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専門コラム「指揮官の決断」

第253回 

専門家という人種:専門ジャーナリストの場合

カテゴリ:危機管理

泳げない奴に競泳を語られたくないね

テレビでは感染者の増加に歯止めがかからないとして第5波だと大騒ぎですが、当コラムとしてはもうこの問題にコメントする気力さえ失いかけています。

確かに検査陽性者数はもの凄い勢いで増えており、その陽性率も20%を超えるようになってきました。しかし、重症化する人数の増加率は遥かに小さく、その人数自体も一番多かった頃が1500人だったのに対して現在はまだ800人に達していません。死亡者に至っては一日最大150人だった頃もあるのに対して現在は10人程度です。2018年のインフルエンザでは毎日60人の方が亡くなっている時に平成最後のお正月などとこの社会は騒いでいたのです。

病床のひっ迫についての責任は知事と医師会にあります。国は昨年度10兆円の予備費を準備しました。筆者はそれで野戦病院のような施設があちらこちらに無数に作られるものと思っていました。地方自治体と医師会はまったく動かず、その予備費はほとんど手つかずで流されてしまいました。国はどこにどのような医療施設を作ればいいのか分からないので、自治体と地元医師会が動かなければならなかったのですが、彼らは昨年の8月にはコロナ病床数を減らしていたのです。そして今年、神奈川県などは1月には2000床弱のコロナ専用病床があったのに4月には1500床くらいにまで減っています。これを黙認したのが黒岩知事と神奈川県医師会です。にもかかわらず、彼らはひたすら県民に自粛を求めるのですが、県民が言うことを聞かず、人流の減少が小さいことを私は批判するつもりはありません。

現状は第5波襲来というよりも、この社会が社会的免疫を獲得したと考える方が自然だと思うのですが、当コラムは医学を専門としていませんのでそのような判断は差し控えます。

ただ、私が話を聞いた感染症の専門医たちは、信じられないことですが統計学をほとんど理解しません。グラフの読み方を知らずによく感染症を語れるなと感心しますが、そういう専門家たちのコメントを聴くというのは、泳げない人の競泳の解説を聞いているようなものとしか筆者の耳には聞こえません。

「専門家」とは

テレビではコメンテーターとしてよく「専門家」という人たちが登場します。

専門家というのは、ある特定の分野に精通していて、その分野における知識や能力がある人のことと一般的には理解されます。この人たちは一般に「先生」と呼ばれます。

私たちは自分が精通している分野についてはともかくとして、自分がまったく素人である分野について理解しようとすると、これら専門家の見解を聞いて参考にせざるを得ません。

そして、それら専門家の意見を聞いても、その見解が正しいのか誤っているのかを素人には判断できないので、ほとんど鵜呑みにせざるを得ないのが実情です。

そこで私たちがその専門家を信頼していいのかどうかを考える際に参考とするのが、その専門家の社会的地位、学歴などが一般的です。

有名大学の教授であったり、権威あるシンクタンクの研究員だったりすると信頼度が高くなります。

似て非なるもの

一方でよく誤解されているのが専門ジャーナリストという人々です。

この人たちが専門家であると思っていらっしゃる方は多いですし、ご本人たちもそう思っているのか、テレビに出てきて堂々とコメントを述べる方がたくさんいます。

これが芸能ジャーナリストなどであれば、どうせ喋るコメントも知れていますから大きな問題にはなりませんが、社会的に大きな問題を扱う専門ジャーナリストであると事情がちょっと異なります。

なぜなら、専門ジャーナリストというのは、その分野の報道を専門としているだけであって、その分野の専門家ではないからです。

医療ジャーナリストの中には医師の資格を持った方も時々見受けます。しかし、医療ジャーナリストというのは医師の資格があればいいというものでもなく、医療をめぐる様々な問題についても考えなければならないので、医師の資格を持っているからと言って優れた医療ジャーナリストであるとは言えません。一方、医師でも関連分野の研究者でもない医療の専門ジャーナリストは医療の専門家ではないので、そのようなジャーナリストに医学的なコメントを求めるのは筋違いです。

これが筋違いであるということは分かりやすいのですが、メディアでよくその筋違いが行われるのが軍事分野です。

軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリストという人たちがいます。

有名なところでは田岡俊次さんという方がいらっしゃいました。

ジョージタウン大学の国際問題研究所の主任研究員及び同大学の外交学部の講師、ストックホルム国際平和研究所の客員研究員などを歴任され、「AERA」編集長としてテレビのコメンテーターなどとしてもよく顔が知られた方です。

ジョージタウン大学は国際関係論においてトップクラスの大学ですし、ストックホルム国際平和研究所はSIPRIという名前でよく知られており、ここが出版する年鑑は筆者も海上自衛隊在職中にはよく参考としていました。

つまり、田岡氏の職歴などについては軍事を語るに際して非の打ちようがない経歴をお持ちです。しかし筆者は現役の自衛官であった頃、この人のコメントを聞いては「ド素人だ」と思っていました。

専門家ではない証明

一例をあげます。

護衛艦くらまが関門海峡で韓国のコンテナ船と衝突して炎上したことがありました。この時、筆者は広島県の呉で補給部隊の指揮を執っており、くらまの船籍及び事故の場所からは筆者が対応するのではなく佐世保が対応するべきところでしたが、近隣のロジスティックス担当部隊指揮官としてできる支援は何かを考えなければならない場面でした。

事故発生の一方を受けて総監部の作戦室に飛び込んだとき、前方のスクリーンにニュースが流され、そこで田岡氏がキャスターから電話でコメントを求められているところでした。この時のコメントはしっかりと記憶しています。

彼は「韓国船がくらまの左舷に衝突しているということなので、自衛隊に有利でしょうね。」と述べたのです。このコメントを聞いた古館キャスターは一瞬凍り付きました。そこですかさず「でも、観艦式からの帰りということで、気のゆるみということもあるかもしれませんね。」という印象操作が始ったので私たちは「夜、関門海峡を通る時に気を緩めるバカがどこにいる。関門海峡を通峡する際には総員が配置に就いているのを知らんのか。」と思っただけでなく、相手船が左からぶつかっているから海上自衛隊に有利というコメントに呆れて、「やはり此奴は素人だ」と思いました。

海の上で適用される法律

広い洋上で衝突が起こった場合には海上衝突予防法が適用され、相手船を右に見る船が針路を避けて衝突を回避しなければなりません。これは「横切り船の航法」と呼ばれます。つまり、相手船がこちらの左舷にぶつかったり、こちらの船首が相手船の右舷にぶつかったりしたら、相手の方が海上衝突予防法違反なのです。

ところがくらまが衝突した場所は関門海峡の中でした。関門海峡の中では海上衝突予防法は適用されず、海上交通安全法という別の規則が適用されます。

海上交通安全法は特定海域にのみ適用され、当該海域ごとの航法が定められています。

関門海峡においてはくらまのように航路内を航行している船がいる場合、その航路を横切るためなどでその航路内に入る他の船舶は航路内を航行している船舶を避けなければなりません。

つまり、相手船を右に見ていようと左に見ていようと関係がないのです。

田岡氏はその前にあった「あたご」と漁船の衝突事故の際に、「横切り船の航法」のことを知ったのでしょう。それをくらまの衝突事案についても知ったかぶりをして適用してコメントしたのでしょうが、この場所が海上交通安全法適用地域であり、海上衝突予防法が適用されないということを知らなかったのです。

このことは実は船乗りにとっては常識であり、その程度の常識がなければ小型船舶操縦士の筆記試験ですら合格できません。つまり、田岡氏は船舶の航行については何も知らないのです。彼は海軍を語る以前の船の走り方の基本すら知らないのです。

ちなみに軍事ジャーナリストとして活躍されている方に元制服を着ていた人はほとんどいません。だからコメントがちぐはぐなのだと思います。例外が小川和久氏で、彼はかつて陸上自衛官であったことがありますが、現在の彼を作っているのは、その陸上自衛官の経験ではなく、退職後の努力です。彼は陸上自衛隊では最下級の隊員であっただけであり、彼のコメントはその経験で語ることができるようなものではありません。

筆者は海上自衛隊に小川和久氏よりも遥かに長く30年ほど在籍しましたが、軍事や安全保障の専門家だと名乗ったことは一度もありません。この世界は幅が広く奥が深いので筆者ごときが専門家面できるような世界であるとまったく考えていないからです。

どうすれば本当の専門家の意見を聞くことができるのか

テレビでコメントをしているコメンテーターや専門家として紹介される人の中には田岡氏のレベルの人は別に珍しくなくいます。

それでも私たちはその真偽のほどを確かめるすべもなく、専門家と言われる人々のコメントを聞いて納得せざるを得ないのです。

それではどうすればいいのでしょうか。

まず、今回の例で挙げたように、専門ジャーナリストという人たちは、その分野の報道が専門であって、その分野の専門家ではないということを理解しておく必要があります。

だから、専門ジャーナリストのコメントは信ずるなということではありません。しっかりと勉強して、核心に迫る報道を続けているジャーナリストもたくさんいます。ただ、その分野の報道が専門であり、その分野の専門家ではないということに気を付けておく必要があるということです。

自分の専門外の問題や普段考えたこともないような問題については、私たちはやはりメディアの情報に頼らざるを得ません。

しかし、満州事変から国際連盟脱退、そして第2次世界大戦への道を新聞が煽ったことを私たちは忘れてはなりません。自分の頭で考えることが大切なのはいつの時代でも変わりません。

昔と異なり、現代ではその気になれば様々な情報を得ることができます。メディアの性格を理解したうえで、それを鵜呑みにしないことが大切です。


 [林1]