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専門コラム「指揮官の決断」

第197回 

情報の理解の仕方

カテゴリ:意思決定

危機管理における情報の取り扱い

危機管理上の事態における情報の取り扱いは極めて困難な問題を含んでいます。

当コラムでは、情報がなければ意思決定できないトップは情報があっても意思決定できないというパラドックスについて書いたことがあります。(専門コラム「指揮官の決断」第2回 経営者が理解すべき危機管理の要諦  をご参照ください。)

危機管理上の事態においては、トップは情報を得られない状況にあっても事態を正しく認識し、適切に対応しなければなりません。

しかし、現実の危機管理上の事態においてはどうなのでしょうか。 情報が無ければ何が起きているのか分からず、その結果どうすればいいのかも分かりません。何が起きているのか分からなければ、何をどうしなければならないのか分からないのは当然です。

そして、何が起きているのかが分かったとしても、どうしてそれが起きているのかが分からないと、どう対応すればいいのかが分からないのが普通です。原因が分からないと、対応策を練りにくいのも事実です。

しかし、原因が分かっていても、どう対応すればいいのか分からないということもあります。

例えば東日本大震災を見ても、それが三陸沖を震源とする大地震によって大きな津波に東日本の海岸線が襲われて大参事を引き起こしていることは分かったのですが、だからといって、すぐさまどう対応すればいいのかが明らかになるわけでもありません。

危機管理上の事態においては済々とした決断は期待できない

つまり危機管理上の事態においては、済々粛々とした対応などは望むべくもないのが実態です。場当たり的であろうが何であろうが、考えついたあらゆる手を打っていき、必死で対応していかなければなりません。

敵の奇襲を受けた場合、どこからどの程度の勢力の敵が、どのように押し寄せてきているのかを見極めてようとしていると、それが分かる前に全滅してしまうおそれがあります。

必死になって撃ち返し、何とか全滅を避けて踏みとどまり、大混乱を収拾しつつ、反撃のチャンスを狙っていくしかないのです。

この度の新型コロナ騒ぎで、まず学校の休校を全国に要請した際、そのことが専門家会議に諮問されずに政府の判断で行われたことが判明したため、野党は一斉に攻勢に出たことがありました。ある野党の女性議員は、休校要請に何か科学的根拠があるのですかという質問を国会でしています。

あの時点で科学的根拠などあったはずはありません。そんなものが出てくるのを待っていては後手に回って取り返しがつかなくなるだろうということで、専門家会議の判断を待たずに政治的に判断したのです。

それがトップの決断です。

そのような決断ができず、専門家会議の諮問を経ないと決断できないようなトップが政権を取ってはいけないのです。この度の都知事選で、日弁連元会長の宇都宮健児候補がオリンピックを専門家の意見を聴取して開催するかどうかを決めると述べているのを見て、この人に都政を預けるのはいかがなものかと神奈川県民ながら思っていました。

トップだけが持つ「勘」

戦国の武将には「戦場の風の匂いを嗅ぎ分けることができる。」という人がいます。

それがトップに求められる資質です。

あらゆる情報を集めて分析し、結論を導き出すのは幕僚の仕事です。その結論を踏まえて決断するのがトップです。

逆に、幕僚が結論を出せずにいても決断するのが優れたトップです。

私は大学院研究科以来組織論を学び、その中でも意思決定論を専門にして研究してきました。しかし、妙なことを申し上げますが、トップの決断は分析のしようのない事例が多々あることを認めざるを得ません。

それは、多くの場合、その意思決定の根拠が「勘」だからです。

しかも、その「勘」はトップにしか働きません。同じ人が幕僚であったら、あるいは次席指揮官であったら働かないのです。その人がトップの位置にいたから働く「勘」なのです。

それがどういうものか、科学的にも説明できません。何せ、意思決定した本人が何故そのような結論に至ったのかを説明できないくらいなのです。

このことは、たとえどのような小さな組織でも責任のあるトップとして勤務したことのある方であればご理解いただいているはずです。逆に、どのような大企業であろうと、社長の経験のない役員には理解できません。

したがって、大企業の役員には早いうちに関連会社の社長を経験させておく方がいいのですが、大抵は本社である地位に就けない役員を関連会社の社長として出向させることが多いので、なかなか大企業といえどもトップの決断の意味を本当に理解できる役員は少ないのではないかと思っています。

トップには次席以下には理解できない「勘」が働くことがあります。

特に日常的に行われる様々な意思決定ではなく、想定外の事態が生じた時などにその傾向が顕著に現れます。

それは、後で回顧録などでご本人も「直感」とか「確信」とかいろいろの表現をされていますが、要するに論理的な過程を振り返ることのできない「勘」なのです。

「勘」は磨くことができる

天才的なトップは、この「勘」を生まれながらに持っています。

しかし凡人がこの「勘」を持つことは決して見果てぬ夢ではありません。訓練によってその「勘」を磨くことができます。

どうすればいいのかは弊社のコンサルティングで詳しくお伝えしていますし、当コラムにおいても回を改めてお伝えしますが、今回はその「勘」を磨くために重要な前提について申し上げることにします。

それは「情報」を正しく理解することです。どのような情報でも正しく理解しなければ判断を誤りますし、正しく理解すれば、情報がないことも一つの情報として捉えることができます。

data を正しく分析して分類するとinformation になります。

deta はあらゆるところにあるのですが、その分類と分析方法が正しくないとinformationになりません。原石を見て、価値のある石なのかどうかを見極めて研磨することができなければダイヤモンドすら無価値に映るのと同じです。

一方で私たちの周りには「情報」もどきが氾濫しています。ネット上の情報などが玉石混交であることは周知のことですが、最近最も注意しなければならないのはマスメディアのもたらす情報です。

特に注意しなければならないのはテレビです。

テレビに騙されてはいけない

当コラムでは度々テレビによる報道の問題について論及していますが、いくら注意しても過ぎることはありません。

なぜなら、彼らは意図的に情報を歪曲するからです。

テレビ朝日の番組で、ヨーロッパから帰国した澁谷医師の「むやみなPCR検査はするべきではない。」というコメントを徹底的に改ざんして反対の主張を裏付けるものにして放送したことはネット上でも大騒ぎになりました。よくテレビ朝日は放送法違反に問われないなと感心するのですが、テレビ局はその程度のことは日常茶飯事に行いますし、印象操作にいたっては彼らの最も得意とするところです。

そうでなくとも、彼らの分析力の欠如により報道がゆがめられることはよく起こります。

すでに当コラムで指摘していますが、政府の接触を70%減らして欲しいという要請に対して、駅頭や繁華街での人出の数で70%減ったとか80%に達していないとかの騒ぎを始めたのです。これがまったく誤った議論であることはすでに指摘しました。

二人しかいない社会では一人が外出を自粛すると接触率が50%減になるのではなく100%減となるという小学生でも理解できる簡単な理屈です。ちょっと専門的には接触率は人出の変化の二乗で変化するということがテレビ局には理解できないのです。

この一週間の報道においても同様の誤りをテレビは犯しています。

毎日の感染者数を棒グラフにして、感染者数が増大していて第2波の危険が切迫しているというのです。

彼らが発表しているのは、当日に感染が判明した人の数です。それを連日棒グラフにして右肩上がりなので増加していると言っているのですが、これも呆れる主張です。

とにかくテレビは事実を伝えようとしているのではなく、いかに恐怖を煽って視聴率を稼ぐかしか考えていないようです。

毎日の感染者数とは、感染が判明した人数であって、東京都やこの国全体の感染者数ではありません。それは全員を毎日検査しなければ分からないからです。

問題は何人に検査をしてそれだけの感染者を発見したのかに触れないことです。

千人に検査をして100人の感染者を見つけ、翌週、1万人に検査をして150人の感染者を見つけたのであれば、感染者が増えているとは言えないのです。ひょっとすると減っているのかもしれません。

人出の数と接触率の関係に思いをいたすことのできないテレビ局にはこの簡単な統計上の問題を理解することはできないかと考えますが、私たちはそのテレビ局に騙されてはなりません。

統計学の知識などは必要ありません。接触率と人出の関係など、物理学における分子の衝突理論など持ち出さずとも小学生にもテレビの報道は何か変だと気付くことができる理屈でしかありません。

問題は、漫然とテレビの言うことを鵜呑みにするかどうかの一点にかかっています。

テレビ朝日は悪意で医師のコメントを改ざんしましたが、多くのテレビ局は悪意ではないにしろ無知で出鱈目な番組を作ります。

この嘘や出鱈目を見抜くのに必ずしも専門的な知識は必要ありません。物理の衝突理論や統計学など知っている必要もありません。ちょっと考えれば「変だな?」と気付くはずです。

私は基本的にテレビは娯楽としか観ませんので、そこから何か情報を得ようなどと考えていません。テレビから得られる情報としては、せいぜい日付、時報くらいしか信じていません。時報くらいは正しく知らせてくれていると期待していますし、NHKの受信料は時計の整合に役立てるくらいだったのですが、ほとんどが電波時計となっているのでその役にも立たず、壁にかかっているちょっと大きな古い時計の時間を合わせるのみです。