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専門コラム「指揮官の決断」

第270回 

緊急避難的な予防措置

カテゴリ:危機管理

新型変異株の登場

変異ウイルスのオミクロン株が発見され、メディアはまた大はしゃぎを始めています。

この変異株がどの程度恐ろしいものであるのかはまだ分かりませんが、伝えられているところによればかなり強力な感染力を持っているということなので、一般的に言うならば弱毒化されているのかもしれません。

ただ、感染力が強いということと弱毒化は必ずしもイコールではないということですので、軽々に判断すべきではないでしょう。

首相の対応

問題はこの新型の変異株に対する政府の対応です。

政府そのものはかつての失敗の経験から早々に外国人の入国を制限するような措置をとっていますが、この措置を取ると発表した岸田首相のインタビューを聞いてびっくりしたところです。

岸田首相のインタビューを以下に記載します。

「オミクロン株への対応につきましては、緊急的な対応について是非国民の皆さんに直接御協力をお願いしたいと思っています。オミクロン株の病毒性ですとか、あるいはブレイクスルー感染力など、いまだ世界的に専門家ネットワークの分析が行われている、分析途上の状況にあります。しかしながら、WHO(世界保健機関)は26日に懸念される変異株に指定いたしました。よって我が国も最悪の事態を避けるために、緊急避難的な予防措置として、まずは、外国人の入国については11月30日午前0時より全世界を対象に禁止いたします。そして、日本人等についても南アなど9か国に加えて、感染が確認された14か国、そして地域から帰国する場合にはリスクに応じて指定施設における厳格な隔離措置を実施いたします。」

言葉の意味を理解しているのか?

当コラムではかつて「独断専行」という言葉が正しく使われていないと指摘したことがあります。(専門コラム「指揮官の決断」第67回 No.067 「独断専行」の意味 https://aegis-cms.co.jp/1030 )

独断専行とは、現場指揮官が自分が与えられた命令が現場の状況と異なっており、そのまま命令通りに行動すると失敗する可能性が高いにもかかわらず、上級指揮官に報告する余裕がない場合、上級指揮官の命令から離れて独自の判断で行動することを言います。

これには厳格な要件があり、普段から上級指揮官との間で良好なコミュニケーションが保たれていること、上級指揮官に報告する余裕がないこと、事後的に速やかに報告することなどの要件をみたしていなければなりません。

つまり、上級指揮官には「独断専行」はないのです。したがって、首相の独断専行などという言い方は本当は間違いです。

『失敗の本質』の著者野中郁次郎氏などは、わざわざかつてはそういう意味に使われていたが、その意味が変節してトップがスタッフに相談せずに勝手に意思決定することを指すようになったなどと解説されるのですが、そうではありません。有識者と言われる方々が本来の意味を知らずに使っているだけであり、意味が変わったのではないのです。

意味が変わってしまうとすると「独断専行」はやってはならないことのように思われてしまいますが、本来の「独断専行」はそのような場合には行わなければならないことであって、現場指揮官はそのような状況において上級指揮官の命令に固執すると免責されません。現場において適切に措置するのが彼の任務ですから。

このたび岸田首相が使った「緊急避難」という言葉も用法の誤りです。

緊急避難とは「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為」で、「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えない場合」を指します。この場合、その行為について責任を問われることはありません。

極端な例を挙げますと、目の前にパンをたくさん持っている人がいるとします。一方、自分は飢えて死にそうになっていて、そのパンを食べないと行き倒れ、そのまま死んでしまうというようなときに、お金を持っていないとします。この場合、その目の前の人に頼んでもパンをくれなかった場合、やむを得ず盗んで食べたとしても窃盗罪には問われないということです。

法学部の一年生なら誰でも知っています。

岸田首相が述べたのは、オミクロン株のウイルスが評価できないうちに防疫のためにやむを得ずに緊急に行う措置であって、いわゆる「緊急避難」ではありません。その措置を取る権限は元々政府にあるのですから、違法な行為の免責を求める必要はないのです。

つまり、わざわざ「緊急避難」という言葉を持ち出す必要はありません。

首相は早稲田大学で法律を学ばれたはずなので、この程度の言葉は1年生の時に勉強しているはずです。刑法の入門書には必ず出てきて、試験では「正当防衛」と「緊急避難」の違いについて説明せよというような問題が出たはずです。

それを覚えていないか、あるいは幼児がちょっと難しい言葉を覚えると使いたがるのと同じ心境なのかもしれません。

頼むから勝手に解釈するな

そうやって有識者や政治家などが本来と異なる意味で様々な言葉を使っていくうちに本来の意味が失われ、あるいはその概念が損なわれていきます。

「独断専行」という言葉の本来の意味が失われた結果、独断専行はやってはならないことのように扱われてしまっています。実は現場指揮官は局面によっては独断専行の行為をやらねばならない責任を負っているにも関わらずです。

そのうちに「緊急避難」という言葉も本来の意味が失われてしまうかもしれません。

当コラムでは自民党総裁選挙の際、岸田候補には危機管理ができないと批判したことがあります。危機管理の要諦は最悪の事態を想定して備えることと堂々と述べる岸田候補に呆れたからです。(専門コラム「指揮官の決断」第261回 「危機管理の要諦は最悪の事態に備えること」? https://aegis-cms.co.jp/2510 )

想定した事態に備えるのはリスクマネジメントであり、危機管理ではありません。危機管理は想定しえなかった事態に巻き込まれた場合にいかに対応するかが問われるマネジメントです。

想定していたのであれば、その備えもできているはずなので、そのような場合には淡々と計画に従っていけばいいだけのはずです。

最悪の事態を想定してそれに備えるのが危機管理だと思っているなら、想定を超えた事態が生じた際には対応ができないはずです。東日本大震災の際に当時の政権は二言目には「想定外」という言葉を使って免罪符としようとしましたが、岸田首相の認識では、その悪夢が再現されてしまいます。

リスクマネジメントとクライシスマネジメントの違いも理解しない政治家がこの国のトップなのです。

さらには法学部を出ていながら「緊急避難」の意味も知らないという程度です。

頼むからわざわざ特別な言葉を意味も知らずに使って、その言葉の誤った使い方を広めるような真似はしないでいただきたいと思います。

普通の言葉づかいでサラッと言ってもらいたいと思っています。

そちらの方が正しいのですから。