専門コラム「指揮官の決断」
第163回都道府県よ、お前もか
地方自治体の危機管理能力
当コラムでは、再三にわたり市町村レベルの危機管理能力に疑問を呈してきました。
第83回 地方自治体の責任能力 https://aegis-cms.co.jp/1143
先の石巻市立大川小学校の東日本大震災における避難中の事故については、その市町村レベルの職員の能力に対して過大評価をする最高裁の判断にも疑問を呈しました。
第159回 地方自治体の責任能力 その2 https://aegis-cms.co.jp/1705
何故、市町村レベルの危機管理能力に疑問を呈するのかと言えば、海上自衛隊の部隊勤務を通じて様々な地元自治体との交渉をしてきた経験があるからなのですが、決定的には私の地元市役所の危機管理部門の呆れ果てる実態をこの目で見て、そこの特異な問題かと思っていたら、他の様々な自然災害における市町村の対応を見ているとそうでもなさそうだと気付いたところにあります。「前例の踏襲」「問題の先送り」「責任の回避」という所謂「お役所仕事」です
市町村レベルの自治体職員が皆所謂お役所仕事をしていると申し上げるつもりは毛頭ありません。地元住民のために一生懸命に仕事をしている数多くの職員の方々がおられることは百も承知です。
しかし、残念ながら危機管理部門をはじめとする私がお付き合いしてきたいくつかの部門の職員の責任感の無さ、自覚や覚悟の無さ、そして何より呆れるほどの緊張感の無さが、多くの職員の一生懸命さを覆い隠して余りあるほどのマイナスのイメージを与えてしまっています。
市役所でも政令指定都市くらいの規模になると相当に経験を積んだ職員も多く、いろいろな調整をしていてもそれほどびっくりするようなことはあまりなく、むしろ教えられることも多かったように記憶しています。
さらに県レベルになると仕事の進め方にも違和感なく調整ができていましたので、都道府県レベルは危機管理もそれなりの検討をしているものと思っていました。
しかしながら、今年、その期待は見事に裏切られました。
東京では
まず東京都です。
東京都は東部の荒川や江戸川流域の隅田・江東・足立・葛飾・江戸川の5区がそれら河川の氾濫により大規模水害が起きた場合、半月にわたって水が引かない可能性を考慮し、西部や近隣各県への避難を計画していたのだそうです。
その発想はさすがだと考えます。
避難対象の住民数は250万人に上り、その避難計画は半端なものではなかったはずです。
都は関係する5つの区と検討を10月9日に開始し、12日に上陸した19号台風に備えていたそうです。
ところが、避難を呼びかける基準の500ミリを超える雨量の予報が発表された12日朝、鉄道の在来線が一斉に計画運休を発表したため広域避難を見送ったということです。
びっくりするのは、250万人というすさまじい数の人々を移動させる計画に鉄道各社との調整をしていなかったということです。
250万人をどうやって都東部から西部へ、あるいは都外へ避難させるつもりだったのでしょうか。まさか500ミリに達しようとする豪雨の中を歩かせるつもりだったのでしょうか。
私はこの計画の細部を承知しておりませんが、計画運休が決まったから呼びかけを見送ったというのはあまりにも雑な計画だったのではないかと疑うに十分たるものと思わざるを得ません。一言でいうと「間抜けな計画」です。
三重では
次に三重県です。
三重県の南部では10月18日の深夜から19日早朝にかけて記録的な大雨となりました。
三重県では「防災みえ」というサイトが準備され、県内の市町村に気象警報や避難情報などを流すことになっていたそうです。
しかし、報道によれば19日の午前2時49分から4時までの1時間余り、そのサイトが閲覧できなくなっていたそうです。三重県南部で最も激しく雨が降っていた時間帯です。
原因はサーバーの運営を委託されていた業者が定期的なメンテナンスを行っていたためで、県は事業者に対して災害のおそれのある場合にはメンテナンスをしないように指導したとのことです。
県が指導した、と報道されていますが、この場合、最も強く指導されなければならないのは県の担当部署です。
サーバーの運営という役務を契約する際、当然のことながらその仕様書または契約書にはメンテナンスをどのように行うかが規定されていたはずです。
また、役務契約を締結した場合には、県の側に監督官と受領検査官が指定されていたはずです。
監督官は役務が契約通りに実施されているかを監督し、受領検査官は一定の期間ごとにつつがなく役務が納入されたことを確認する責任があります。
業者は契約通りにメンテナンスを実施したのであって、災害が予想される時のメンテナンスについて規定されていなかったのであれば、その仕様書を書いた県の不始末ですし、記載されていたにもかかわらずメンテナンスが行われたのであれば監督官の不始末です。
指導するにも、災害のおそれのある場合にはメンテナンスをしないようにという指導ではなく、災害のおそれのある場合にはあらかじめメンテナンスを行っておくという指導でなければならず、さらに、災害のおそれが具体的になってきたら運営会社に担当者を張り付けてメンテナンスに当たらせるくらいの指導をしなければならないはずです。
三重県庁は役務調達というものはどういうものなのか知っているのかどうか疑いたくなります。
ジュリアス・シーザーの無念
これまで市町村レベルの危機管理能力に疑問を抱きつつも、都道府県レベルについては期待を持っていたのですが、それが見事に裏切られました。
特に専門的かつ面倒な話ではありません。
250万人を避難させるのに交通手段をどうするのかを考えるのは当然でしょうし、役務調達をするのに監督官が監督するのは規則に規定された基本中の基本です。
都道県レベルでも当たり前のことができていないのにはがっかりです。
危機管理というのは特別なことをしなければならないものではありません。当たり前のことを手を抜かずに着実に積み重ねていけばいいものです。
腹心の部下に裏切られたジュリアス・シーザーの無念がよく理解できます。
長野県は見事でしたね
一方で、台風19号への対応に関し、見事だったのは長野県の防災でした。ツイッターの救助要請のハッシュタグをあらかじめ指定して周知を図っていたのです。実家の母親が1階が浸水して2階で救助を待っていることを知った娘がこのハッシュタグを付けて救助要請を行った結果救助された例がありました。
長野県が見事だったのは、6人の担当者にこのツイッターを監視させ、情報を得次第救助の手配をするとともに、ツイッターで返信して、救助の準備をしている旨を被災者に伝えていたことです。救助を待つのは心細いものです。救助要請が伝わっているのかどうかも心配だったはずですが、そこへ「絶対に助けに行きます。」というメッセージがくると被災者は希望を持つことができます。被災者の心理をよく見極めた対応だったと思います。
つまり、さすがに都道府県レベルの危機管理態勢はしっかりしているところもあるのですが、しかし残念な対応のところも見受けられるという玉石混交となっているということなのでしょう。
各自治体はそれぞれの失敗を糧とし、他自治体の成果をどん欲に吸収して危機管理態勢を早急に整備して頂きたいと思っています。
南海トラフに起因する大災害は目前に迫っています。どこもかしこもが私の地元自治体のような無責任な感覚でいられては大変なことになってしまいます。