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専門コラム「指揮官の決断」

第216回 

そもそも危機管理とは何だろうか

カテゴリ:危機管理

いつも誤解を解くことから始める危機管理論

当コラムではこれまで3回連続で危機管理とは何かという問題について考えてきました。

まずクライシスマネジメントとリスクマネジメントの誕生について述べ(https://aegis-cms.co.jp/2190 )、次にメディアによってそれらの概念が混乱したことに言及し(https://aegis-cms.co.jp/2194 ) 、そして前回は専門の研究者や学会の大御所ですら両者の違いを理解していないことによりさらに混乱が激しくなったことに触れました(https://aegis-cms.co.jp/2205 )。

いつもそうなのですが、危機管理とは何かを語る際に、まずこのリスクマネジメント=危機管理という誤解を解くことから始めなければ話が進まないので困っています。この誤解を解かずに話を進めると同床異夢に陥るからです。

これまで繰り返し述べてきましたが、リスクマネジメントは組織にとって絶対に必要なマネジメントであり、組織は設立と同時にこのマネジメントに着手しなければなりません。

特に企業にとっては営業と同様に重要な活動の一つです。

なぜなら、リスクマネジメントをしっかりと行っている企業は、競業他社が怖れて入れないマーケットに大胆に入り込むことができ、ハイリターンを独占できるからです。

にもかかわらず、リスクマネジメント学会の大御所が「リスクマネジメントは決して企業成長や収益増大を志向した攻撃のマネジメントではなく、企業保全や現状維持のための企業防衛のマネジメントである。それは決して積極的に収益や利益の増大には機能しない。」(『危機管理とリスクマネジメント』 亀井利明 著 同文館出版 P8)などと発言するので、リスクマネジメント自体の価値すらこの国では理解されなくなりました。

リスクマネジメントを危機管理だと思い込むのも困ったものなのですが、リスクマネジメント自体が持っている重要な役割そのものをリスクマネジメントの専門家が理解していないのは大問題です。

危機管理概念を混乱させたメディアや研究者たちの社会的責任は果てしなく大きいものがあります。この国の危機管理概念を混乱させたため、コロナ禍や東日本大震災、あるいはリーマンショックなどにおいて適切な措置が取れず、経済が大きなダメージを受けてしまっています。そこへメディアの人々を不安に陥れることによって視聴率を稼ごうとする体質が輪をかけます。

せめてリスクマネジメントだけでもしっかりとやっていればもっと被害を小さく抑えることができたかもしれないのですが、リスクマネジメントは収益や利益の増大には機能しないなどとリスクマネジメントの大御所がのたまうので企業がリスクマネジメントにすら消極的になります。

企業にとっては収益や利益の増大に機能しないマネジメントの優先順位など遥かに下に置かれてしまうのは当然であり、余裕のある企業のみがコンサルタントに頼んでバカ高いBCPを作成し、出来上がったものを金庫に入れて鍵をかけてしまうという愚挙を繰り返しているのです。

もし、BCPに感染症のリスクが書き込まれていたら、この国はもっと毅然とこの事態に対応したはずです。それができなかったために、まず企業が腰砕けになり、その弱みにテレビがつけ込んで不安を煽って視聴率稼ぎを始めました。企業がビクともしなければテレビはそれが視聴率に繋がらないと判断したかもしれません。

10年に一度は生じている感染症への対応をBCPに書き込まなかったリスクマネジメントのコンサルタントたちはBCPを作った会社に対し賠償責任を負うべきでしょう。

そもそも危機管理とは何をするマネジメントなのだろうか

それでは危機管理とは何をするマネジメントなのでしょうか。

よく政権や企業の危機管理能力などについてコメントする評論家たちがいますが、彼らが何を指して危機管理と言っているのかよく分かりません。たしかに、危機管理とは具体的に何をすることなのか分かりにくいかもしれません。

最も一般的なイメージは、いろいろな事態を想定して、あらかじめ対処マニュアルを作っておき、できれば時々そのマニュアルに沿って訓練をしておくことかもしれません。

ただ、これは本来の意味の危機管理ではありません。

何故なら、想定があるからです。例えば、地震が起きて津波の被害を受けるかもしれないということを想定してそのようなマニュアルを作っていた場合、それは津波被害を被るかもしれないことをリスクとして受け入れつつ、そのような場所に立地することを選択していることを意味し、それはリスクマネジメント活動に他なりません。

地震が起きて津波警報が出されたら、あらかじめ作られたマニュアルに従って対応を始めればよいのです。しっかりとしたリスクマネジメントが行われていれば、全従業員を無事に避難させ、さらに被害を受けた施設の復旧や事業の再開についても、保険などの適用により淡々と行われるでしょう。

つまり、リスクマネジメントはあらかじめそのような危険性を評価し、しかるべき対応策を準備しておくことが主眼となりますので、いざという時にうろたえず、淡々と既定の路線に従えばいいはずなのです。それが優れたリスクマネジメントの産物です。

要するに危険性をしっかりと評価して適切な対応が図られていれば、危機にはならないのです。

しっかりとしたリスクマネジメントが行われていれば、様々な事態への対応は単なる手続きに過ぎなくなるはずです。

一方のクライシスマネジメントとは、想定外の危機に襲われた際にいかに対応するかということが主眼となります。つまり対応策も何も準備されていない事態への対応が課題です。

多くは誰も経験したことが無く、参考になる事例もないというような事態となります。

つまり、教科書もマニュアルも何もないのが普通で、しかも時間的余裕も与えられず、状況が刻々と変化していき、それに適切に対応していかないとスパイラルに状況が悪化していく事態です。

リスクマネジメントと異なり、あらかじめ何らかの対応策が準備されているわけではありません。その場その場で適切に情勢を判断して対応していかなければなりません。

多くの場合、それは正解のない問題を解くことになります。

津波警報が出されたとき、外に出て高台に避難するか、あるいはその建物の屋上に避難するかという判断は、結果的には正解はあるのですが、津波到達前にはどちらが正しいのか正解を求めることができません。

危機管理ではそのような場合に、いかに情勢を的確に判断して連続的に正しい意思決定を行うかが問われます。

私たち危機管理のコンサルタントの仕事はそのような的確な判断をしていくことができる仕組みを組織の中に構築することが中心となります。

ところが危機管理とは何かを理解していないコンサルタントに頼むとBCPを作って終わりになってしまいます。

BCPは様々な事態に淡々と対応するために必要なものではありますが、あらゆる事態を想定することはできませんので自ずから限界があります。

BCPに記載されていない事態への対応はできないのです。

危機に陥ることを防ぐだけではない

国際関係論上の危機管理の議論は、第三次世界大戦が勃発して核戦争に拡大することを如何に回避するかというところから始まりました。つまり、危機を如何に回避するかが主眼でした。

しかし、企業経営における危機管理は危機を回避するだけを論点とすることはできません。企業には自分では避けることのできない危機が存在するからです。

さらに、企業におけるマネジメントはその成長や発展に寄与できるものでなければなりません。クライシスマネジメントも例外ではありません。

企業におけるクライシスマネジメントは、危機を環境の変化ととらえます。

そう捉えることによって、危機は機会にもなることができます。

大震災や感染症のまん延、あるいは金融恐慌などは見方によっては社会環境の激変であり、優れた経営者ならそこに機会を見出すことも可能でしょう。

ただ、それには絶対的な条件が一つあります。

最初の一撃で踏み潰されないことです。

そのために必要となるのが、最初の一撃を耐える基礎体力またはヘビー級ボクサーのストレートパンチを巧みにかわす敏捷性です。

つまり、クライシスマネジメントとは、想定外の事態に際し、毅然と対応することによって踏みとどまり、激変する事態への対応を行いつつ、その激変する情勢の中に機会を見出し、そして事業を飛躍させていくマネジメントであるべきなのです。それが危機管理です。

私は自衛隊出身ですが、これは私たちにとっては当然の発想です。敵の奇襲を受けたならば、それを直ちに撃退し、退却する敵を追撃して浮足立っている敵を撃滅するというのは私たちにとっては当たり前のことなのです。

つまり、リスクマネジメントは競合他社が怖れて入れないマーケットにおいてハイリターンを独占できるマネジメントですし、クライシスマネジメントは想定外の事態において事業を飛躍させることができるマネジメントです。

イルカとサメは違う生き物

リスクマネジメントもクライシスマネジメントも企業の発展や成長に大きく貢献するマネジメントであることに変わりはありません。

ただ、両者はまったく異なるマネジメントなので、リスクマネジメントを危機管理だと誤解して、クライシスマネジメントをおろそかにすることが誤りなのです。

㈱ドラゴンコンサルティングの五藤万晶代表は似て非なるものを「サメとイルカ」にたとえられていますが、この比喩は見事です。

どちらも海の生物で一見似て見えますが、一方は魚類であり、他方は哺乳類、呼吸の仕方も子供の産み方も全く違います。

注意深く見れば一目瞭然なのですが、世の評論家たちには同じに映ってしまい、専門の研究者すらその違いを理解できないらしいので、せめてこのコラムをお読みになった方々だけでも正しく認識して頂ければ幸いです。

リスクマネジメントは企業を発展させるマネジメントではないなどと考えるのは明らかにリスクマネジメントの誤解ですが、しかし、万能のマネジメントではないことも確かであり、危機管理には別のマネジメントが必要なのです。