専門コラム「指揮官の決断」
第231回コロナ禍を危機にした人々:専門家たちの果たした役割
新型コロナはなぜ危機になったのかを考えましょうか
当コラムは危機管理の専門コラムであり、筆者は評論家ではなくコメンテーターでもありません。当コラムが重視しているのは方法論であり、専門以外の論点に論究する際には、その事象を二つの観点から眺めることにしています。
つまり、論理的一貫性があるか事実によって検証されているかというチェックです。
筆者は感染症を専門的に学んだことはありません。したがって、この1年間のコロナ騒ぎも感染症学の観点からではなく、危機管理の観点から眺めてきました。
それも感染症に関する基礎知識を持たないので、単に統計学的なデータから読み解ける事実からのみ眺めていました。
そこで、昨年の2月に横浜に入港したゴールデンプリンセス号に始まるこの国でのコロナウイルス騒動がここまで長引き、経済的にも人心にも大きな被害をもたらせた原因は何だったのかを総括してみたいと思います。
専門家がどのような役割を果たしたのか
今回はこの騒動において専門家の果たした役割を考えてみます。
コロナ禍を考える際に、関わる専門家とはどういう人たちなのかをまず考えなければなりません。凄まじく広い分野の専門家がかかわらなければこの問題を乗り切っていくことができないことがすぐに分かります。
ただ、この場合、専門家というのはどう定義されるのでしょうか。
法律に「専門家」として認定されている資格があります。
宅地建物取引士がそれです。宅地建物取引業法第十五条に「宅地または建物の取引の専門家として」という一文があります。公認会計士も士法の第1条に監査及び会計の専門家と記されています。それらは業務独占の資格です。つまり、その資格を持っていないとその業務を行うことができません。
ところが、私たちがテレビのコロナ関連の番組でよく見かける専門家というのはそういう資格者ではなく、ある分野に通じているという意味の専門家がほとんどです。
医師の資格を持っている人も専門家としてよく登場します。確かに医師は業務独占の資格ですが、コロナ関連の番組に登場するには眼科や歯科の医師ではだめで、感染症を専門とする医学部の教授であったり、呼吸器科の医師であったりするようです。つまり、感染症について専門的経験を有すると思われる人々です。
私たちのほとんどはこのような人々がテレビで解説しているのを観て、このウイルスがどのようなものなのか、私たちはどうしなければならないのかを判断せざるを得ないのです。
その前提は、専門家は少なくともその専門領域について正しい知見を持っているであろうということです。
ところが、このコロナ禍の特徴は私たちがテレビなどで目にする専門家たちの意見の多くが専門家としての方法論を外しており、その予見がことごとく外れていることです。
そもそも彼らの指摘する事実が事実誤認なのが問題です。
これまでも多くの問題について、様々な専門家のコメントを聞いてきましたが、このコロナ禍ほど専門家が出鱈目であった問題はかつてないかと考えます。
コロナの女王
例えば、この1年間随分とテレビに出演された某大学の女性教授は、昨年の4月にテレビ朝日のモーニングショーに出演した際に「今のニューヨークは2週間後の東京です。地獄になります。」と発言しました。さらに7月13日に同じ番組に出演された際には「医療現場も、あと2週間したら大混乱になる可能性もありますよ。」と述べました。しかし、4月の2週間後、連日の重症化した人数が100人を超えたのは3日間でしたし、7月も医療崩壊は起こらず8月23日に39人の重症化者を出したのが最多でした。彼女はデータをもとに解説することがほとんどありません。データの読み方を知らないのかもしれません。
その疑念を裏付ける証拠があります。
コロナ禍が目立つようになり死亡者が現れ始めた頃ですが、ある日の死亡者が10人で10日後に20人の死亡者となり、さらに10日後に30人の死亡者となったことを示すグラフを見ながら、彼女は「死亡者が指数関数的に増加している。」と解説したのです。
死んだ人は生き返りませんから死者の累計が増えるのは当然です。しかし、彼女が解説したグラフは死者の累計が最初が10人、次の10日で20人、その次で30人でした。
私から見れば、どう見ても10日間で10人ずつが亡くなっているようにしか見えません。
死亡者が10日ごとに指数関数的に増えていると言うためには、最初が10人なら10日後までに20人亡くなって死者累計が30人、その次の10日間で40人が亡くなって累計が70人になっていなければなりません。
彼女がどういう理由でこの数字を指数関数的と表現したのか分かりません。もし本当に指数関数的な増加だと思っているのだとすれば学者ではなく、高校生以下です。視聴者を脅かす目的だとすれば、これほど視聴者を馬鹿にした発言はありません。
東京大学名誉教授
東京大学先端技術研究所の児玉龍彦名誉教授も昨年7月16日の参議院予算委員会の閉会中審査の参考人として「日本の中にエピセンターが形成されている。これを国の総力を挙げて止めないと、ミラノ・ニューヨークの二の舞になる。」とし、さらに「この勢いでいったら、来週は大変なことになる。来月には目を覆うようなことになる。」と述べました。次の月に全国で1600人近くの陽性判定者を出した日を最後に収束していったのは皆さまご承知のとおりです。
ヨーロッパや米国の状況と日本の状況を同じグラフで見ると、日本の状況は第2波とか第3波とかいうレベルではなく、さざ波程度でしかないことが分かります。目盛りの取り方によっては対数グラフを使わないと日本の状況がよく見えないこともあります。欧米が日本の状況程度になったら、新型コロナ鎮圧宣言を出すだろうと思うほどです。
データで語らず、データの読み方を知らない専門家
この二人の特徴は、何故、東京がミラノやニューヨークのようになるのかをデータで説明しないことであり、さらには2週間後とか翌月になってそのようにならなかった理由を説明しないことです。そして、常に「2週間後とか来月は」と言ってゴールポストを動かし続けることです。
児玉教授は「この勢いでいったら」と発言されています。これがどういう意味なのかを彼はデータで示していません。仕方なく推測するに、最初の死亡者が一人出た翌日に2名になり、その勢いで死亡者が増えたらということです。そうであれば、確かに28日後に日本人は死滅し、37日後には人類が消滅します。指数関数というのはそういう数字です。
現在でも毎日のニュースショーにはおなじみの専門家が登場して連日のようにコメントを述べていますが、この専門家たちの特徴はデータの読み方を知らないことです。
例えば、昨年7月にPCR陽性判定者が増えてメディアに登場するあらゆる専門家が第2波が到来したと大騒ぎをしました。緊急事態宣言の時よりもはるかに酷いと一斉にコメントしていました。前述の児玉名誉教授もその一人です。
確かに東京を取ってみても、昨年4月の最初の緊急事態宣言のときの一日の陽性判定者の最大値が206人であったのに比べて7月の最大値は472人ですから、倍以上に増えています。
しかし、4月の東京はPCR検査人数が一日で1500人程度であったの対して7月のそれは6000人に増えています。検査数が4倍なのに陽性判定数は2倍なのです。
まともに数字を読むことができるのであれば、7月は陽性判定者が全体としては激減していると見るのが数学上の常識でしょう。
それを感染症学会すら第2波襲来と騒いだのです。
文書もまともに読めない専門家たち
さらにテレビでコメントをする専門家のほとんどが厚労省が最初に出した通達を読み違えています。
37.5度の高熱が4日間続かない限りPCR検査を受けられないという話です。
当該通達には「4日続くようなら専門の外来や保健所に相談するように。」と書いてあり、かつ、高齢者や基礎疾患のある人はその限りではないとも書いてあります。誰もこの通達そのものを読まず、テレビの報道を鵜呑みにしていたのでしょう。
論文を読めない専門家たち
最近も彼らは、東大の研究者チームがGoToトラベルに参加した人はしなかった人に比べて2倍の感染リスクがあることが統計学的に証明したとする共同通信の記事を鵜呑みにしてGoToトラベル事業を批判しました。
しかし、この論文はある陽性判定者のグループを調査したところ、GoToトラベルを使って旅行した人がそうでない人の2倍いたというだけの話で、GoToトラベル事業の5000万人泊の中の統計学的に有意なサンプル数の追跡調査を行ったわけでも何でもありません。執筆したグループ自身がそれを認識しているので相関関係とも因果関係とも書かずに、単に関連性とのみ書いてあります。
この東大の研究者チームの査読前の論文がエール大学のサイトにアップされていて、それを読めば統計学的な証明をしていないことは一目瞭然なのですが、日本の感染症の専門家は英語が読めないのか統計学の初歩的な知識がないのかこの論文を読み間違っています。あるいはそもそも根拠を確認するという専門家として当然の作業をしなければならないということを知らずにコメントしているのでしょう。日本医師会の中川会長もGoToトラベル事業と感染者数が関係しているのは明らかとして同事業の運用停止を求めましたが、この論文の共同通信の配信を読んだだけなのでしょう。
緊急事態宣言が延長されて感染者が減少しているとテレビは残念そうに報じていますが、登場する専門家たちは油断をすることはいけないとしてテレビ局の期待通りに不安を煽り続けることをやめません。
油断をするなという指摘はある意味で正しいのですが、専門家たちの掲げる理由は間違っています。
確かにPCR陽性判定者数は減っていますが、検査数そのものが減っています。これは保健所がクラスタの追跡調査のためのPCR検査を行わなくなったため検査数自体が減ったことによります。さらには前回指摘したとおり、PCR検査におけるCt値を誰も気づかいない間に厚労省が世界標準である35に変更したため、単なるウイルスの残骸ですら拾っていた頃に比べると陽性判定者数が激減しているだけで、統計学的に見ると緊急事態宣言が劇的に効を奏しているというほど実態が減っているということではありません。
陽性判定者数に比べて重症化者数や死亡者数の減り方が圧倒的に緩やかなのがその証拠です。それを指摘する専門家もテレビには見られません。
これまでの陽性判定者の推移を見ていると、これまで毎年この国を襲っていたコロナウイルスの感染状況とほとんど変わらないカーブを描いており、このウイルスが特別なものではないことは一目瞭然なのです。
しかし、テレビに登場する専門家たちにはその視点がありません。
何故ないかという理由は次の二つのうちのどちらかでしょう。
一つは、テレビ局が局の番組制作の趣旨に沿わない発言をする専門家を登場させないので、その意向に沿う発言をするために専門家としての視点を封じているということです。
もう一つは、本当に数字を読む能力がないということです。そのような事例はこれまでに当コラムで幾度となく取り上げてきました。
それほどお粗末な専門家たちがテレビに登場しているということです。
彼らは新型コロナウイルスがただの風邪と変わらないという人もいるが甘く見てはならないと指摘するのですが、数字のどこを見てもこれまで例年日本を襲ってくる4種類のコロナウイルスとの間に顕著な違いは見いだせません。
私はデータが示す事実が異なるのであれば、正しいデータを見せて頂くか、あるいは論理的に一貫した説明を伺うことができれば納得するのですが、新たなデータは出てこないし、論理的に一貫した説明はどこにもありません。
簡単な計算ができない専門家
医療ガバナンス研究所所長の上昌広氏はよくテレビに出演されますが、昨年「PCR検査を巡って新型コロナウイルスのpcrの陽性的中率の議論。私は風邪患者の2割程度は新型コロナウイルスだと考えています。感度7割、特異度9割で陽性的中立(原文のまま)は8割です。何が問題なのかな?」とツイッターで発言されています。この出鱈目は計算せずとも見た瞬間に分かります。この場合、陽性的中率(こちらが正しい)が70%以上になることはありません。東大医学部を出たといってテレビに登場する専門家というのがその程度です。
テレビが取り上げない専門家たち
一方で、テレビで見かけることは余りませんが、論文などを見ていると、京都大学などの研究者たちは私たち素人でも納得できる研究成果を出しています。彼らは常にデータで語ってくれるので素人にも分かりやすいのです。当コラムも多くを彼らから学んでいます。しかし、彼らの見解をテレビが取り上げることはありません。
コロナ禍の危機の正体
テレビに出演する専門家たちがそのレベルなので、私たちが惑わされるのは無理もないことなのです。
その結果根拠のない空気が生まれ、政権の政治がフラフラしているという異常事態が発生しています。
以前に指摘していますが、この状況はメディアが満州進出を煽り、国際連盟脱退に喝さいを浴びせた結果、対米開戦やむなしという空気を作った戦前の状況に酷似しています。
コロナ禍の危機の正体はこれだと考えています。