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専門コラム「指揮官の決断」

第261回 

「危機管理の要諦は最悪の事態に備えること」?

カテゴリ:危機管理

危機管理を分からぬ奴が首相になる

今回のタイトルは自民党総裁選を制した岸田新総裁が選挙戦中に何度も口にしてきたことです。

当コラムを長らくお読み頂いている方々は筆者が何を言いたいのかお分かりかと存じます。

岸田新首相は危機管理というものを理解していません。

危機は準備して待ち受けることができません。いつ、何が、どの程度の烈度で襲ってくるか分からないのが危機です。

あらかじめ予測ができるのであれば、その評価を行い、それが現実となった場合にどう対応するかを計画しておけばよいのですが、それは危機ではなく危険性であり、危険性に備えるのはリスクマネジメントであって危機管理ではありません。危険性と危機は基本的な性格が異なるのです。

リスクマネジメントは極めて重要です。様々なリスクについてあらかじめ評価が行われ、対策が取られることにより高いリスクを取ることが可能となり、そこから大きな利益や便益を得ることができるようになります。

また、それらのリスクが適切に評価されていれば、私たちは安心して毎日の社会生活を送ることが出来ます。

このようにリスクマネジメントとは非常に重要な役割を果たすマネジメントなのですが、危機管理ではないのです。

リスク(危険)はあらかじめ「取る」「取らない」の判断があります。海岸に近い場所に住み続けるのは、津波のリスクを取っているということです。傾斜地に住み続けている人はがけ崩れのリスクを取っているのでしょう。

これに対し危機(クライシス)には「取る」「取らない」の判断はありません。否応なしに襲い掛かって来るのが危機です。

このようにリスクマネジメントとクライシスマネジメントは対象とするものすら異なるのです。

つまり、この国はリスクマネジメントと危機管理の違いも分からぬ首相を選んだのです。

危機管理が「最悪の事態に備えること」であると信じている首相が率いる国に、もし、想定外の事態が発生したらどうなるでしょうか。

備えていた最悪の事態と考えていた事態ではなく、考えもしなかった事態が生じるわけですから、対応ができないはずです。

これが10年前に民主党政権が経験した事態です。彼らは口を開けば「想定外の事態」と言っていましたが、想定外の事態に対応するのが危機管理ですので、自ら「自分たちには危機管理ができません。」と公言していたに等しいのですが、そのことすら彼らは理解していなかったはずです。

当時の彼らの言い方では、あたかも想定外であったので、対応が混乱するのは仕方がないと言わんばかりでした。

しかし、この度誕生する新政権も同様の末路を辿ることになるのかもしれません。

最悪の事態に備えたつもりが想定外の事態になったら、危機管理が最悪の事態に備えることだと考えている指揮官には危機管理ができないということになります。

リスクマネジメントと危機管理は別物

当コラムでは危機管理とリスクマネジメントは別物であると繰り返し繰り返し主張してきました。なぜなら、筆者の知る限り、日本だけがクライシスマネジメントとリスクマネジメントの概念の違いを理解しない国であるからです。

クライシスとリスクを日本語訳にすると「危機」と「危険」となり、冷静に考えれば明らかに意味が異なるにも関わらず、どちらにも「危」の文字があるため意味が混同されてしまうのかもしれません。

なぜ日本に於いてその混同が生じたのかはかつて詳細に記述したことがありますので、それをお読みください。

(専門コラム「指揮官の決断」第33回 「リスクマネジメント」VS「クライシスマネジメント」https://aegis-cms.co.jp/590 )

その混同も元はと言えば、不勉強なマスコミメディアが両者の違いを理解せずに使ったことにより起こったものであり、筆者は海上自衛隊幹部学校高級課程の学生であった際に、統合幕僚学校の図書館に通ってほぼ半年かけて様々な新聞や雑誌を調べ、メディアが両者の概念を理解せずにそれらの言葉を乱発した結果、両者の概念を混同させてしまったことを突き止めたことがあります。

いつの時代も、私たちは不勉強なマスコミに振り回されているのです。

ただ、多くの方々もそれに気が付いているのかもしれません。雑誌は次々に廃刊となり、新聞は購読者数を激減させ、テレビはコロナ禍で異常な不安の煽り方をしたにも関わらず視聴率を下げ、ついにはYoutubeに視聴者を奪われるという結末になりつつあります。自業自得でしょう。

危機管理に必要なのは覚悟、備えではない

ただ、政権が危機管理を理解していないというのは困ったものです。

最悪の事態を想定して備えると言っても、何が起こるのか、いつ起こるのか、どの程度の烈度で起こるのかがしっかりと想定されなければなりません。そのどれか一つでも想定外であるとこの政権は備えが出来ておらず、ただうろたえるだけになるはずです。

危機管理とは最悪の事態に備えるのではなく、最悪の事態においても毅然と対応し、危機の嵐を耐え、その中に反撃の機会を見つけて対応し、さらには危機を環境の変化と捉えて機会を見出していくマネジメントです。

それができるようになるために何が必要なのかが弊社のコンサルティングの中心課題であり、かつ、当コラムでも繰り返し述べてきています。当コラムを初回からお読みの方であれば、ほぼ弊社のコンサルティングを受ける必要はないはずです。

危機管理はまず指揮官の覚悟から始まります。

そして、常に自らの使命から導き出される意思決定を行い、指揮官の優れたリーダーシップにより組織が一丸となって対応することによって踏み潰されずに踏みとどまり、冷静に反撃の機会を窺うのです。

それは敵の奇襲を受けた部隊が第一撃に耐え、敵の猛威を凌ぎつつ反撃の機会を窺い、敵の攻撃を食い止めて反撃に転じ、撤退する敵を追撃してこれを壊滅させてしまうのに似ています。

そのような指揮官としての覚悟もなく、想定外の事態において的確な意思決定を連続的に行うための方法論を知らず、組織を一丸とすることもできないトップには危機管理はできません。

新首相は想定外の事態に対応できないはずです。自らそう言っているのですから。

 

繰り返します。危機管理とは備えることではありません。襲い掛かってくる敵と戦うことです。