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専門コラム「指揮官の決断」

第237回 

虚実のはざま

カテゴリ:危機管理

流言飛語

表題の『虚実のはざま』は読売新聞がプロジェクトを組んで追及した特集記事のタイトルです。

読売新聞が昨年4月以来のコロナ禍をめぐるネット上の記事をめぐって調査を行いました。

たとえば、「周囲の人から感染を責められて自殺した。」などというSNS上のうわさ話を検証したとのことです。

それによると9つの件で、感染が確認された人々の周りに影響があったということです。 「ライブハウスに行っていた。」「旅行に行っていた。」などの行動履歴を自治体が発表し、ネット上で誹謗中傷の対象となっていたことなどが分かりました。

中には「村八分にされて本人も親も自殺」「自宅に投石された」「仕事を辞めさせられた」などの書き込みもあったとのことです。しかし、読売新聞の調べによると、9県のケースで自殺などは事実ではなかったことが明らかになりました。そして、本人は中傷に苦しみ、勝手に死んだことにされたことにショックを受けていることも分かりました。

調査によると発端はツイッターだそうです。投稿が広まり始めたのが昨年の4月で、愛媛県から始まりその後各県に広がったようです。

根拠のない情報が複製されたような現象が起きたのですが、専門家によると、ある県で自殺したとの投稿が行われたのを見て、そういうことが起きるという先入観が生まれ、別の感染者が中傷されると自殺するのではないかとの憶測が広がり、口コミなどで「自殺した。」に変わって投稿され、それを見た人にさらに先入観が形成されるという連鎖が起きるのだそうです。また、暴言を吐かれて自殺したという投稿に、「家族もいるのにひどい」と正義感から投稿して、結果的に自殺したということが拡散してしまうこともあるようです。

読売新聞はその結論として、根拠なき憶測が複製されて定着したことが原因としているようです。

大きな社会不安が起きるとこの類の流言飛語が飛び交います。関東大震災に際して、朝鮮人が暴動を起こすというデマが飛び交い、結果的に多くの朝鮮人が虐殺されてしまったことなどは歴史にも記録されています。

これは危機管理上の大きな問題であり、社会が冷静に対応しなければならない時にこの類の流言飛語で人心の動揺が生ずることを何とか抑える必要があります。

社会心理学などの研究成果が待ち望まれるところでもあります。

新聞が批判できるか

しかし、ここで一つ考えるべきことがあります。

そもそも新聞がSNS上のデマを問題視できるのかということです。

「根拠なき憶測」と読売新聞は言いますが、それでは自分の記事はどうなのでしょうか。

テレビが顕著なのですが、新聞も負けず劣らず不安を煽ることによって読者を獲得しようとしているようです。

PCR検査の陽性判定と感染とは全く別の概念であるにもかかわらず、単なる陽性判定者を感染者と呼んでいることもその一つの現れです。

また、東大の研究者チームがGoToトラベルに参加した人はしなかった人に比べて2倍の感染リスクがあることが統計学的に証明したとする共同通信の記事を何の検証もせずにそのまま配信してGoToトラベル事業を批判したのは誰だったのでしょうか。

以前にも紹介いたしましたが、この論文はある陽性判定者のグループを調査したところ、GoToトラベルを使って旅行した人がそうでない人の2倍いたというだけの話で、GoToトラベル事業の5000万人泊の中の統計学的に有意なサンプル数の追跡調査を行ったわけでも何でもありません。執筆したグループ自身がそれを認識しているので相関関係とも因果関係とも書かずに、単に関連性とのみ書いています。(専門コラム「指揮官の決断」第226回 危機管理における事実の理解の仕方 https://aegis-cms.co.jp/2264 )

この東大の研究者チームの査読前の論文がエール大学のサイトにアップされていて、それを読めば統計学的な証明をしていないことは一目瞭然なのですが、読売新聞はまったくそれを確認せず、共同通信の配信を鵜呑みにして記事を掲載しています。読売新聞だけでなく、全国紙の多くがまったく同じ記事を掲載しています。

彼らは事実確認をまったくせずに記事にしました。ちょっとサイトを見ればいいだけなのに、それすらしなかったのです。

そのような新聞がSNSを批判できるのでしょうか。「根拠なき憶測」どころか、憶測さえせずにコピー&ペーストです。

先日、新聞ではありませんがあるメディア関係者と話をしていてこの話題になりました。彼は正直に、自分が法学部出身で統計学を学んだことがないために科学的な議論については自分で検証できない、したがって、権威ある人の主張を信じるしかないと述べていました。

私が「自分で検証できないものを記事にする際は、伝聞の形をとるべきではないのか、また自分で検証できないものを根拠にして何かを主張するというのはジャーナリストとして正しい姿勢なのか。共同通信には権威を認めることができるのか。」と質問すると彼は黙ってしまいました。

SNSは新聞と違い投稿者は読んだ人からお金を取っているわけではありません。無責任であっても仕方ないでしょう。

新聞は読者からお金を取って記事を作っています。そして、特殊な情報ソースを持っている専門家でもない限り私たち庶民は新聞やテレビに情報を頼らざるを得ません。

その新聞が思い込みによって記事を書き、伝えられたことを鵜呑みにして何の確認もせずに掲載するという態度を取っているのです。根拠なき憶測で記事を作っているのは新聞も同じです。

そもそも記者会見で「事故が起きる可能性は全くないのか?」と追いつめておいて、「可能性はゼロではない。」という答えを引き出すと、「危険性がある。」と報道するのが彼らの基本姿勢です。

新聞に報道の社会的使命などと偉そうなことを言わせるつもりはありません。

新聞の発行部数に関する統計があります。朝日新聞の発行部数についてはかなりメイキングがあると言われていますが、それでもそのグラフを見る限り、このまま読者離れが進行した場合には15年後には全国紙はすべて廃刊を余儀なくされるはずです。

これは単に活字離れとかネットの普及というだけのことではなく、読者が新聞のその出鱈目な姿勢に気付いているのではないかと考えています。新聞から有益な情報が得られないのであれば、ネットで自分で探すということなのでしょう。

GoToトラベルと感染者数の関係

ちなみに、先にご紹介したエール大学のサイトには査読前の医学や健康に関する論文が数多くアップされており、コロナ禍に関する最新の論文を読んだり勉強したりするのにとてもいいサイトです。私はこのサイトの存在を知ってから、時々覗くようにしていますが、最近とても面白い論文を発見しました。

以前にご紹介したのは東京大学の研究者チームがGoToトラベル参加者の陽性判定に言及したものでしたが、今度は国立感染症研究所の研究員たちがアップした査読前の論文があり、それがGoToトラベルとCOVID-19の関係に言及しています。

“Effects of the second emergency status declaration for the COVID-19 outbreak in Japan”というタイトルで、新型コロナウイルスの感染状況と2回目の緊急事態宣言の関係について研究したものです。

この論文の中で研究者たちはGoToトラベルキャンペーンが感染者を増大させたという証拠はなく、あるとすればそれは気候である、と述べています。

GoToトラベルが感染を増大させたというエビデンスはないということはこれまでにも指摘されてきましたが、日本医師会の中川会長は何の論拠もなく、時期などを考えればGoToトラベル事業が影響したことは間違いないと言い切り、同事業を運用中止に追い込みました。単純にグラフを見れば時期を考えても昨年のGoToトラベル事業開始とともに陽性判定者数は減少を始めたので、因果関係はともかくとして逆相関関係があると言えるのですが、中川会長はこのグラフすら読むことができないようでした。

一方で、GoToトラベル事業が感染拡大に関係があることを東京大学の研究者チームが統計学的に証明したとする共同通信の誤報を新聞各紙が何の確認もせずに一斉に報じたにも関わらず、今回の論文については報道がありません。

理由は二つ考えられます。

第一に、この論文はメディアにとっては都合が悪いのです。これまでGoToトラベルキャンペーン批判を通じて政府を叩いてきたメディアにとって、実は同事業が感染拡大に無関係でしたとは言いたくないのでしょう。

もう一つの理由は簡単です。新聞記者やテレビ局のディレクターはこの論文を読めないのです。論文が英文であることは彼らにとってどれほど問題なのかはよく分かりません。多分、それほど難しい英語で書かれているわけではないので語学力の問題ではないと思いますが、問題はその内容です。

この程度の数式が書かれています。この式は代数学の範囲で理解が可能であり、解析学を学んでいる必要はないのですが、数学アレルギーのある文系の記者には読みたくない代物かもしれません。

コロナ禍を誰が取材しているか

このコロナ禍で不思議なのは、テレビでも新聞でもこのニュースを扱うのが社会部の記者たちであることです。科学や技術に疎い彼らが医学の分野である感染症の報道をするために、数字を理解しないし論文も読まずに憶測で記事を書いています。これが科学部の記者たちであれば、事実に反することは書けないでしょうが、社会部の記者たちは不安を煽るためには事実を検証せずに、あらかじめ自分が作ったストーリーで記事を組み立ててしまうので始末に悪いのです。

逆に考えると、このコロナ禍を科学・技術が専門の記者に取材させると読者の危機感を煽る記事を書かないから、統計を理解できない社会部の記者に取材させているのかもしれません。

この国の報道とはそのレベルであるということを肝に銘じてニュースを読んだり観たりする必要があります。

新聞やテレビはツイッターと同程度に見ておけばいいということです。