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専門コラム「指揮官の決断」

第180回 

危機管理の眼から見た新型コロナウイルス対応 その2

カテゴリ:危機管理

ちょっと参考までに

当コラムで執筆者が感染症の専門家ではないと度々申し上げているにもかかわらず、新型コロナウイルスについてお問い合せをうけることがあります。

さすがに具体的な症状等についてのお問い合せではなく、報道されている事実をどう解釈すればいいのかというようなお問い合せがほとんどですので、個別にはお答えしているのですが、皆さま同じような論点についてのお尋ねが多いので、感染症については専門外ではありますが、危機管理の眼から見るとどう解釈されるのかという観点からの記事を掲載いたしました。(専門コラム「指揮官の決断」第179回 危機管理の眼から見た新型コロナウィルス対応 https://aegis-cms.co.jp/1909 )

ところがこのコラム以降もお問い合わせがありますので、再度掲載することといたしました。

テレビなどを観る場合に少しでもご参考になれば幸いです。

事実が報道されているのだろうか

まず、「報道されている事実」をどう解釈するかという論点ですが、そもそもそこに気を付ける必要があります。

報道されていることが「事実」だと思うこと自体が危険です。まして「真実」であるなどという前提で報道を観ることはさらに危険です。

電波やネット上を飛び交うありとあらゆる報道、論評、コメント、噂等はまず疑わなければなりません。その観点からすると、皆様方がまず疑わなければならないのは当コラムです。なにせ感染症の素人が感染症について述べているのですから、これほどいい加減なものもないかもしれません。

ただ、私は感染症についてはかつて制服を着ていた頃に災害派遣で出動した際に付け焼刃の教育を受けたにすぎませんが、統計やORに関しては素人ではありません。専門家であると言い張るつもりもありませんが、統計学は大学院で学び、ORは大学院で興味を持ち、海上自衛隊入隊後に集中的に勉強しました。

経済学研究科に在籍したので統計学の基礎的な知識なしには教科書を読めませんし、対空射撃や対潜捜索の理論を学ぼうと思うと確率論やORは必須です。

つまり、当コラムで感染症をどう見るかと言えば、感染症を数理疫学的に分析する数理モデルから得る情報をいかに読み解くかということになります。

まず、報道の何を疑わなければならないかということになると、そもそも私は報道はその媒体の見方を伝えているだけであって、事実や真実を伝えているとは考えていないのですが、そのようなそもそも論はさておき、新型コロナウイルスに関する報道で「事実」が伝えられておらずに注意しなければならない例をいくつか挙げてみます。

つい昨日もある局のワイドショーでWHOが日本をコロナウイルスの深刻な影響下にある国として挙げているというコメントがなされましたが、いったい何週間前のWHOの見解を伝えているのでしょうか。

当初、WHOが要注意国として4か国を指摘し、その中に日本が含まれていたことは事実ですが、それはWHOの代表がクルーズ船の感染者をカウントに含めたことによるものであって、クルーズ船の感染者は国内感染者ではなく海外での感染者ですので、それをカウントするのは誤りである旨申し入れて、以後、そのWHOの数字は訂正されています。しかし、ワイドショーではいまだにクルーズ船の感染者を国内感染者と区別しない報道もあり、かつ、WHOの当初のコメントを依然として報道しているものすらあります。

また、クルーズ船への対応について、世界中が非難しているというコメントをする評論家がいましたが、米国と英国のマスコミの批判は尖鋭でしたが、日本政府の対応を批判した外国政府は、要人の個人レベルではあったかもしれませんが、政府としての発言で日本政府の対応の批判は聞いたことがありません。

クルーズ船への対応については以前のコラムでコメントしましたが、乗員・乗客を上陸させなかったのは船の世界では当然の措置であり、国際法に定められた標準的な措置です。これを非難するのは非常識も甚だしい素人と言わざるを得ません。むしろ日本政府は当該船舶を検疫錨地に留めずに岸壁への横付けを許可し、国内の感染者の検査よりも優先して船客の検査に当たったのであり、批難される理由は全くありません。このために国内の検査態勢の整備に遅れを生じさせたくらいです。

以前も指摘しましたが、責任を持たねばならないのは船籍国の英国です。その英国のマスコミがもっとも尖鋭的に非難しています。

同様にマスコミの日本の対応への非難が激しかった米国は、同じクルーズ船の運航会社のグランド・プリンセス号で感染が疑われる船客がいると言われたとたんに入港を認めず、サンフランシスコの湾内への進入すら許可せずに港外の太平洋上に1週間近く留め置きました。

日本では感染が疑われる人々を上陸させてどこかの施設へ収容隔離するための根拠となる法律がありません。したがって、乗客を上陸させると散り散りになって収拾がつかなくなるため船内に留めざるを得ないのです。現に、中国からチャーター便で帰国した人々のなかにも施設に入るのを拒否した人がいて騒ぎになったことをご記憶の方もいらっしゃるかと思いますが、感染を疑われる人の身柄を拘束することはできないのです。指定感染症や法定伝染病に罹患しているとなると話は別ですが、疑わしきを隔離できる国ではありません。

米国はグランド・プリンセスの感染が疑われるや否や日本国政府に情報提供を求め、日本からはダイヤモンド・プリンセスにおける隔離方法、検査方法、重症者の搬送要領などの詳細が説明されています。それでも米国は入港させるのに1週間近い時間が必要でした。

米国は法律上は徴兵制度が残っている国ですので、軍事施設には余裕があり、現在使われていない施設への収容が可能なので、1週間かけてそれらの準備をしていたのであろうと思われます。

日本にはそのような施設がないので民間のホテルなどを借り上げざるを得なかったのです。

医療を崩壊させてもいいのか

また、PCR検査についてのワイドショーの報道もなぜか不安を煽る報道に終始しています。

PCR検査で陽性と判定されるためには肺の奥に潜んでいるウイルスが増殖して喉にまで上がってこなければなりません。それ以前に検査して陰性の判定を得てしまうと、感染者が市中に野放しになる恐れがあります。ところが、人々は心配になって早く検査を受けようとします。そして感染者であるにもかかわらず検査結果が陰性となって安心を得てしまうのが結果的には恐ろしい事態を引き起こします。

そもそも感染症対策の目的は感染症患者を減らすことではなく、感染症により重症になり死亡に至る患者を減らすことのはずです。

政府が一定の体温が一定期間以上続いた場合に相談する窓口を設けているのはそのためで、軽症のうちにPCR検査に病院に押しかけられると病院がパンクしてしまい、他の患者に手が回らなくなります。これが医療の崩壊です。

病気が重症になって人が死亡するのはコロナウイルスだけではありません。むしろ新型コロナウイルスで亡くなる人は3%でしかないのです。

検査して陽性であると診断されても治療薬がない現状では自宅でおとなしくしているしかないのであれば、一定期間は自宅で静養につとめ、その間に免疫力や抵抗力がウイルスに勝てば病院を混雑させずに済むでしょう。その結果本当に重症な人々がしっかりとした検査を受けることができるのです。医療の崩壊を防ぐためには必要な措置です。

ワイドショーではそのような背景を考慮せず、一般の開業医が「検査を受けましょうか?」などと患者に勧め、自分で保険所に電話をかけて繋がらずにイライラするシーンなどを放映していますが、そもそもそのような検査依頼に対応するようになっていないのです。そのことはその開業医も医師会から通達を受けているはずであり、テレビ局のやらせでしかないように見えます。何としても医療態勢の崩壊という事態は避けなければならないのです。

韓国は初動でその医療崩壊を食い止めることができず、アッという間に7000名の感染者と50名以上の死亡者を出しました。

韓国の一日当たりの検査数と日本のそれを比較して日本の不手際を批判する評論家もいますが、韓国はSARSを経験しています。経験していない日本の検査体制が貧弱なのは日本の予算制度と私たち国民の責任です。多分、厚労省は感染症対策の予算を毎年要求してるはずです。しかし潤沢な予算は認められてこなかったのでしょう。今回の騒動で予算要求は相当認められるはずです。

一方、評論家については常日頃から感染症対策の不備を指摘してきた評論家のみに批判の資格があり、感染症対策など1月末まで微塵も考えていなかった評論家にその資格はないでしょう。事後的に批判するのは評論家でなくてもできます。

私自身は当コラムで感染症対策が不備であることを一度も指摘したことはなく恥じ入っています。

ここで対策の不備をあげつらうのは危機管理の専門家ではありません。持てる武器の最大限の活用を図って危機を脱する方法を考えるのが危機管理の専門家であり、ないものねだりをするのは素人です。

さらに申し上げれば、感染者数を小さく見せるために検査数を抑えているなどという評論家がいますが、数字を読む眼がないのかと疑いたくなります。行政検査を行っていた時点で感染者数をメイキングすることはできないとは言いませんが、必ず露見してしまいますので、政府がそんな危険を冒すことはありませんし、その時点ですら治療をしていたのは保健所ではなく民間の医療機関ですから、感染症での死亡者数をごまかすことはできません。その死亡者数を見れば、どの程度の感染者がいるのか見当をつけるのは容易です。そのような単純な計算もできない評論家がコメントをするなど視聴者を不安に陥れるだけであり、恥を知るべきです。

言葉づかいが無神経すぎる

マスコミの発表もいい加減です。今日(2020年3月11日)のNHKのニュースを観ていてビックリしました。「今日、新たな感染者が18人増えました。」というのです。この報道は間違いです。

「今日、新たに18人が感染していることが分かりました。」なら間違いではありません。

しかし「新たな感染者が18人増えた。」というのは間違いです。

なぜなら、「新たな感染者」が18人増えたというのは、昨日は10人が感染し、今日は28人が感染していることが分かったと言っているのと同じだからです。感染者が18人増えたのではなく、新たな感染者数が18人増えているというのはそういうことです。極めて微妙ですが、「新たに感染者が・・・」という表現であれば間違いではないのですが、「新たな感染者が・・」となると意味が変わってきます。

この表現を外国人記者が聞き取ると本国へ送る記事の内容が違ったものになります。海外の報道が見当違いであることが多いのも無理ありません。日本国内の報道が極めて無神経だからです。

峠を越えたのだろうか

韓国での感染者数の増大が頭打ちになりました。韓国政府はすでに峠を越えたと判断しているようです。なぜこうも早く峠を越えることができたのか理由がよくわかりません。

もっとも頭打ちになったのは大邱の感染者数であり、今日(同じく3月11日)にはソウルで90人の集団感染が判明していますので、今後どうなるかよく分からないところです。

韓国政府の発表が間違いでないことを祈るばかりです。

一方、日本の状況ですが、数字だけ見ていると峠はまだ越えていないようです。しかし、峠の高さが先月上旬の予想に比べるとかなり低くなっています。

峠を越えていませんので日々の感染者数は前日に比べると増えていきます。そして峠に差し掛かると対前日で増え方が鈍っていき、そのうちに終息となります。ここしばらくは新たな感染者数が増大し続けるでしょう。感染症というのはそういうものです。一喜一憂していても事態は良くなりません。

政府が取り組んでいるのは、日々の感染者をゼロにすることではなく、峠の高さを極力低くし、その山場をできるだけ後ろ倒しすることです。

感染症学的にはその方がいいのでしょうが、私は日本経済を考えると、この山場を前倒しした方がいいかと考えています。

後ろ倒しの目的は、極力ピークを後ろに持って行って山を低くし、医療現場の負担を軽くすることなのですが、その代わり、この閉塞感がいつまでも続きます。オリンピックを控えていることを考えても、また、甲子園の選抜が中止になった事態などを見ても、この閉塞感から早く脱却させるためにはできるだけ早く峠を越え、「もうちょっとだよ。」と社会に対して公言出来る方が望ましいのではないでしょうか。

オリンピックに関して申し上げるとすれば、まだ開催の中止を考える段階ではありません。開催できないとする科学的根拠はまだないはずです。

ただ、日本は開催できても、選手を送ってくる各国の選手の入国に問題が生ずるかもしれません。

初動が遅れた?

初動の遅れやその後の対策が場当たり的と批判する評論家や政治家は多々いますが、彼らは日本より数週間遅れて騒ぎが始まった米国やフランス、ドイツ、スペイン、スイスなどが日本の対応を見ていたにも関わらずあっというまに感染者数が日本を追い越して増え続けている状況はどう説明するのでしょうか。ノルウェイ、オランダ、スウェーデン、英国、デンマークなどは来週中には日本の感染者数を超えるでしょう。

私は現政権の危機管理能力など信じておりませんし、政府を構成する閣僚も、対策会議の初会合を政務官を代理に出席させ自らは地元の新年会に出席していた環境省大臣をはじめ危機管理など全く理解していないメンバーが多いかと考えていますが、しかし、この国の感染症対策は世界的に見てうまくいっているのではないかと考えています。特に武漢が閉鎖される直前まで日本にいた中国人観光客の数の多さを考えると、よくまだ数百人台の感染者数で収まっているなと感心せざるを得ません。

ウイルス感染者の増加よりも始末の悪いネットでデマをまき散らす輩の増殖

ただ、世の中を最も不安にさせるのは評論家でもコメンテーターでもなく、ネット上で飛び交うデマです。

こういう事態になると何か言いたがる輩が後を絶ちません。ネット時代にそのような発言をネット上で何も考えずに行うということは、ネットを使いながらもそのネットの本質を理解していない証左です。拳銃の安全装置の使い方を知らない者に実弾入りの拳銃を渡すようなものであり、危険極まりないと言わざるを得ません。

まともな社会人なら、自らの発言の影響を推し量り、その発言に責任を持つべきです。

当コラムは実名で執筆しており、自分の専門外の発言についてはあらかじめその旨お断りし、あるいは推量もしくは伝聞推定の文体を取っています。一方、当コラムの掲載更新をお伝えするため配信しているメールマガジンについてはしつこいくらいに「どうでもいい内容であり、真剣に読むな。」と注意喚起しています。

つまり弊社のスタンスとして、専門コラムの発言には責任を持つ。しかし、メールマガジンの内容に関しては一切の責任を負わないと明確にしています。

それが最低限のネット上でのマナーであると思っておりますが、その程度の常識も持たずネットをもてあそぶ輩が増殖するのはコロナ感染者の増加よりも始末が悪いかもしれません。

このコラムを含みますがネット上に現れる様々な情報は玉石混交どころか、ほとんどはガラクタの何の価値もない石ころくらいに認識されるのが正しい態度かもしれません。

写真:ESRI  https://www.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6