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専門コラム「指揮官の決断」 

No.158 腐った組織を立て直すには:日本航空再生への道

呆れかえった会社

 日本航空が飲酒不祥事の頻発を理由に航空法に基づく事業改善命令を受けました。同社は昨年末にも同じ理由で事業改善命令を受けています。
 1年の間に同じ理由で二度の改善命令を受けるということ自体が信じられないのですが、その理由が乗務前飲酒をやめられないという低レベルのものであることがもっと信じ難いことです。

 日本航空は昨年、ロンドンで副操縦士が酒気帯び状態で乗務しようとして逮捕されるというスキャンダルを起こして事業改善命令を受けていますが、性懲りもなく今年になってから立て続けに3件の乗務前飲酒によって操縦士が乗務できないという事態を現出させています。
 
 このことが示すのは、乗務前の飲酒は日本航空においては常態化しているということです。運航乗務員の服務規律が弛緩しきっているので、相互の牽制がなされず、機長と副操縦士が一緒に前日の夕食時に酒を飲み、その影響が翌日のフライト時まで残ってしまっているのです。

 運航乗務員の規律がしっかりしていれば、少なくとも前の晩だけはノンアルコールで食事を済ませるとか、あるいは飲むにしても食事を進めるための飲酒に止めるはずです。
 「これくらいにしておこうか」とか「明日はフライトだからノンアルコールビールで我慢しよう。」などと機長が副操縦士を教育するどころか、一緒に飲んでいるのです。
 一緒に飲んでいるだけではなく、搭乗前の検査をいつもすり抜けていた機長もいたほどです。
 そのような相互牽制が働かない日本航空の運航本部は組織そのものが腐っている状態であり、これを立て直すのは容易ではありません。

この会社を立て直すことは困難

 
 当コラムは組織論を立脚点として危機管理に言及しており、様々な危機管理上の問題を組織論のフレームワークを使って考えることが多いのですが、その組織論の観点から申し上げると、この組織を再生することはできません。

 ペンキの缶を思い描いて頂きたいと思います。
 白のペイント缶の蓋を開け、スポイトで一滴だけ黒いインクを垂らします。
 たちまち白かったペイント缶は灰色に変わってしまいます。
 そのペンキの缶に慌てて白いペンキを注いでも白には戻りません。
 これをほとんど元の白さに戻るまで白ペンキを注ぎ続けるのには膨大な費用と時間がかかります。

 つまり、元の白さに戻すのは事実上不可能です。
 まして日本航空の場合、元から乗務前飲酒が常態化していたのですから、元に戻すだけでは問題は解決しないのです。

 そもそも、前回の事業改善命令を受けて出した報告書には
  飲酒対策を組織的に管理する体制の構築
  アルコール検査と運航乗務員への処分の強化
  飲酒に関する不適切事案を未然に防止する仕組みの構築
  運航乗務員に対する意識改革の早急な実施
  全社員(JAL グループ全社員)に対する飲酒に関する安全意識の再徹底ならびに法令および規程などの遵守に係る教育
  と記載されていたはずです。
 
 しかし、それが機能せず、やすやすと再発を許してしまいました。

 それがなぜなのか、組織論の観点から考えてみます。

風土は変えられない

 組織には文化と風土と伝統があります。
 組織の問題を考える時、この三つを必ず考慮に入れなければ問題は解決しません。
 
 このうち伝統は組織構成員が長期間をかけて必死なって作らなければまともなものになりませんが、これが壊れるのは一瞬です。
 
 また、文化は組織の誕生から時間を経ると黙っていても出来てきますが、これは内部の制度や儀式の方法などを変えると意外に簡単に別物に生まれ変わってしまいます。
 
 しかし、最後に残った風土はそう簡単に変わることはないというのが、組織論研究者の共通理解です。
 それはちょうど先に述べたペンキ缶の例のように、一度他の色が混ざってしまうと元に戻らないのと同じです。
 
 日本航空が二度も同じ理由による事業改善命令を受けたのは、この風土が変わっていないからです。
 この風土を変えない限り、日本航空は何度も同じ不祥事を犯し続け、ついにはそれを原因とする大事故を起こすことになるでしょう。
 
 なぜ、風土を変えることができなかったのでしょうか。
 日本航空が出した対策が「掛け声」だけであり、風土を変えるほど抜本的なものではなかったからです。
 
 どうしてそう言い切れるのでしょうか。
 報告書に記載された改善点や対策の概要が会社を揚げて何か月もかけて検討しなくても、机の上でちょっと考えれば5分くらいで書ける項目でしかないからです。
 「飲酒対策を組織的に管理する体制の構築や飲酒に関する不適切事案を未然に防止する仕組みの構築」などは、むしろ、それまでそのような体制が取られていなかったのかとびっくりするくらいの話ですし、「運航乗務員に対する意識改革の早急な実施」などは「掛け声」だけの話です。私はこの報告書の骨子が報道されたとき、日本航空は同種の問題を再発させると確信しました。
 
 風土を変えるほどの改革をするのであれば、読んでいて「エーッ」と思うほど、「そこまでやるか。」と驚くほどの内容が記載されなければなりません。
 つまり、航空会社としてみっともなくて社員が外を歩けないようなスキャンダラスな不祥事を起こしているにも関わらず、社長以下誰もそれだけの覚悟をもって改革に当たらなかったということです。
 
 なぜ日本航空の内部事情に詳しいわけでもない私が簡単にそのように断言できるのか。
 
 日本航空は飲酒に関する内部規定の根本部分を変えていません。乗務開始12時間前からの飲酒禁止規定をそのまま残しています。
 その結果、乗務開始の13時間50分前までに350mlの缶ビールを二缶夕食時に飲んだ機長が呼気検査で規定値以上のアルコールが検出されて交代となったりしています。
 
 つまり、それほど大酒を飲まずとも12時間だとアルコールが残るおそれがあるのです。
 内部規定では「12時間以前であっても乗務に支障を及ぼす飲酒をしてはならない。」と規定されているそうですが、私だって350mlの缶ビール2缶でゆっくり一晩寝て、操縦に支障があるとは思わなかったでしょう。(ちなみに私たちは前日は飲みません。これはアルコールが残るとか残らないという問題ではなく、明日はフライトだという気持ちの準備のためです。自分が操縦するのでなくとも、仕事で乗務する際には同様です。)
 
 アルコールがどの程度体内に残留するかは、個人によって異なりますし、また同じ個人でもその時の体調や様々な要因で異なります。つまり、どの程度の飲酒量ならいいのかを医学の素人に判断させることが間違いなのです。
 これを乗務開始24時間以内の飲酒を禁止すれば、よほどの大酒を飲まない限り残ることはありません。
 その規定は遵守不可能な非現実的な規定ではありません。たった一日飲まずにいられないとすればそれはアルコール中毒なので、乗務以前に病院へ行くべきです。
 国際線などでは到着の翌日に同じクルーが帰り便を運航しますが、そうなると3日以上飲めない日が続くことになります。しかし、背中に数百名を背負って飛ぶパイロットがそれを我慢できないのであれば、そもそもプロとしての適格性に疑いを持つべきです。
 
 海上自衛隊はドライネイビーと呼ばれ、艦内での飲酒はできません。
 1週間程度の洋上での訓練など珍しくなく行われていますので、この間、自動的に禁酒となります。海外派遣任務ではなく、国内で訓練中でももっと長く洋上に留まることがあります。
 私の経験では、42日間無寄港の訓練がありました。洋上で補給艦から燃料や食料を受け取りながらの猛訓練で40日間缶ビールもワインも無しの生活でしたが、それが私たちの仕事でした。そういうものだと思っていたので、特に苦痛だとも思いませんし、強制的に休肝日が設けられるのはいいかもしれないなどと冗談を言っていたくらいです。(その代わり母港に帰った日の晩はすごいですよ。40日間小遣いの使い道がなかったということもありますが、砂漠に水をまくような勢いでアルコールを消化してしまいます。次の日のダメージも半端ではありません。)
 プロとはそういうものです。プロとして受け止めなければならない現実は済々と受け止めることができなければなりません。日本航空の操縦士たちは意識の上ではプロではありません。

 要するに日本航空の経営陣は操縦士が酒気帯びでコックピットに座ることができない事態が起きているということに末期的な危機感を抱かなかったのです。それで12時間前の規定がそのまま放置されたのです。
 
 元々大きな組織においては、経営陣の思いを末端にまで浸透させるのは並大抵のことではありません。経営陣がどのような危機感を持っても、大きな組織では末端までその危機感が伝わることはないのですが、そもそも経営陣の危機感が中途半端であれば伝わるはずもありません。
 

どうしても立て直したいのなら

 それではこの組織を再生させるにはどうすればいいのでしょうか。

 先のペンキの例を思い起こして頂きたいと思います。
 元の色に戻すには相当量のペンキを流し込まなければなりません。
 それでも、完全に元の色には戻りません。特に日本航空の場合は、元々が白ではなくグレーなのですから、これを完全な白にするのは不可能でしょう。
 
 ペンキであれば、一度中身を捨て、缶を洗浄し、新しいペンキを入れ直さなければ白くはなりません。
 そのくらいのショック療法を行わなければ再生はできないことを経営陣は知らねばなりません。
 現体制での改革はできないことを彼らは認識すべきです。事実、全社を挙げて取り組んだはずの成果が一年間に二度の同一理由による事業改善命令なのですから。

 日本航空はこのような事態をすでに経験したはずなのです。
 
 稲盛氏が無給で社長として乗り込み、徹底的な改革を行った結果、びっくりするほど短期に業績を回復させました。
 この時のあるエピソードを聞いたことがあります。
 最初の役員会の際、会議室で昼食に出された豪華な弁当を見て、稲盛氏はその弁当がいくらなのかを尋ね、列席した役員の誰もそれに答えられなかったことに激怒し、「だからこの会社は潰れたんだ。」と言い放ったとのことです。
 
 これが事実かどうかは承知していませんが、つまり彼はそれほど根本的なところからの改革を行ったということでしょう。実際に稲盛氏は羽田の整備場を訪れ、現場にあった部品棚のボルト・ナットの類の棚板にまで単価を記載したシールを張らせ、整備員に整備コストの意識を持たせたということです。

でも日本航空には無理でしょうね

 それくらいのショック療法が大きな組織を根本的に変えるには必要なのですが、それを日本航空の現経営陣に期待するのは無理というものです。それは前回の事業改善命令を受けて出された掛け声だけの報告書を見れば明らかです。
 
 事故でも不祥事でも同じなのですが、掛け声で再発が防止できると思ったら大間違いです。
 当コラムではかつてその分析を行ったことがあります。
 (専門コラム「指揮官の決断」No.131 何故事故の再発は防止できないのか https://aegis-cms.co.jp/1475 )

 今回の日本航空の問題ではトップを総員入れ替えるか、あるいは操縦士たちがショックを受けて、そんな会社ならもう勤めたくないと思うような改革を強力に推し進めるくらいの覚悟がなければ立ち直ることはできないことを経営陣は知るべきでしょう。
 関係役員には処分があるかと思いますが、どうせ減給10分の一三か月などに留まるのでしょう。
 役員全員が一年間給料を返上するくらいの姿勢が必要ではないかと思っています。それでも残って再生して見せるという覚悟を持った役員は日本航空に対する忠誠心や愛社精神が十分なはずです。そのような役員によってのみ再生は可能かと考えます。
 そのような踏み絵を踏ませなければ再生できないところまで腐っていることを日本航空は認識すべきです。

トップの覚悟がなければ

 ドラッカーというと「イノベーション」だと思い込んでいる経営コンサルタントが山ほどいますが、ドラッカーが「イノベーション」が最も重要と言い切った文章を私は読んだことがありません。
 実は彼が明文で経営者にとって最も重要だと言い切ったのは”sincerity”(誠実さ)です。経営コンサルタントの皆さんが大好きな『マネジメント』の中ではっきりと彼はそう語っています。同時に、” Trees die from the top “と述べ、部下の模範となるように尽くす覚悟のない者を経営陣に据えてはならないと言っています。
 
 日本航空の操縦士たちがプロとしての自覚を持っていないのは、経営者たちの態度が出鱈目だからです。トップが腐ったので末端が腐ってしまったのです。
 昔から軍隊では「勇将の下に弱卒無し」と言われていますが、逆もまた真なのです。
 操縦士たちがダメなのではなく、トップがダメなのです。
 運航乗務員の飲酒が問題となって改革をしなければならなくなったのであれば、その改革が実を結ぶまで自分たちも飲酒を一切しないくらいの覚悟を示さなければ末端はついてきません。

指揮官先頭

 海上自衛隊が帝国海軍から引き継いだ伝統の一つに次の言葉があります。
 
 「指揮官先頭、単従陣」
 
 これは縦一列の陣形の先頭に指揮官が立ち、自ら敵に向かって突っ込んでいくから後に続けということです。
 日露戦争における対馬沖の戦いで東郷提督が連合艦隊を指揮したやり方がまさにこれでした。敵の集中砲火をまず自分が浴びることを覚悟しなければなりません。
 
 旗艦三笠は逃げも隠れもせずに指揮官旗を高々と掲げ、司令長官坐乗艦であることを示しながら先頭に立ちました。
 当然、ロシア艦隊の艦砲射撃は三笠を集中的に狙い、旗艦三笠は袋叩きの状況になりました。
 その砲弾の嵐の中で東郷提督は露天艦橋の最も前に立ったまま動かずに指揮を執ったのです。
 
 この覚悟が日本航空の経営陣には見受けられません。
 

前途は極めて多難

 この会社がこれからどのように対策を取っていくのかは注視する必要がありますが、歩まねばならない道は険しく前途多難です。
 先にも述べたように、会社としての乗務前飲酒の問題が完璧に払しょくされ、何年間かにわたる禊が終わるまで役員総員が飲酒をしないくらいの覚悟をもって改革に当たらなければなりません。
 そのくらい極端、エキセントリックな対応をしないのであれば、この組織はまた同じ過ちを繰り返します。
 
 私は当コラムにおいて、年金機構はまた不祥事を必ず起こすと予言しています。
 理由は簡単です。
 年金機構が社会保険庁から改組されたとき、1万3千人いた職員のうち首を切られたのはわずか500人です。つまり、グレーになったペイントを捨てて白ペイントを入れ替えたのでも一生懸命白ペイントを注ぎ足したのでもなく、単にペイント缶を取り換えただけで、中身が変わっていないからです。
 日本航空もこのままでは年金機構と同様で、そう遠くない将来に同じ不祥事を再発させるでしょう。

 繰り返しますが、経営陣が尋常ならざる覚悟をもって想像を絶する努力を自ら先頭に立って行わない限り、この会社を救うことはできません。
 
 東郷司令長官の乗る旗艦三笠が袋叩きになっているのを見て、後ろの各艦は死に物狂いの戦いを展開したのです。その先頭艦のブリッジの上に立ち続けるだけの覚悟と実践でなければ末端は追従してこないことを経営者は知る必要があります。
 

 ちなみに、我が家の司令長官はこの日本航空出身で、さすがに古巣の惨状に心を痛めています。

 (写真は日本航空のPR用写真)