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専門コラム「指揮官の決断」

第230回 

公務員のコンプライアンスとは

カテゴリ:

コンプライアンスとは

当コラムは危機管理の専門コラムですので政治評論のようなものは避けていますが、危機管理の観点から、意思決定やリーダーシップなどに関わる話題であれば取り上げてきています。

その観点から、過去数回にわたってメディアの「コンプライアンス」に関する理解が誤りであることを指摘してきました。(専門コラム「指揮官の決断」第172回 コンプライアンスとは・・・  https://aegis-cms.co.jp/1862 )

読売新聞はこの言葉を取り上げるときに「コンプライアンス(法令順守)」とカッコ書きをします。これが誤りなのです。

コンプライアンスに法令順守という意味はありません。法令順守という意味でこの単語が使われれるときは compliance with the law とするか legal compliance と表現するのが普通です。これは compliance そのものが「法令」を遵守するという意味ではないからです。

この言葉が意味するところは、後で説明せよと言われて説明できないようなことはするなということであり、つまりは社会が自分たちに期待するものに背くなということなのです。社会規範に反したことをするなということであり、それは単に合法的であればいいということでもありません。倫理も問われます。

合法であっても法の網をくぐるような真似は逆にコンプライアンス違反なのです。

そもそも法令順守などということは当たり前のことであり、わざわざカタカナ英語で得意になる必要はありません。日本は韓国と異なり、法令よりも情が優先される国ではありません。

公務員のコンプライアンスとは

総務省の官僚11人が利害関係者である業者から接待を受けていたとして懲戒処分や訓告を受けることになりました。国家公務員倫理法に基づく倫理規定に違反したことを問われているものです。

この倫理規定がどのように運用される規定なのか、国家公務員ではない方々には分かりにくいかと思いますので、今回はその解説をさせて頂きます。

国の省庁は様々な企業と契約を結んでいろいろな事業を行います。また、いろいろな許認可権を持っています。

そこで、各省庁には利害関係のある企業や団体というものが多数存在します。

海上自衛隊で言えば、船の修理などを担当する造船所などが典型的にそのような利害関係者になります。

私はかつて海上自衛官であった頃、呉地方総監部の経理部長という配置にいたことがあります。年間1300億円くらいの国家予算の執行を担当していました。

その利害関係者とは呉を母港とする護衛艦や潜水艦の整備を担当する造船所、それらの下請け、事務用品やオフィス備品などを納入する業者、隊員の食料などを納入する業者など膨大な数の企業です。

これらの企業とは呉地方総監部経理部長である私が支出負担行為担当官の肩書で契約を行いますので、呉地方総監以下の呉地方総監部勤務の自衛官や事務官はそれら企業にとっての利害関係者となります。

地方総監以下の総監部スタッフにとってはこれらの利害関係者とレストランなどで会食をしたりすることは原則禁止されています。

原則禁止ということは例外的に認められることもあります。

例えば、総監部経理部長は防衛省訓令第1号により地元経済に配意した予算執行を行わなければなりません。訓令第1号は、中央の強力な企業ばかりが契約を独占しないよう、地方の零細企業にも契約の機会を与えることを要求しています。

このため、総監部が行う契約は、競争入札を原則としており、入札資格は業者をAからFの6段階に分けています。資本や技術力、これまでの契約実績などを加味した競争力を評価して6段階に分けるのです。

護衛艦の整備などに地元の零細なボートの修理業者など技術力のない企業が入札して格安で落札されても困るので、そのような場合にはAランク企業のみの入札としたり、ボールペンや消しゴムなどどこでも納入できる消耗品などは中央の大きな資本が入札してこないようにEやFランクの業者のみを入札資格者としたりするのです。

これは経理部長がそれまでの契約状況や地元経済を見ながら采配しなければならないので、地元の事情をよく知っていなければなりません。

そこで、本来であれば商工会の会合などには頻繁に顔を出す必要がありますし、総監部に面会に来られる経済界の方々にもお目にかかって、いろいろと情報交換をする必要があります。

そこで、そのような場合には部隊ごとに定められた倫理審査官にそのような会合に出たり、会食に応じたりする旨を届け出て承認を得る必要があります。

また、会食するにしても無料だと接待を受けたことになりますので承認はされず、また不必要に華美なものであることは本来の趣旨を逸脱しますので、私の在任中は会費5000円程度が承認される基準でした。

したがって、地元のいろいろな団体が主催する懇親会などに参加する際には必ずそのような届け出を事前に出す必要がありました。私の場合は総監部経理部長でしたので、倫理審査官は総監部幕僚長でした。

気を付けなければならないのは、ライオンズクラブやロータリークラブの会合に招待される時です。メンバーには利害関係者が多数含まれているはずですので、そのような場合には当日参加するメンバーのリストを送ってもらう必要がありました。

また、会費制であって5000円程度を支払ったとしても、実際には1万円以上する会合で、差額を相手方が負担されたりすると大変なことになりますので、開催されるホテルなどの相場も勘案しなければなりませんでした。

私はその経理部長の後に同じく呉で造修補給所長という配置につきました。これは所管する艦艇の整備や呉警備区全体の補給に責任を持っていましたので、年間400億円程度の予算を扱っていました。自分が計画する物品や役務の調達計画に従って経理部長に契約を要求する立場でした。

艦艇の整備などはできる造船所が大体決まっているのですが、コピー機やコンピュータなどは造修補給所長がどのメーカーを採用するかなどによって地元の納入業者が変わってしまうので、利害関係者に与える影響は非常に大きいものでした。

したがって、この二つの配置にいる間は予算執行職員として行動には極めて気を使いました。

利害関係者との会食は一切行わず、会合に出席するにしてもその後の懇親会は辞退していました。オフィスに面会に来られる業者と会う場合には、規定により3等海佐以上の幹部自衛官を同席させ、議事録をとりました。

地元経済や業者の実態を把握するために自ら造船所や工場を視察に行くということは、多分、過去最多を記録するほどに行いましたが、滞在時間は極めて短く計画し、あらかじめ資料を送ってもらって実態をある程度把握しておいて、現場では疑問の点だけ見たり質問したりという程度に収め、出されるお茶以外には手を付けずという態度を徹底していました。

私のこの態度は地元経済界では評判が悪く、ある時、海幕の担当から、「経理部長は地元の方と会わないそうですね。」という電話がありました。「地元から、部長が会合等に一切顔を出さないという苦情が来てますよ。」ということでした。

私が「何か問題があるか?」と聞き返すと、相手は私の怒りが伝わったのか「いえ、ございません。」と電話を切ってしまいましたが、私に言わせれば、下らないことで電話をしてくるなというところでした。

つまり、公務員倫理規定というのは現場ではそのように運用されるべき規定なのです。

「瓜田に履を納れず李下に冠を正さず」というくらい慎重に運用しなければなりません。

海上自衛隊の現場では倫理規定はそのように運用されています。私が利害関係者からもらったことがあるのは、ある造船会社に顧問として再就職したOBが社長が交代したので表敬したいと東京から現れた時に、その会社が特別に作らせた虎屋の羊羹2本セットで、同席した総務課長に命じて、来庁されるお客様の接遇をするときにお出しする茶菓に使ったものくらいです。その羊羹は別の造船会社の顧問がやはり社長を案内して、海上自衛隊担当の部長や課長を連れて現れた時に出して、皆で食べてしまいました。

これが国家公務員のコンプライアンス遵守です。つまり総務省の幹部が行ったことはコンプライアンス違反ではありません。明確な法令違反です。多くのコメンテーターが公務員のコンプライアンスに言及していますが、コンプライアンスという言葉の概念を理解してからコメントしてもらいたいと思います。さらに倫理規定がどのように運用されるものかもしっかりと調べてからものを言えと言いたいですね。

総務省の風土

この度総務省で処分された秋本という局長は「業務上の話はしていないので利害関係者には当たらないと考えていた。」と国会で答弁していましたが、この男は嘘をついています。

業務上の話をしようとしまいと総務省にとってその許認可権を持つ放送行政に関わる放送業者は利害関係者であり、それが利害関係者にあたるかどうかを局長が知らないということはあり得ません。たとえ、相手が兄弟であっても利害関係者です。

利害関係者が親族にいて、食事などを日常的に一緒にしているような関係の場合は包括的な承認を求めておく必要があります。しかし、その場合は人事上の考慮がなされて、直接利害を生むような配置から外される場合もあります。裁判官や検察官が親族の裁判に関わらないのと同じ理屈です。公務員倫理規定とはそれくらい厳密な規則なのです。

この局長は倫理審査官に承認を求める申請も出していないのでしょう。出していたら承認されるはずはないからです。そして、毎回数万円の接待を何回も受けていました。公務員としての倫理感覚が完全に麻痺しています。

その人数が11人に上るということは、それが総務省では風土になっているのではないかと考えます。

私は海上幕僚監部の監査官を勤めた経験を持っています。海上自衛隊はかつて公金の横領などのスキャンダルをまず出したことのない組織ですが、部隊によって規律の厳しさには差があります。それが部隊の風土になっています。

規律が緩んでいる部隊では事故が起きやすくなります。一方で隊員が委縮するような厳しい部隊では自殺やメンタルダウンが起きることがあります。のびのびとしていて、しかし一定の規律がある部隊には問題が生じません。

その監査官の経験から総務省の事案を見ると、それが氷山の一角であることは容易に見て取れます。

今後徹底的な調査が行われれば、次から次へと歯止めなく同様の事案が出てくるはずです。組織には文化と風土の二つがあり、組織の風土というものはそういうものです。

この文化論と風土論を語らずに組織を語るのは、組織の経験を持たないコンサルタントや評論家です。

組織論をベースに危機管理論を展開する当コラムとしてはこの問題は避けて通ることはできませんので、いずれこの問題に論究していくことになります。

総務省の局長がさらに許しがたいのはそのことを国会で追及されて、自らの保身のために嘘をついたことです。

組織の風土のために感覚が麻痺してしまって過ちを犯したことは仕方ないかもしれません。しかし、国会で嘘をついたことは許されることではありません。しかも、組織を守ためではなく、自らの保身のためです。

この局長は、そのような総務省の風土の中で育てられ、そしてそのような風土を総務省の体質として定着させてきた張本人です。

国家公務員としてのコンプライアンスをまじめに維持している60万人の国家公務員の面汚し以外の何物でもありません。

このような輩が跋扈している総務省という組織は抜本的な改革が必要です。後日言及することになるとは思いますが、組織の文化を変えることはそれほど大変ではありませんが、風土を変えることは容易ではありません。

ちょうど、真っ白のペイント缶にスポイトで黒のペンキを一滴垂らすと、いくら白のペンキを注いでも二度と真っ白に戻らないのと同じです。本当にやろうと思ったら、缶の中身を全部捨ててシンナーで洗い、新しいペンキを注入するくらいの作業が必要です。

この総務省の改革は大変です。この腐った組織を再生させるには一度解体して立て直すくらいの荒療治をしなければならないでしょう。

ドラッカーの名言があります。

「組織が衰退するのは、トップが腐っているからだ。古人曰く、『木はトップから枯れる。』」