専門コラム「指揮官の決断」
第160回関西電力に原子力発電所を管理できるのだろうか
時代劇みたいなことが本当に行われているんですね
関西電力の経営幹部が長年にわたり地元町役場の助役から賄賂を受けていたことが明らかになりました。その額は3億円を超え、受け取った役員は20人に上ると言われています。
当コラムは危機管理の専門コラムですので、社会問題として取り上げるつもりはありませんが、危機管理の面から見ても興味を惹かれる事件です。
報道によれば、贈賄側の福井県高浜町の元助役(故人)から渡されていたのだそうですが、お菓子の箱の底に金貨が敷き詰められているなど、今時時代劇でしか見ることができないような馬鹿馬鹿しいやり方だったようです。
問題はこの助役が顧問をしていた会社に関西電力の多くの工事が発注され、公然と特別扱いされていたことです。要は単なる贈収賄事件であり、金額が異常に高いという異常性と受け取った側が要求したものではなく、貰って困ってしまい、返そうとしても受け取ってもらえないという点が特異です。
受け取っていた経営陣の言い分としては、贈賄側の助役が特別な性格で、うっかり断ろうものなら激昂して話にならず、以後の地元との調整ができなくなるということなのですが、これは死人に口なしなので、その真偽のほどは不明です。
利権が絡むと凄い圧力がかかるのは事実
ただ、単なる推測に過ぎませんが、彼らの言っていることは私の経験上も理解できないではありません。
かつて海上自衛隊の制服を着ていた頃、地方総監部で毎年度1200億円を超える国家予算の支出負担行為担当官として勤務したことがありました。この時は同時に予算規模で数百億円の契約担当官でもありました。
この契約担当官に対する地元や業界のプレッシャーはすさまじいものがあります。
契約担当官という配置は、部隊からの調達要求を審査し、必要であればその物品や役務を調達するための調達方式を検討し、予定価格を算出し、公示を行い、そして入札に付すという一連の手続きを淡々と行わなければなりません。
この場合、単に仕様書を提示して入札させ、その中で最も安価な価格を提示した業者と契約すればいいかというとそうではありません。
防衛省には「訓令1号」として有名な訓令があり、「地元経済に配意する。」という原則があります。
つまり、調達方式を検討し、入札方法を決めるに際し、安ければいいというものでもなく、地元経済の健全な発展に寄与できるかどうかという点も考慮しなければならないのです。
単純に入札を行うと中央の大きな競争力のある企業が取ってしまい、地方の零細業者が落札することができないという事態が生じかねません。そこで、企業を資本や収益規模などの基礎体力の観点から6段階に分類し、入札ごとに資格を指定して、零細企業と大企業が一騎打ちになるような事態を避けるのです。
その入札方法を決定するのが契約担当官であり、そのさじ加減一つで応札できる企業が変わってしまいますので、そこに凄まじいプレッシャーがかけられるのです。
露骨なのは、どう考えても一般競争により入札させるべき案件をある特定の数社だけが入札できるようにという要求だったり、もっとすごいのは随意契約にしろという要求だったりします。
このため、契約担当官はうっかり街でスキャンダルなどを握られると大変なことになりますので、いくら親しくとも特定の企業の方と飲食をともにすることなどはできません。李下に冠を正さず、瓜田に靴を直さずという臆病さが必要です。
ゴルフのお誘いどころか、街で出会って立ち話も控えなければなりません。
しかし、業界もしたたかで、OBを起用したり、国会議員や地方議員を担ぎ出したりしてあらゆる圧力をかけてきます。
国政の政治家が質が悪いのは内局との関係をちらつかせて人事に言及したりすることです。
ただ、皆様が想像されるほど、この圧力はかわすのが難しいものではありません。省庁の体質にもよるかもしれませんが、防衛省の場合、それらの圧力を跳ね返したからといって直ちに人事に手が回ってどこかへ左遷されるなどの処遇は経験したことがありません。
海上自衛隊ではむしろ、評価されることの方が多かったように思います。
なぜなら、それがボスの経歴に汚点をつけず、自衛隊の名誉を守るからなので、契約担当官としても不当な圧力と公然と戦うことができたのです。
もちろん、それらOBなどの意向を忖度する者がいないとは言いませんが、しかし、違法な業務にまで手を伸ばすことはまずありません。
お疑いであれば、過去50年くらいの会計検査院の国会への報告書をご確認ください。検査院の指摘の性質が他省庁と全く異なることにお気づきになるはずです。
圧力の中で地元自治体からの圧力は最悪
ただ、始末に悪いのは今回の関西電力の事案が示すような地元対策です。
地方への偏見ではないのですが、地元対策は都会より地方都市の方が担当者の属人的な性格が問題となることが多く、規則などに照らして淡々と業務を進めることができないことが多々あります。
かなり以前ですが、地方都市にある部隊で調達業務を担当したことがありますが、この時に驚いたのは、地元のある業者の団体で、私の名前が勝手に使用されて談合の枠組みが形成されていたことでした。要するに官(この場合は私)の依頼によりある有力業者がその分野を仕切るので、参入業者はその枠組みに入るようにと言われていたようなのです。
その仕組みに気づいた私は直ちにその会社の番頭を呼びつけて向こう半年間の出入り差し止め、入札資格の停止を申し渡したのですが、その後の市会議員や市役所からの圧力はびっくりするほどでした。
市役所に出てこいというので用事があるのならそちらから来いと伝えると、たちどころに他の部門の業務調整が止まり、仕方なしに出かけると激高した担当部長が「お前はこれまで自衛隊に協力してきた地元を無視するのか。」と詰め寄ってくるという始末です。
その役所には特異な性格の管理職はその部長だけだったのですが、逆にどこに行っても一人くらいはそういう小役人がいたものでした。
国会議員などが人事をちらつかせながら圧力をかけてくるのは無視すればいいだけなので困らないのですが、地元との業務調整ができなくなるのは困るのです。
どうも、地方自治体は小さくなるほど権力を誇示したい管理職が多くなるのではないかというのが私の感想です。
地域に根差して一生懸命振興策を日夜考えている方もたくさんおられ、そのような方々もあらゆる機会を使って私たちにコンタクトを図ってきます。
そのような方々は会えばすぐ分かるので、私たちもよく相談をさせて頂いています。同じ予算を使うのであれば、地元に喜ばれる使い方をした方が、いろいろな施策の実施に当たり地元の協力を得やすくなるからです。
しかし、一方で、典型的な「地方の権力を誇示したい小役人」というタイプの方も地方には多数存在することも経験的事実です。
覚悟と知恵があれば圧力は跳ね返せるはず
関西電力は私たちのような公権力ではないので、もっと立場は弱かったかと思います。
下手に戦うよりも、おとなしく受け取っておいた方が地元対策として何倍も簡単だったのだろうと思います。
そういう意味では関西電力の経営陣も気の毒なのかもしれません。
ただ、それでも経営陣の申し合わせで供託しておくとか、基金を作って地元に還元するなどの手はあったかと考えます。
先にも申し上げましたが、年間1200億円を執行する支出負担行為担当官と数百億円の契約担当官として様々な圧力と闘った経験から申し上げれば、地元自治体の押しの強い小役人の一人二人を相手にするのはそれほど大変なことではありません。
自分の使命をしっかりと見据え、そのための知恵を必死になって出せば、後は覚悟の問題です。
正義は我にあるのですから。
知恵も覚悟もない経営者に危機管理はできない
問題はこの電力会社が原子力発電所を持っているということです。
地元町役場の助役の恫喝に対し、歴代経営陣が対応できないという程度の覚悟と知恵しか持ち合わせていない経営陣に原子力発電所など任せていいのかどうか、不安が募る一方です。
繰り返しますが、利権が絡む事業には強烈な圧力がつきものです。そして、それは国会議員だったりその組織のOBだったり、ハニートラップだったり、ありとあらゆる形で現れてきます。
その中で一番始末が悪いのが地元自治体が絡んでいる場合です。
しかし、担当者の覚悟と知恵次第でそれらはどうにでもすることができます。
自らの保身を天秤にかけると何もできなくなるのですが、それは覚悟の問題に過ぎません。
知恵は必死になって絞れば出てきます。もし歴代の経営陣と現役20人のトップ層が寄ってたかってその知恵が出せなかったのであれば、そのような連中に原子力発電所の運営など任せることは危険です。
覚悟と知恵の無い者に危機管理はできないのです。