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専門コラム「指揮官の決断」

第144回 

問題を先送りにしていないだろうか

カテゴリ:コラム

危機管理の観点から見てみましょうか

7月1日、改正健康増進法が一部施行され、受動喫煙対策が新たな段階に入りました。

当コラムは危機管理の専門コラムなので社会一般の話や政治などについては基本的に関心を持たないのですが、この法律の施行は危機管理の観点からも一考に値する問題を内包しますので、少しその内容を考えてみます。

法律は読むのが面倒なので簡単に説明します。

今回は全面施行ではなく、まず優先度が高いであろう学校・病院・行政機関などを第一種施設と分類し、敷地内禁煙としたものです。

ただし、敷地内の屋外に受動喫煙を防止するために必要な措置をとった場所を喫煙場所として指定することは許可されています。これを特定屋外喫煙場所と呼びます。

来年の4月になると全面施行となり、上記に加えて事務所、工場、ホテル、鉄道、旅客船などの第二種施設が原則屋内禁煙となります。

ただし、こちらも喫煙専用室などを設けた場合には喫煙が認められます。

この法律はこれまで各県などで条例で定められた路上喫煙防止などに関する規則に比べて罰則が強化されている点に特徴があります。

法令違反の飲食店などには最高50万円、違反して喫煙する個人には最高30万円の罰金が科せられるようです。

政府の発表によれば、これで受動喫煙対策が大幅に強化されるのだそうです。

私は政府のこの見解を全く信じていません。

問題の解決になるんでしょうか

施行された第一種施設に関する施策はすでにほとんどの対象施設で実施されています。しかし、その結果が疑問なのです。

東京都庁は一早く取り組んで都庁の敷地内では喫煙ができません。ひょっとすると職員用には陰圧にした喫煙室が設置されているのかもしれませんが、少なくとも東京都庁内で私たちが受動喫煙の被害に遭うことはありません。

しかし一歩敷地の外に出て隣の中央公園に足を踏み込んだとたん、そこに設けられた喫煙所から流れ出てくるタバコの煙にむせかえってしまいます。

庁舎で喫煙ができないので、都の職員もこちらにいるようです。さすがに名札は外しているようですが、昨年都庁に用事があって出かけた際、私が出向いていた部屋にいた職員二人が私の前を歩いていき、そのまま外へ出て中央公園に入るなりポケットから煙草を取り出して吸う準備を始めたのを後ろから見たことがあります。

勤務時間中にこれだけ離れたところへ煙草を吸いに来るのだから、都の勤務時間の管理はどうなっているのだろうかと疑問に思いました。

私の地元鎌倉でも問題があります。

鎌倉駅の西口(通称裏駅)にはタクシーが客待ちをしたり、一般車両が駅へ人を送り迎えしたりする際に入ってくるロータリーがあり、その横に時計台がある小さな広場があります。

待ち合わせに使われたり、ボーイスカウトが集合場所にしたりする場所ですが、その時計台の裏が喫煙所となっています。

凄まじい数の喫煙者がそこでタバコを吸うために、風向きによっては広場全体にタバコの煙が流れてきて、とてもではありませんがそこで一休みなどする雰囲気ではありません。

敷地内での喫煙を禁止しても、敷地の外で喫煙するだけで問題の解決になっていないのです。

何故根本的に解決しようとしないのだろう

敷地の外であっても公共場所では喫煙が禁止されているところが多くなり、喫煙所が設けられるようになりましたが、この喫煙所には設置基準がなく、その日の気象状態によっては傍を通るだけで凄い匂いに悩まされるところが少なくありません。

つまり、煙草を吸うこと自体が禁止されない限り問題は解決しないのかもしれません。

喫煙に関しては健康に害があることは医学的に証明されているようですし、さらに問題なのは喫煙者以外にも受動喫煙で健康被害を与えることです。

喫煙者以外の健康にさえ害を与えることが証明されているのであれば、それを全面的に禁止しない方が問題かと思っています。

かつて、問題の先送り、前例の踏襲、責任の回避は役人の三種の神器であると述べたことがありますがこの改正健康増進法の施行というのは、役人がよくやる典型的な問題の先送りでしょう。

敷地内での喫煙を禁止しても敷地外での喫煙が行われるだけなので問題は何も解決していないのです。むしろ、都庁の例でも分かるように、子供やお年寄りなどが憩いに来る場所であるはずの公園に煙が漂うことになるだけなのです。

このように目の前の問題を何とかしのいでその場を繕っていくという態度は役人がよくやる手ではありますが、危機管理においてはあってはならない態度です。

その場しのぎは根本的な解決ではないので、例えて言うならば火事でとりあえず鎮火させたものの、くすぶっている状態を放置したまま次の現場に行ってしまうようなものです。

たしかに次々に類焼していく場合、そのような措置を取りつつ対応しなければならない場合もあるでしょう。それはケースバイケースです。

しかし役人の場合はそうではなく基本的なスタンスが問題の先送りなので、次の問題に取り組んでいるときに後ろから火の手が上がってどうにもならなくなるという状況に追い込まれることはよくあります。

社会保険庁が典型的な例です。

これが危機管理上の問題となる

危機管理上の事態において、最も判断が難しいのがこの状況です。つまり、とりあえず目の前の問題を何とかして別の問題に対応するのか、別の問題がますます危険な状況になりつつあるのを横目で見ながら目の前の問題の根本的解決をはかるのかという問題です。

経済学ではトレードオフの関係と呼びますが、どちらかを取ると反対の選択肢を取ることができなくなってしまうので、この意思決定が危機管理上の最大の難問と呼ばれます。

しかも現実の危機管理上の事態においてはこのような状況に追い込まれることがむしろ普通かもしれません。

危機管理上の事態においては危機が単独で襲いかかってくることはあまりなく、二正面対処をさせられることは珍しくありません。

とりあえず問題を先送りする態度が身についていると、この二正面対処などは当然できるものではありません。

常日頃から身の回りに起きる様々な問題への対処や社会において起こっている様々な事象について、それがとりあえずの対応なのか根本的な対応なのかを見極め、本当にそのような対応でいいのかどうかを自分の頭で検証する習慣を身につけておくことが重要です。

本腰で取り組まない理由

さて、健康増進法に話を戻します。

なぜ喫煙自体が禁止されないのかを考えると、どうも理由は二つあるようです。

一つは煙草を嗜好品として楽しんでいる方の人口がまだ相当数あり、これを一律禁止にするとその影響が極めて大きいことでしょう。

喫煙人口が決して無視できない規模で存在し、喫煙の全面禁止の法律を提案すればその政権は選挙で不利になりかねません。

つまり、国民の健康被害よりも選挙の票が大切なのでしょう。

もう一つの理由は、煙草の担税力の大きさです。

歴史的に煙草は国の専売品として大きな収入源となってきました。現在でも消費税ではない特別税が課され、その担税力は侮ることができません。

しかし、担税力に関しては喫煙のもたらす健康被害にかかる医療費を割り引いて考える必要があります。しかもこれは私たちが支払う保険料から支払われていることも無視できません。

提 言

解決策は多々あるかと思います。

一つは煙草の持つ担税力をもっと強化することです。

世の中が昭和の時代に比べて大きく禁煙のトレンドに向かっている現在にあって、まだ喫煙の習慣のある人たちは、ほとんど中毒になっていて止めたいと思ってもやめられないという方が大半かと思われます。

それであれば煙草に課す税率を引き上げ、一箱1000円くらいになるような懲罰的課税を課しても、多分中毒の人たちは買い続けるでしょうし、そうでない人は喫煙という習慣に染まることがないはずです。

嗜好品をそのように扱うことに問題があるという議論があることは承知しています。

しかし、これは健康被害をもたらす嗜好品であり、それが保護されなければならないというのであれば、アーティストにとっての覚せい剤や麻薬なども保護されるべきということになります。

それどころか、覚せい剤や麻薬は本人の健康は蝕みますが他人の健康は蝕みません。

アルコールも同様でしょう。酒好きの人が勤務中に席を外して飲酒することは認められないのに煙草は許可されるのが理屈がとおりません。私はコーヒーがないと仕事が進まないのですが、勤務中にスターバックスに行くことが許可されるとは思えません。

なぜニコチン中毒者だけが特別扱いを受けるのか、どなたか合理的な説明をしていただきたいと思います。

人事制度や勤務管理の制度についても見直すべきものが多々あるかと思います。

米海軍では20年以上前から士官の人事考課において喫煙の習慣のある者が一定の減点評価をされていました。士官であるにもかかわらず自らを規律することができないという評価でした。つまり、喫煙に関して性悪説に基づいた評価がなされていたということです。

しかし、わが国では喫煙者の人権は逆に保護されています。

かつて私はある基地において物品管理の責任者として基地の様々な物品の管理や調達にあたっていたことがありました。

ところが、当時の国の施策であった分煙のための吸煙器の調達を拒否して司令部で問題となり、司令部の調達調整会議の席上、冬季は氷点下5度などは珍しくないその地方においても「喫煙したいものは外で吸え」と主張し、いくらなんでもそれは民主的でないと司令部幕僚から指摘されたことがありました。

私は机を叩いて立ち上がり、「やかましい、軍隊に民主主義はない、喫煙者に人権はないと思え。」と発言して物議をかもしたことがありましたが、当時から米海軍は喫煙者には厳しい態度をとっていたのです。

(以前にメールマガジンでこの頃のことを書いたことがあります。メールマガジン「指揮官の休日」No.056 軍隊に民主主義はない! https://q.bmv.jp/bm/p/bn/list.php?i=aegismm&no=all&m=82 をご覧ください。)

エジプトのアレクサンドリアの街を歩いたことがあります。

街のあちらこちらに日本で言えば喫茶店のような店があり、薄暗い店内で多くの人々がうつろな目をして水煙草を吸引していました。

日本でもそのような店の営業を許可し、それ以外での喫煙を一切禁止してしまえば、そのような煙草を吸うための店か自宅以外での喫煙がなくなり、非喫煙者が迷惑を受けることがなくなるでしょう。喫煙者も喫煙が全くできないのではなく、自宅でも街でも堂々と吸うことができ、かつ、営業許可と煙草の販売による税収も期待できます。

問題の本質はここに

ちなみに、私は海上自衛隊においては煙草を吸うこと自体を禁止したことはありません。

いくつかの部隊で喫煙所を廃止したりしたことはありますが、煙草を吸っていいですかと尋ねられてダメと言ったことはありません。いつでも「どうぞ」でした。

しかし、私は煙草を吸っていいですかと尋ねられて「どうぞ」と答えたのでした。

「どうぞ」と言われてホッとした相手は、いかにもうまそうに吸い込み、「ハーァ」と言って吐き出すのですが、次の瞬間、「誰が吐いていいと言ったんだ?」と言われて驚愕することになります。

私にすれば吸うのはいくら吸って頂いても結構なのですが、目の前でその煙を吐かれるのが困るのです。

煙草を吸う方にはこの本質的なことを理解していただく必要があります。

喫煙者が煙草を吸いこんで癌になろうがどうしようが私にはどうでもいいことなのです。

私は煙草を吸うなと申し上げているのではありません。

煙を吐くなと申し上げているのです。