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専門コラム「指揮官の決断」

第281回 

やはりメディアはリスクの意味を理解していない

カテゴリ:危機管理

NHK字幕問題

先週、NHKが「BS1スペシャル」報道に関する調査報告書を発表しました。

これは昨年12月26日に放送したBS1スペシャル「河瀨直美が見つめた東京五輪」という番組おいて、五輪反対デモに参加しているという男性へのインタビューで、実はお金を貰って動員されていると打ち明けたという字幕を付けて放映したのですが、実際には男性は五輪反対のデモには参加しておらず、字幕も担当ディレクターの推察に基づいて付けられたことが分かったというものです。

詳しい経緯はNHKのサイトにこの報告書がアップされていますので、それをお読み頂ければ結構かと存じますが、当コラムで問題であると考えているのは、そのNHKの再発防止に向けた取り組みの姿勢です。

報告書の総括でNHKはその放送ガイドラインの「放送の基本的な姿勢」の項目の冒頭に「正確」を掲げ、「NHKのニュースや番組は正確でなければならない。正確であるためには事実を正しく把握することが欠かせない。しかし、何が真実であるかを確かめることは容易ではなく、取材や政策のあらゆる段階で真実に迫ろうとする姿勢が求められる。」としていると述べています。

この時点でNHKはすでにその放送ガイドラインがお粗末極まりないものであることに気付いていません。

NHKは事実と真実の意味の違いを理解できていないのです。

筆者もかつて社会科学を専攻する研究者の端くれとして真理の探究を志し、現在に至るまでその姿勢だけは堅持してきたつもりですが、常に事実と真実は厳密に峻別して考えてきました。報道に携わる者たちも同様と信じてきましたが、そうではないようです。

事実と真実は別物

『ラ・マンチャの男』でドン・キホーテが「事実とは真実の敵なり」と言い放つシーンがあります。

事実は客観的に誰が見ても同じなのですが、真実には「意味」があります。

真理を追い求め続ける者たちはその真実の「意味」を探しているのです。

NHKの放送ガイドラインはその事実と真実の重大な意味の違いを全く認識していません。

その程度の認識だから、このコロナ禍にあって不安を煽る報道しかできないのかもしれません。つまり、真実を追求していこうという気迫が無いのです。

その結果、自分たちに都合のいいように事実の方を捻じ曲げて伝えることを躊躇しません。

これはNHKに限ったことではありません。

朝日新聞が記者自身がサンゴに傷をつけて、それを環境破壊の現状であると報道したことは有名ですし、この2年間の新型コロナ報道においても、不安を煽る報道ばかりで、まともな計算に基づく予測について触れられることはありません。

そもそも報告の意味が不明

それだけではありません。

NHKは再発防止に向けたいくつかの取り組みを強化すると述べています。

その一つに、『今後は、番組制作にかかわる全ての部局に、番組やコンテンツの内容が、放送ガイドラインに沿って、正確かどうかや、リスクがないかをチェックする責任者を新たに配置します。この責任者は、「複眼的思考」や「取材・制作の確認シート」を実施すべき番組を決めたうえで、チェックのルールが適切に実施されているかどうかなど、リスクマネジメントを含めた品質管理を担います。』と述べています。

何を言いたいのか意味が不明です。

「番組が放送ガイドラインに沿って、正確かどうか」というのは理解できますが、そこにリスクがないかをチェックするというのが意味が分かりません。

また、「チェックのルールが適切に実施されているかどうかなど、リスクマネジメントを含めた品質管理を担う」というのも意味が分かりません。

リスクという言葉は「危険性」という意味を持ちます。

番組に危険性があるかないかをチェックするというのはどういうことでしょうか。

またチェックのルールが適切に実施されているかどうかとリスクマネジメントがどう関係あるのでしょうか。

バレなければいい?

リスクとは「危険性」のことですから、意思決定に際してあらかじめ甘受するかどうかを判断する必要があります。甘受できないとなればその意思決定を断念することになります。ハイリスク・ハイリターン、ノーリスク・ノーリターンというのはそういうことです。

甘受できる限界を超えた危険性は避けるという判断ですが、ある程度の危険性は甘受しなければ何も得るものがないのです。

NHKの報告をまともに理解するならば、出鱈目で恣意的な放送をしてもバレる恐れが無ければ構わないし、たとえバレたとしても大きな問題にならないのならいいだろう、でも、大問題になるならやめておこうということになります。

今回の問題をNHKがリスクマネジメント上の問題だと捉えているのであれば、上述のような解釈になります。つまり、問題なのは事実が発覚して騒ぎが大きくなることを予見できなかったということだということです。そのような報道をしたことを自社の危機管理上の問題と捉えていないということです。

つまり、事実を確認せずに放送したことが問題なのではなく、その放送の結果が大きな問題となってしまったことが問題だということです。

そもそも事実かどうかを確認すらしていないだろう?

NHKは自ら定めた放送ガイドラインをどう認識しているのか知りませんが、それを遵守するつもりはまったく無く、遵守してこなかったことは事実です。

当コラムでも指摘したことですが、かつて共同通信が「Go To トラベル」の利用者の方が、利用しなかった人よりも多く新型コロナウイルス感染を疑わせる症状を経験したとの調査結果を東大などの研究チームが7日、公表した。PCR検査による確定診断とは異なるが、嗅覚・味覚の異常などを訴えた人の割合は統計学上、2倍もの差があり、利用者ほど感染リスクが高いと結論付けた。」とのニュースを配信し、各メディアが大喜びしてこのニュースを配信したことがあります。

筆者はこの記事に関心をもって、どこで発表されたのかを探しました。結局この論文はエール大学の健康科学に関する査読前の論文をアップしているサイトに発表されており、読んでみたところ、タイトルが“Association between Participation in Government Subsidy Program for Domestic Travel and Symptoms Indicative of COVID-19 Infection”となっており、関連性の研究であって因果関係を研究したものではありません。

その主張はGoToトラベルを利用した人のほうが新型コロナ症状の人に多かったということなのですが、相関関係と因果関係は別物ですし、統計学上2倍になるということと、利用者と非利用者の比が2対1であるということも別問題です。統計学的に2倍であることを証明しようとすればこの論文の程度の検定では不十分であることは筆者達も気が付いているので、causal relationではなくassociationというタイトルを付けているのだと思われます。

つまり、この論文には統計学的に2倍になったとはどこにも書いていないにも関わらず、テレビは統計学的に証明されたとはしゃいだのです。査読前のこの論文は英文ですが、それほど難しいことが書かれているわけではないので、科学部の記者が読めば分かるはずです。しかし共同通信の記者は理解できないようです。

また、NHKはこの共同通信の配信のファクトチェックも行わず、コピー&ペーストで紹介しています。つまり、もともと放送ガイドラインなど遵守するというつもりも習慣もないのです。

再発は防げないはず

このような意味不明の再発防止策がNHK職員に理解されるはずもなく、したがって再発は防げないでしょう。

昨年、筆者はクライアントとともに取材を受け、5分間の番組が作られてCSで放送されましたが、その際も、放送の条件として編集された内容を事前にチェックさせることを要求しておきました。テレビ番組の制作現場というものを信じていないのです。

ファクトチェックを徹底的に行うことには限界がありますから、ファクトチェックをしていないことについて紹介することはダメだと申し上げるつもりはありません。

そんなことをしたら、歴史に関しては何もモノを言えなくなってしまいます。

しかし、ニュースの配信会社が論文についての記事を配信してきたとき、筆者のような門外漢でもその論文を確認できるのに報道機関がその確認をまったくせずに誤報のまま報道して平気でいるという神経は理解できませんし、それが自分たちで作ったガイドライン違反であることに気付きもしないということなのですから、この手の問題の再発は防ぎようがないものと考えています。