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専門コラム「指揮官の決断」

第159回 

地方自治体の責任能力 その2

カテゴリ:危機管理

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石巻市立大川小学校最高裁判決

先の東日本大震災に際し、避難途上で津波に巻き込まれて石巻市立大川小学校の児童、教員など84名が亡くなった事故に関し、最高裁判所が石巻市及び宮城県の上告を退け、この損害賠償裁判が確定しました。

この裁判については、高等裁判所の控訴審判決が出た際に当コラムで取り上げておりますので、何のことかと思われた方はそちらをご覧ください。

この裁判は一審二審ともに学校側の過失を認定しましたが、一審の仙台地方裁判所と二審の仙台高等裁判所の判断の根拠は異なっています。

仙台地方裁判所は地震発生後の学校の対応に過失があったと認定したのに対し、仙台高等裁判所は地震発生前のそもそもの対策を怠ったことを学校側の過失と認定しています。

一審では、学校側が同小学校が津波の際の避難所として指定されていたことを理由に津波の襲来を予想できなかったと主張したのに対し、判決は石巻市の広報車が小学校付近で津波が接近するので 高台に避難するよう呼びかけた時点で大規模な津波の襲来を予見できたとして、学校側の過失を認定しました。

一方、二審の仙台高等裁判所は地震発生直後の学校の対応に加えて、危機管理マニュアルの不備を放置した学校及びその指導責任のある市教育委員会及びハザードマップの基データを作成した県の責任を追及しています。

特に震災以前の防災対策において、大川小学校が津波の予想浸水地域外にあったことを理由に「津波の到達を予見できなかった。」と主張する学校に対し、「教師らは独自にハザードマップの信頼性を検討すべきだった。」と指摘し、さらに避難先を「近隣の空き地・公園等」とあいまいに記述していた危機管理マニュアルについて、学校側がより深く検討し、改定をしておくべきだったのに、それを怠ったと断じています。

最高裁判所は自らの判断を示さず、市と県の上告を退けたため、仙台高等裁判所の判決が確定したことになり、地方自治体の震災以前の防災対策の不備が糾弾されたことになります。

最高裁は判決で教員らは地域住民よりもはるかに高いレベルの防災知識と経験が求められると指摘しています。その上で大川小学校は石巻市のハザードマップでは津波の予想浸水域外だったが、校長らは大川小学校の立地などを詳細に検討すれば、被害を予見できたとして防災体制の不備を認めています。

何が起きていたのか

この災害で犠牲になった児童の親御さんたちの思いを察するといたたまれなくなります。

特に昔からの言い伝えに従って裏山に逃げたにもかかわらず学校教員に連れ戻されて亡くなった児童が多数いたことを考えるとなおさらです。

私はこの小学校を訪れたことはありませんが、卒業生である方の話を聞いたことがあります。小学校の裏山には緩やかな斜面があって児童は日常的にその裏山に入って遊んでおり、震災当日、津波が到達した高さまで登るのは、大人が駆け上がれば1分、子供が歩いても3分程度ということでした。

当日は雪が積もっていたらしいのですが、雪には慣れた地元の子供たちですから5分もあれば安全な高さに上がることができだろうということです。

学校内では教員が裏山に逃げるべきか留まるべきかで対立し、その間にも避難所に指定されているために避難してきたお年寄りなどがいて混乱が大きくなり、最終的に裏山ではなく、別の高台に向けて避難することになり、動き出したのが発災後40分を経た時点であり、この時点では防災無線が海岸線や河川には近づくなと呼び掛けていたにも関わらず、北上川の防波堤沿いに移動を開始し、学校から県道に出た直後、堤防を越えた津波に飲み込まれたのです。

この間の教員たちの判断の甘さは話になりません。

地震発生から津波が襲うまで50分ありましたが、大川小学校は校長が不在で指揮系統があいまいだったとの指摘がなされていますが、校長が不在なら教頭が指揮を執るのが常識であり、これは理由になりません。

一審の仙台地方裁判所が指摘したのはその判断の甘さでした。

ところが問題は、大川小学校がハザードマップ上では津波が到達しない地域になっており、したがって避難所に指定されていたことでした。

大川小学校は石巻市立の小学校であり、その教員たちは市の職員でもあります。

市の職員が市が出したハザードマップに従っていたのであり、むしろ問題は自分たちの判断で北上川沿いの高台に移動しようとしたことかもしれません。

ただ、小学校は2階建てであり、実際に襲来した津波には完全に飲み込まれてしまいましたので、ハザードマップどおりに校内に留まっていても犠牲となったことには変わりないのですが、それはそもそもハザードマップを作った自治体の問題ではないでしょうか。

最高裁は「教員らは地域住民よりもはるかに高いレベルの防災知識と経験が求められる」と指摘していますが、この判断には賛同できません。

小学校教員に何を期待しているのでしょうか。

そもそも市町村レベルの地方自治体の危機管理能力など呆れ果てるレベルでしかありません。

伊豆大島での土砂災害や鬼怒川の堤防決壊など市町村レベルの危機管理がびっくりするほど出鱈目で惨事が拡大した例は枚挙にいとまがありません。

前掲の記事でも指摘しましたが、私の住む自治体の危機管理担当課の職員は、市が出したハザードマップについて疑問点を質問しても答えることができず(難しい質問ではありません。津波の到達予想は何を想定に使っているのかを聞いただけなのです。)、「それは県の出した想定ですので県に聞いてください。」という回答なのです。自分たちで確認して「後でお答えします。」ではなく、「県に聞いた方がいろいろ教えてくれますよ。」という態度です。自分たちはそれを知らないことを問題とは思わず、市民から聞かれて答えられないのが恥ずかしいとも思っていないのです。

それが私の住む地域だけの特異な状況であればまだいいのですが、私の知る限り、政令指定都市くらいになれば別ですが、そうではない地方都市ではドングリの背比べでしょう。

自治体職員が皆やる気がなく能力もないと申し上げているわけではありません。

地元のために一生懸命に仕事をしている多くの職員がいることを百も承知です。しかしあえて申し上げますが、自分と家族の生命を守りたいと考えるなら、市町村レベルの職員に危機管理能力など一切期待しない方がいいかと考えます。

市役所の危機管理担当者に危機管理を期待できないのに、小学校の教員に「地域住民よりもはるかに高いレベルの防災知識と経験」など求められるはずがないのです。

もしそれが当然に求められるのであれば、採用試験にそれが当然に出題されていなければなりません。

責任能力のない者に責任を追及できないというのは法の常識です。

もし、大川小学校の教員たちに責任を求めるのであれば、その責任能力を認定しなければなりません。そして認定したならば、少なくとも裏山に逃げたにもかかわらず連れ戻された児童については業務上過失致死を認定して刑事処分を行う必要があることになります。

ハザードマップでは津波は襲ってこないはず

繰り返しますが、市が示していたハザードマップでは大川小学校には津波は到達せず、むしろ避難所になっていたのです。

市の職員である教員たちがそれに従って避難を躊躇ったことを非難できません。

これが自衛隊であれば現場指揮官が独断専行の行動を取らなかったことが非難されることになります。

独断専行についてはすでに解説していますので、そちらをご覧ください。
専門コラム「指揮官の決断」No.067 「独断専行」の意味 https://aegis-cms.co.jp/1030 )

軍隊における指揮官は、与えられた命令の想定する状況と現状が一致していないことを看破したならば、直ちに自らの判断で適切な行動を取ることを期待され、そのように教育され、訓練を受けています。

この場合、受けた命令を遵守して敗北を喫した指揮官は免責されません。

それが独断専行であり、世の中の多くの評論家や大学教員の考える独断専行は「暴走」であり、本来の意味が誤解されているのですが、とにかく、市立小学校の教員にそのような本来の意味の独断専行が期待できるはずはありません。

少なくとも私の地元自治体では危機管理担当課の職員にすらそのような措置は期待できません。

一体、最高裁は市立小学校の教員をどのように想定して判決したのでしょうか。

「教員らは地域住民よりもはるかに高いレベルの防災知識と経験」を持っている、あるいは持つように努力するような教員たちを想定しているとすれば、最高裁裁判官の世間知らずこそ問題視されねばならず、次回国民審査において糾弾されるべきでしょう。

判決を受けた村井宮城県知事が「現場にとってはとても重い判決である。」というコメントを出しているのはそのことです。

今後、地方自治体は地域住民よりもはるかに高いレベルの防災知識と経験を持った市立小学校の教員を採用し、あるいはそのような人材に育てなければならないのですから、自治体の長としてはそのように受け止めざるを得ないのでしょう.

村井知事は元航空自衛隊の幹部自衛官です。独断専行の意味も危機管理の困難さも熟知しています。最高裁の判断を受け止めることが恐ろしく大変なことを一番よく知っている知事かもしれません。

NHKのおかしな解説

なお、この最高裁判決を報道したNHKのニュースにおいて、その解説をした解説委員は「最高裁は自分の判断を下さずに高等裁判所の判決を継承した。できれば、自ら危機管理の指針となるような何かを示してほしかった。」と解説しました。

この解説委員は三権分立が何を意味しているのかをほとんど理解できていないのでしょう。

最高裁に危機管理の指針など示せるはずがないのを知らないのでしょうか。

司法の役割は個別具体的な事件に法を適用して終局的に裁定することであり、行政が行う様々な作用に関しての一般的な指針を示すというのは司法権を逸脱しています。

一般的抽象的な法規範を定立し、行政を指導するための理念などを確立するのは立法府の役割です。

それゆえ、司法は行政の専門性を尊重し、個別具体的な事案について根拠となる法を適用して判断するに留まるのです。

危機管理の専門家でもない最高裁判所に一般的な指針などを示す能力があるはずもなく、もし最高裁がそれを示して最終的な司法判断だなどといい始めたら大変なことになることをこの解説委員は理解していないのでしょう。

解説委員の解説だからといって真に受けてはなりません。 

私はNHKが少なくもこれは正しいのだろうなと思っているのは「時報」だけです。

しかし、NHKの時報を頼りにすることはありません。ジョギング用に980円で買った電波腕時計で正確な時間を確認しています。