TEL:03-6869-4425

東京都港区虎ノ門1-1-21 新虎ノ門実業会館5F

専門コラム「指揮官の決断」

第256回 

堕落・怠慢・無責任と退化 その2

カテゴリ:危機管理

医療専門家たちの常識とは

デルタ株が猛威を振るっていますね。たしかにこの変異株は従来の新型コロナウイルスとはまったく異なる感染力の強さを持っていて、これまでのやり方では制御ができないのかもしれません。

ただし、感染力が強いことの裏返しで弱毒化しており、致死率はどんどん下がっています。これはこれまで重篤化し亡くなることが多かった高齢者のワクチン接種が進んだためでもありますが、それよりも弱毒化したことによる低下が大きいかと考えられますし、なによりも現場の医師や看護師たちの死に物狂いの治療が功を奏しているのでしょう。

たしかに重症者数は増えていますが、これは強毒化したから増えたのではなく、感染者が増えれば一定の割合で重症化する人数が増えるのは致し方ないことでもあります。

そして感染者はかなりの勢いで増えていますが、しかし1次関数的な増え方であり、爆発的感染とは呼べません。諸外国で起こったのは、見ている目の前で指数関数的に増えていったことであり、現在の日本のような増え方とは文字通り桁が異なります。

さらに、少なくとも東京に関してはピークアウトしています。ひょっとすると全国的にもピークアウトしているかもしれませんが、こちらの方はもう少し様子見です。

テレビでよく見かける呼吸器科の医師は今日(8月25日)の時点で、いつになったら収束するかどころか、どこまで拡大するのかまったく見えない爆発的感染であるとコメントしていましたが、彼はグラフの見方を知らないようです。少なくとも東京はピークアウトしており、これからも前日比で感染者が増える日もあるかとは思いますが、移動平均を取っていくと緩やかに減少していくはずです。

さらに40代、50代のワクチン接種が進んでいけば、秋風が吹く頃には少し落ち着いているかと考えます。ただし、より感染力の強い変異株が生まれなければということであればです。

デルタ株の蔓延により医療態勢がひっ迫の度を強め、陽性の妊婦さんが病院に受け入れてもらえずに自宅で出産して新生児が亡くなるという悲劇が起きました。

これを受けて8月23日に総務大臣から都道府県知事に対して、陽性の妊婦を受け入れることができる病院のリストを作成し消防署とその情報を共有するように指示が出されました。これは各自治体の保健所が手一杯で調整に手間取るため、保健所を介さずに救急搬送することができるようにするためだそうです。

このニュースを観て筆者は呆気に取られていました。親しい友人たちからも「エ~ッ」という声が聞こえてきました。

私たち海上自衛隊にいた者の発想では、これまでそのような措置が取られていなかったことが信じられないのです。

そもそも、救急搬送を要請された救急隊員が100もの病院に電話調整しなければコロナ患者を受け入れてもらえないという事態すら信じられません。

都道府県ごとに病院とそのコロナ病床の使用状況をモニターできるサイトを作っておけば済む話です。

なぜこの簡単なサイトができないのかをいろいろな専門家に訊いたことがあります。

大きな原因は、コロナ専用病床があるといっても、すぐに受け入れられるかどうかは別問題という点でした。設備はしていても医師や看護師が受け入れのために待機しているわけではなく、彼らはほかにもこなさなければならない業務があり、専用病棟に患者が来るまで遊んでいるわけではないということなのだそうです。どうもそれが医療における常識のようです。そして私たちが呆れてものも言いたくなくなるのもその点です。

この専門家たちは「即応」という概念をまったく理解できていません。

消防署員は火事が起きるまで遊んでいるわけではありません。もちろん出動のために車両や器具・装具のメンテナンスを行っている署員もいるでしょう。しかしほとんどの署員は待機中に様々な実務に就いています。統計を取ったり、管内を見回ったり、防災の指導に行ったりしています。警察官も同様です。

海上保安庁においても、警備の指示や救難の要請が入るまで海上保安官は遊んでいるわけではありません。通常の警戒を行いながらも行政官としての様々な業務を行っています。

筆者が籍を置いた自衛隊も同様です。戦争が起こるまで訓練のほかは遊んでいるという訳ではないのは当然です。ただ、どのような実務に就いていても、自分たちの本務は何かという意識を常に持っていますので、ひとたび何かが起きたならばすぐに飛び出すことができる態勢を維持しています。

東日本大震災においては、三月という年度末で大きな人事異動が行われる季節でもあり、年度末の様々な報告や資料を作らねばならず、また新年度の教育訓練計画なども作りつつ、土・日を満足に取ることもできず年次休暇も未消化だった隊員たちの休暇処理などを行っている最中でしたが、発災後58分間で42隻の護衛艦が完全な停泊状態から各母港を飛び出していきました。彼らが命令を受けたのは津波が東北地方を襲う前です。

コロナ病棟の要員である医師や看護師が救急搬送の受け入れ要請を受けても速やかに対応できないというのは自分たちが即応要員であるという自覚がないのでしょう。

ある専門家がさらに述べたのは、看護師などが陽性になるとそのチーム全体が濃厚接触者として業務に就くことが出来なくなるために即応病床を維持していくことが困難だということです。

これも医療関係者における常識だとすればそれにも呆れかえらざるを得ません。

コロナ専用病床を準備した医療機関には補助金が支給されています。にもかかわらず、陽性者が出るとチーム全体が業務に就けなくなるというのでは補助金詐欺です。

医療関係者はワクチンの優先接種を受けています。これは彼らに対コロナ対策で頑張ってもらわなければならないからであり、日本医師会の中川会長に政治家を囲むパーティーを開かせるためではありません。

その程度の常識の連中がこの国の医療を支えているんです。逼迫もするでしょう。

医療態勢の拡充を望まない医師会

基本的に医師会は医療態勢を拡充したいと考えていないようです。彼らは利益代表団体ですので、既得権益を守りたいはずです。東京都医師会がオンライン診療に消極的だったのもそのためです。これは東京都医師会の尾崎会長が会見で漏らした本音から容易に推測できます。彼は「高齢の医師にとってオンライン診療はハードルが高い。診療報酬も下がる。」という二点を消極的であった理由に上げました。

クリニックが対象とする患者は基本的に地元の人が圧倒的多数です。つまり、クリニックは地域で棲み分けをしているということになります。しかしオンライン診療は距離を問題としません。初診は来院が必要になる診療科目もあるかと思いますが、それ以後はオンラインでいいということになるとネットで集客できないクリニックは競争に参加できないことになります。高齢の医師にとってハードルが高いというのはそういうことです。つまり既得権益が侵されるということです。そしてオンライン診療を希望する患者が来院しなくなると、保険の点数が下がってやはり収益減となるということなのです。

つまり医師会の狙いは既得権益の維持にあり、やる気満々の医師が出てきて新たな態勢ができるのは彼にとって迷惑なのです。

現場の医療関係者は自分が感染して重篤化する怖れと戦い、家族に移したらどうしようかなどと悩みながらも必死の闘いを続けています。しかし一方で自分たちは何もやらない医師会の役員たちは既得権益を守ることに必死なのです。

これは農協が無農薬で農耕を行う農家をいじめるのと同じ構図です。肥料や農薬を大量に購入することにより中間利益を得ている農協にとって無農薬農業など迷惑なのと同じなのでしょう。

自治体の長の怠慢度は

昨年度の補正予算で医療関係の補強に使う予算が1.5兆円、その他に予備費として10兆円が計上されました。

筆者はこれで中国が武漢でやったようなプレハブの病棟があちらこちらにできるものと思っていたのですが、そのようなことにならず、それらの予算はほとんど手つかずのまま流されました。医師会はこれらの予算を使って野戦病院のようなものを作る気がなかったのです。地元医師会のご機嫌を損なうと医療行政に支障をきたす自治体の長は当然のことながら、その予算を使おうとしませんでした。

医師会は医療体制を拡充するつもりはほとんどなかったのでしょう。やる気のあるところに予算がついて、そこが強靭な体質を作ってしまうことが嫌だったのです。そのため、日本医師会の中川会長はひたすら国民の自粛を求め続けました。

いかに彼らが医療体制の拡充を嫌っているか、例えば神奈川県は今年の1月には2000床近いコロナ専用病床を準備したにもかかわらず4月には1500床近くまで減らしています。最近になってまた増やし始め、現在では1800床弱にまで回復しているはずですが、このような事態を傍観した黒岩知事に緊急事態を語ってもらいたいとは神奈川県民である筆者は思っていません。

当選当初、未病を重点政策に挙げた黒岩知事ですが、その未病事業は掛け声だけで進んでいるようには見えません。察するに、無農薬農業を掲げると農協から睨まれるのと同様に未病を掲げた知事には医師会がそっぽを向くのでしょう。

つまり、医療体制のひっ迫の責任は私たち国民の感染に歯止めがかからないからではなく、医師会と知事の怠慢が原因なのです。