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専門コラム「指揮官の決断」

第127回 

No.127 行政の反省

カテゴリ:コラム

役人が考える解決策

 千葉県野田市の10歳の女の子が父親の虐待を受けて死亡した事件で、野田市は弁護士や有識者によるスクールロイヤー制度の導入を決定しました。いかにも行政らしい解決法です。
 行政組織が事故や不祥事を起こすと、まず立ち上げられるのが第三者による事故調査委員会です。そして、その結論を得て、新たな制度の導入などが図られます。その結果として事故や不祥事は再び起こることになります。なぜこれらが繰り返されるのかが今回のテーマです。
 私は当コラムで繰り返し危機管理には専門家は不要であり、トップの覚悟が必要なだけだと申し上げてきております。そして、そのようなトップの覚悟なしに生まれた日本年金機構は必ずやまたとんでもない不祥事を引き起こすと予言しました。(専門コラム「指揮官の決断」No.123 覚悟の問題と不吉な予言 https://aegis-cms.co.jp/1432      ) 
 多分、野田市においても、同じ児童虐待の形をとるかどうかは別として、似たような性格の事故が今後起こっても不思議はないでしょう。なぜなら、この度の野田市の措置は、野田市長がトップとして真剣に改革に臨もうとする覚悟がないことを披歴しているからです。
 何故か。

 この措置が暗に表現しているのは、これまでこのような制度がなかったから、この事件が起きるのを防ぐことができなかったということです。つまり、現場の判断能力を超えていた事件だったということです。たしかに現場担当者が法的にはどのように考えるべきかを見失ったために起きた事件とも言えないことはありませんが、どう考えても判断能力を超えた案件ではありません。つまり本質を外した責任逃れです。

論点のすり替え

 私も国家公務員として30年勤めました。不幸にしてその半分以上の期間を本来の勤務場所であるはずの海上ではなく、東京で本当の役人暮らしをさせられたので行政官としての仕事についてはそれなりの経験を持っています。
 行政官の仕事は法律を実施することです。そして、そのために行政官は法律をしっかりと解釈できなければなりません。つまり憲法を頂点とする法律の体系をしっかりと理解し、自らが担当する分野に関する法律を熟知していなければならないのです。その上で、その法律を執行するに必要な専門的な知識・経験が必要です。
 しかし、行政官は必ずしも法律の専門家ではありません。一方で法律はかなり包括的かつ抽象的に記述されることが多いことも事実で、その解釈には法的な考え方の理解が必要になります。
 そこで法律が公布されると同時に施行規則や施行令が合わせて出され、条文の解釈や施行に必要な具体的な手続きが示されるのです。
 つまり、行政官が法律の専門家でなくともその法律を執行するに困らないように規則体系が出来上がっています。したがって、市の教育委員会や学校などの現場レベルで担当者が行政官として法解釈に悩まなければならないような状況はまずありません。
 野田市で起きた事件の問題は、法解釈の難しさではなく、単に担当者の責任感の欠如でしかありません。野田市の新たな制度はその問題点のすり替えでしかないのです。つまり、担当者が法的な問題で困らないように法律の専門家などの有識者のアドバイスを得るようにしたというのは、問題の本質を誤っており、問題の根本的原因(担当者の責任感の欠如)が究明されない結果、この種の事件は再発することになるのです。

現場に要求されるものは・・・

 私は海上自衛隊時代に海上幕僚監部の監査官として勤務したことがあります。また、いくつかの事故の調査員として事故原因の究明と再発防止策の検討を行ったこともあります。その時、私は事故を起こした部隊から上げられてくる報告書の中で、再発防止策に「基本の徹底、関係規則の遵守」などが記述されていると却下し、差し戻していました。
 「基本の徹底、関係規則の遵守」ができていないから起きた事故の場合には、それが再発防止策にはならないからです。基本が守られていなかったために事故を起こした部隊には基本を守る能力がないのであって、その部隊が基本をしっかりやりますといくら言っても信ずることが出来ないのです。なぜ基本を徹底できなかったのか規則を遵守できなかったのかを究明せずに解決はできないはずだからです。基本の徹底ができるのであれば、それをせずに事故を起こしたのは指揮官の職務怠慢だったということです。したがって私はそのような再発防止策を打ち出してきた部隊に対しては、「これを受け入れてやるがその代わりに指揮官を職務怠慢で懲罰にするぞ。」と申し渡していました。

 野田市も各部門のトップの覚悟や担当者の責任感が欠如したまま、法的なアドバイスを与える有識者などを決めても何の解決にもなりません。いかにも役人が考えそうな責任逃れの解決策です。

覚悟と責任感の裏付けが必要

 この組織を叩き直すのはそう簡単ではありません。野田市長はその困難な事業から目を背け、いかにも官僚的な解決策を打ち出してその場しのぎをしているとしか思えないのです。
 このコラムで私は繰り返して地方自治体の役人のレベルの低さについて言及していますが、それは個人の能力について言及しているのではありません。トップの覚悟と担当者の責任感にのみ言及しています。さすがに政令指定都市をはじめとする大きな市ではそれなりの職員が揃っていますが、私の地元を含め、小さな地方自治体の役人は、びっくりするほど不勉強で、根拠も知らず前例に基づいた仕事しかしていません。つまり自治体職員としての責任感など毛頭もっておらず、前動続行で何もなければいいなという勤務しかしていないのが実態でしょう。
 ある先輩から、お前の意見は極端だと注意されたことがあり、地方自治体にはしっかりと信念をもって勤務している職員も多数いることを忘れるなと言われました。私はそれを否定しません。しかし、それらの方々を遥かに上回る責任感や使命感の欠如した自治体職員をうんざりするほど見てきた経験から、彼らに期待することをやめてしまったので、私の地方自治体の職員に対する見方には強烈なバイアスがかかっており、自分でもしっかりと自覚しています。その上で会えて申し上げておきます。地方自治体の役人に期待をしてはなりません。

 何度も何度も繰り返して申し上げますが、覚悟と責任感のない行政に危機管理はできません。逆にそれさえあれば十分な危機管理ができるはずです。
 皆様のお住いの地方自治体について、その職員が信頼に足る仕事をしているのかどうか、窓口でもすぐわかりますので、そのような目で一度ご確認いただく必要があるのではないかと思っています。