専門コラム「指揮官の決断」
第271回理念を掲げよう: 独断専行の本来のあり方
プロトコールと危機管理
弊社が行う危機管理のコンサルティングにおいては重要視していることが3項目あります。
まず誤りのない意思決定、次に全社一丸となって危機に対応するために必要なリーダーシップ、そして最後に組織と外部との接点に関して意を用いるプロトコールです。
意思決定及びリーダーシップは組織の内部の問題を扱いますが、最後のプロトコールはちょっと性格が異なり、組織の外部との関係を意識しています。
プロトコールという言葉は元々は「外交儀礼」「儀典」「議定書」などを表す外交用語ですが、最近は「仕様」などの意味合いで使われることが多く、IT関係の方々の間ではデータ受け渡しのフォーマットなどの意味で用いられています。
弊社のコンサルティングにおけるプロトコールとは昔ながらの儀典や儀礼という意味合いを強く持ちます。
これは組織と外部との接点におけるあらゆる活動に関するマネジメントであり、具体的には、来客の接遇から広告の打ち方、記者会見の要領などがあげられます。お茶の出し方からYoutube動画の作り方に至る広範囲な概念です。
それはある意味ではブランディングの問題でもあります。
なぜなら、組織がいくら意思決定を正しく行い、全社一丸となる態勢を固めても、それがクライアントから評価されなければ組織の価値は認められませんし、また軍隊などは強そうに見えないので敵から「攻めやすし」と疎んじられることになるからです。
これがなぜ危機管理に重要かと言えば、プロトコールがしっかりとできる会社は危機に強いからです。
老舗旅館の女将はちょっとした不具合を見逃すことをしません。生け花の鮮度、額の曲がり、棚の上の埃、玄関周りに落ちているチリなど、あらゆることに無意識に目を配り、ちょっとした不具合を発見し、それを本来あるべき姿に直していきます。
これはいかなる微妙な変化も見逃さないという注意力が反映されたものであり、それは危機の前兆を見逃さないという態度でもあります。
意思決定との関係
このプロトコールと意思決定は根底の部分で密接な関係を持っています。
弊社ではいかに誤りのない意思決定を行うかというテーマでコンサルティングを行う際に、まず意思決定の目的を明確にすべきとしています。
何のために意思決定を行うのかが曖昧であると、まともな意思決定はできません。
例えば、今期の売り上げを対前期15%アップという目的があるとします。営業部はその目的を達成するために様々な戦略を検討します。そして営業部としての意思決定が行われます。
しかし、目的と手段は連鎖しています。
対前期15%の業績アップというのが営業部の目指す目的であるはずはありません。対前年度の業績アップを狙っているはずです。対前期15%の業績アップはそのための手段にすぎません。
しかし、対前年度の業績アップすら営業部の最終的な目的ではないはずです。営業部は単年度ではなく恒久的な大きな収益を考えているはずです。
このように手段と目的の連鎖を遡っていくと会社全体の目的に達していきます。そしてその目的と手段の連鎖をさらに遡ると、会社の理念にたどり着くはずです。
この会社の理念がぐらついていると、そこに至る意思決定が曖昧になってしまいます。
逆にその理念が確固たるもので、組織構成員に共有されていると組織における意思決定は間違いのないものになっていくことができます。
独断専行とは
東日本大震災において「ヤマト運輸」は、本社と連絡の取れない各営業所が独自の判断で救援物資を運び、避難所において救援物資を整理する役割を買って出ました。
ヤマト運輸の社員たちは「ヤマトは我なり」という社訓を毎日の朝礼で唱和しているそうです。これは自分自身が「ヤマト」そのものという考え方であり、各自が経営者の視点を持つということだそうです。したがって、本社からの指示が絶えていても、自分の行動基準で「ヤマト運輸」がこの事態において何をしなければならないかを判断できたのです。
これが当コラムで再三にわたり主張している「独断専行」の本来のあり方です。世の知識人たちやメディアは「トップの独断専行」などとよく言いますが、それは単に横暴なのであって独断専行というのは、この時にヤマト運輸の社員たちが行ったような意思決定を指すのが本来の意味合いです。
ヤマト運輸の被災地の営業所員たちは、ごく自然にその場合に自分たちは何をしなければならないかを独自に判断して意思決定を行い、ドライバーたちは受け持ち区画の事情をよく知っていたため、避難所ではなく自宅の2階で身動きが取れないでいたお年寄りなどにも救援物資を届けることができ、さらには倉庫管理のノウハウを持っていたため、救援物資の整理などもできたそうです。
したがって、ヤマト運輸が管理していた避難所では子供がいないのにオムツが山積みなったり、食料が腐ったりすることはほとんどなかったと言われています。
理念が徹底した会社は見ていても分かる
このように、会社の理念が社員に浸透していることによって、危機管理上の事態においても組織全体として正しい意思決定ができます。また、それによって会社の評価は大きく向上していきます。これによって社会から注目される存在になると社員の愛社精神や帰属意識も向上していきます。そして会社の理念に誇りを持った社員が育っていくという好循環を生み出していきます。
つまり、理念を明確に掲げ、その理念をメンバーに定着させることが危機管理上も重要ですし、結果として会社の評価を向上させ、業績アップに貢献することになるのです。
そのような会社は端から見ていてすぐに分かります。
社員が自分の会社に誇りを持っているからです。
例えば、同じ自動車メーカーの人々と話をしていても、日産の社員とトヨタの社員はすぐにその違いが分かります。
社風が彼らの話に明確に反映されるからで、両社とも自分の会社に対する誇りと自信を持っていることが分かります。
これがプロトコールの基礎になります。
理念は分かりやすく明確でなければなりません。そして、その理念のもとに行動すれば間違いなく会社の使命を達成できる内容でなければなりません。
つまり、理念を掲げるということは経営者がまず着手しなければならない最重要事項なのです。
理念がしっかりと社員に共有されていれば、何が起きても社員は自分で判断して行動することができます。
危機に強いのはそのような組織です。
メディアや知識人たちの「独断専行」の理解はあまりにも浅く、軽薄で組織における意思決定の本質を理解していません。
「独断専行」は行わなければならないときにしっかりと行うべきものなのです。
そのためには「理念」が明確に打ち立てられていなければなりません。