、自治体に課された大きな課題は、いつ避難勧告を解除するかです。
 「緊急情報」が出されるということが何時間以内に地震が起きるということを意味しておらず、1年後かもしれないのです。
 おそらく避難所に2泊もして何も起きなければ帰宅する人が出始めるでしょう。
 そもそもまだ発災していない段階での避難の場合、災害対策基本法等の適用がないので、食料等を自分で準備しなければならないこともあり、数日を超えて長期に避難する人はあまりいないだろうと思われます。
 しかし、自治体が避難勧告を解除するということは、地元住民にとっては「安全宣言」が出されたと解釈されてしまうので困ったものなのです。
 

さて、どうしますか>

 このように実際に最大M9.1の地震が南海トラフで発生し、関東から九州に至る広範囲の地域が震度7の激震に襲われた場合に何が起きるかという話以前にいろいろな問題が一挙に噴出してくることがわかります。
 私たちは東日本大震災において世界が注目する冷静な対応を見せました。次に来ると高い確率で予測されているのは、この南海トラフに起因する地震と根室沖の千島海溝沿いが注目されている地震です。
 どちらが起きても相当の被害を覚悟しなければなりません。
 
 危機管理の基本は、最初の一歩で踏みとどまることです。
 どのような事態がいきなり生起しても、とにかく毅然と対応して踏み止まる、それができれば次の一手を冷静に打つことができパニックに陥らずに済みます。
 そのためには日頃の準備と心構え、覚悟が必要です。

 水や食料の買い占めなどがどの程度の期間続くのか想像もできません。
 そうであれば、それなりの備蓄とサスティナビリティの維持のための方策を立てておく必要があります。
 水や簡易な食糧は1週間分程度を備蓄し、その後は特別な調達方法を持っておくべきでしょう。
 遠隔地にいる親戚にコメなどの調達と送付をあらかじめ頼んでおくこともよいでしょうし、地方の農協から米やジャガイモなどを時折買って送ってもらっておくと、そのような場合にも「お得意様」として送ってくれることが期待できます。
 避難しなければならなくなった時にペットはどうするのかなどはあらかじめ考えておかなければなりません。犬や猫はボランティアの団体が駆けつけてくれる場合もありますが、鳥や魚、亀などになると別問題です。

やはり最後は覚悟の問題なのです

 このように考えていくと、常日頃から準備できることは意外に多いものです。

 あとは「覚悟」です。

 南海トラフに起因する地震が30年以内に発生する確率は、昨年、70~80%に上方修正されました。これを冷静に見ると、数年後に迫っているということではなく、今、この瞬間に起こっても何の不思議もないということが分かります。
 間違ってはならないのは、向こう30年以内が70~80%の確率なのであって、南海トラフに起因する地震自体の発生確率は100%なのです。
 プレートが動いており、重なり合う部分に圧力が溜まっている以上、それが弾けるのは 時間の問題であり、発災確率そのものは100%なのです。
 それが向こう30年以内に70~80%の確率ということは、次の瞬間に起きても不思議ではないということをしっかりと念頭においておくことです。
 起こると思っていないことが起こるとびっくりしますが、起きると思っていることが起きるとそれなりの心構えが無意識のうちにできていきます。

 私は当コラムで「覚悟」という言葉をあちらこちらで使っています。この覚悟が必要なのは軍人だけではありません。もっている者はわずかでしょうが政治家にも必要です。そして何より私たち一般市民にも必要不可欠です。

 その日はかならず来るのです。

 南海トラフのプレート境界面に圧力が溜まり続けている以上、これがズレて弾けるのは時間の問題に過ぎません。

 覚悟をもってその日を迎えるのか、覚悟なしに迎えるのかでは結果に天と地の開きが生ずるでしょう。難しいことではありません。現実を直視すればいいだけのことです。